よだかという名の

空を目指す魚

 

雲に隠された
満ちた月

草むらにひっそりと咲く
吾亦紅

空を夢見て
暗闇の中
河の上流を目指す魚

 

いつか わたしは竜になれる?
魚は ある伝説を夢見
流れ速き河で密やかに音を立てる

 

くすんだ
でも赤を備えた私を
誰かその手にとってくれるだろうか
美しいといってくれるだろうか

誰か 此処に来て




厚い雲に隠され
雨雲の向こうで
存在を主張する月は

皆の目には映らないにも関わらず
でも私はここに居る

 

無意味かもと想いつつ
進む事もやめられず

くすんだ赤でも自分もまた
その色彩を持つのだと言いたくて

様々なものに邪魔され、力及ばずとも
空の果てで呼びかけている


私はここで精一杯生きている

 
大それた、けれど切実な願いを叶わせるべく
いのちの炎を燃やしているのだ

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【夏の魔物】



ふるふる 震える 小さな子犬
紫陽花通 銀の雨にけぶる道
迷い悩み 望む 微かな足音
愛しいあの子が 駈けてきてくれるのを
僕は待って ぐいと伸ばした首が
鈍く痛み やがて 辛くなるまで
幻の様に 甘い妄想を 抱いたんだ

僕はもう あの場所 紫陽花通りで
震えて 縮こまり しっぽを揺らし
甘えて鼻を 鳴らしたりしない
記憶の底 扉の向こう 思い出の道


紫陽花通り 炙られる アスファルト 
水溜り 蒸発して 消えゆくもの
君は来ず 何か 事情があったんだろう
僕はもう行く 行ってしまうよ

迷いの中で 陽炎の様 揺らめく それは
ヨウカイというより 滑稽で
ユーレイという程 儚くもない
忘れたいこと 体から消し去りたいもの
なのに消えてくれない 夏の魔物

しっぽを揺らし枯れた紫陽花通りに留まる子犬
あの子が来ることをいつまでも信じる魔物
それは愚かしいほどに無垢な顔で笑う
自分の、姿をしている

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【よだかという名の】


醜い醜い
一羽の鳥は
清い
心根を持っていました

鷹にあらざる生き物なのに
生まれながらヨダカと名を与えられ
その醜さゆえに鷹には憎まれ
周りの鳥たちの嘲笑をかったのです

けれどヨダカは
カブトムシを食べるという行為を
痛む心を持ちさえすれば
殺傷せねば生きていけない
その在り方に
疑問を抱く面を
持ちさえしました

どこまで飛翔すれば
自分は楽になれるだろう

地上は辛い事が多すぎて
様々な事に心を鈍くし
漫然と生きようとも

「明日からは、――と名乗れ」
傲慢な鷹の要求通り、
神様が与えてくれた名まで捨てることが条件で

ぐんぐん風を切り高い場所まで飛んでゆく
目に映る 煌めく星々に
幾度 問いかけても
優しい答えは 返らない
「私を貴方がたのお傍に、置いてはくださいませんか」

星々に願いをかければ
口々にその望みがどんなに無理な事か、
彼らは告げるのです

めげずに、よだかは
ぐんぐん
ぐんぐん
飛翔してゆき

地上は遠のき
住んでいた場所はどんどん小さくなって
吐く息はやがて、白くなり
凍てつく寒さがきりきり苛む
抗うように翼を忙しく動かして
必死で進む先に得たいものはただひとつ
身を削っても身を傷めても
誰かの命を奪うことなく
ただ清らかに輝けるならば
それは幸福ではないのだろうか


やがてよだかは
自身が
昇っているのか、
落ちているのか、
寒いのか、
痛いのかさえ、
判らずに

そっと目を閉じて

流した涙は冷気で凍り、
でもその横に向いた血のついた嘴の
けれど表情は、少し穏やかで


天に一つ星が生まれたのはその後のこと

わたしはひどく、安堵する
とても遠い宇宙の彼方
いや、
目を凝らせば見えるのかもしれない
カシオペア座のすぐ傍で
青い燐光をそっと 放つ

静かに、誇り高く燃える
よだかの、星が



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【ある生物の物語】




長い 長い 時間
(それはヒトの世で言う数年間)

暗ぁい 静かな 土の中
小さく 小さく 身体を縮めて

短い 短い 時間
(それはヒトの世で言う数十日)

生きる時 思い描いた



土がむくむく盛り上がったらそれは

僕らか別の虫かもしれないね

僕らが鳴くのは
  哀しいからでは決してなく

僕らが鳴くのは
僕らが鳴くのは


長い 長い 時間
(それはヒトの世で言う数年間)

暗ぁい 静かな 土の中
小さく 小さく 身体を縮めて

短い 短い 時間
(それはヒトの世で言う数十日)

そう 短いと知っていても 僕らは夢見てたのさ



でも、何も哀しくなんてない
(ああ あなたに逢えたこの奇跡)

不安も怖さもあったさ けどね
鳴き声に気付き
耳を傾けるひとに出逢えたんだ
土の中にいる間 たとえ世界が変わっていても


泣く必要はない

鳴くだけだ 力の限り

青空の下 太陽のあつさに負けないように



僕らが鳴くのは



僕が 鳴くのは



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マメシバ
作家:豆シバ
よだかという名の
8
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