十九
どんどん進化するので、どうしても今までの経過をかいておかねばならないのはジャン
グルジムの話だ。
これは、ゆうりの母方の叔父が、これまでとうってかわっていい人になってしまったと
いう話で、まだゆうりが歩きもしない時期にこれを買って来たと言う。あるいはパチンコ
で勝って、とか。
最近二週間合わないでいるうちにとてもこれで楽しくあそべるようになった。そのころ
は、ジャングルジムの一部である滑り台もブランコもほとんどつかえなかった。ただよじ
上りだけはある程度上達していた。
かなり上まで登ったが、また足を下の段にのせて降りるということができずに、途中で
手だけでぶらさがってしまう。下まで落ちると危ないので誰かが地上に降ろした。四角く
柱に囲まれている。
そこをくぐって外に出るということには思い至らず、わーと泣き出した。少し上から引
き出そうとしても抵抗する。
一番下からズルズル引き出そうとしても大泣きする。よく見ると、絶対引きずり出され
まいと下の柱に両手でしがみついているのだ。これでは大人はどうしようもない。
泣いているので、どうしなさいという指示にも反応しないし、まずは最初の自分のプラ
ンを実行したいのだ。それがどんなものかはわからないが。
ついに、父親らしく啓司が、腕を上から床まで伸ばしてゆうりを引きずり出した、力任
せである。怒って大騒動するかと思いきや、数秒後には他に気が移っていた。
二十
これが前回のジャングルジム事件だった。
ところが二週間の間に、実は風邪がながびいて食欲不振のため三キロもやせたらしいが、
力は強くなっていた。
丸いプラスチックの柱を握る力がいかにも安心して見ていられる。脚はやっと届くくら
いの感じなのだが、バランスよくよじのぼり、可能な限りの段まで登ると真っすぐに立ち、
どうだ、というようにこちらを見下ろした。
そして中をずるずる落ちて行き、下からははいはいで出口になっている棒をくぐって出
て来てにたっと笑った。そこにはじゃまな布も垂らしてあったのにもめげず脱出したのだ。
それを何回か練習し、満足したらしく、すべりだいもお腹でするするとすべり、さて、
懸案のぶらんこである。
その前にゆうりはじっと立っていた。しばらく観察して、多分考えていた。ぶらんこの
座席のまえには落ちないように股とお腹のシートベルトがついていて、それを越えるか、
横から脚を差し入れるか、後ろから大人に抱き入れて貰うかしかない、というように見え
た。
英子がまずはどう反応するのか待ち構えていると、驚いたことに、ゆうりはそのシート
ベルトが充分緩いと見抜いたらしく上にするっと持ち上げてそこをくぐって自分でブラン
コに座ってしまった。思わず、
「あたまいいねえ~ゆーくん」
とみんな叫んだ。
ゆうりは少々得意そうに澄ましていた。母親が少しゆすってやったが、どうもゆれは気
に入らないらしくベルトをあげてまた出て来た。
二十一
そう言えば、最後にあった時には見なかったが、それまでよく見かけた「もういちど」
を意味する仕草がある。
右の人差し指をたてて「うー」と「おー」の間のような音を立てる。どうしてももう一
度、のように見える。
二回目に英子がビデオを回していたときのこと。
啓司とさとみさんがが部屋の両はしに座っていた。ゆうりは楽しくてたまらずふたりの
せなかにおんぶされて回った。
なんどもなんどもおんぶされて回った。そのたびに背中に軽くかみついた。途中でつか
まえられたり、撮影中の英子にもおんぶしてもらいなさい、と言われて少しこちらに来か
けたが首を振ってターンした。
疲れた両親はゆうりをねかせ、おなかをくすぐり始めた。
キャッキャッと幼児特有の可愛い声を上げて笑った。そして「もう一度」のサインを出
した。またくすぐられキャッキャッと笑った。やめるともう一度のサイン、指を立て口を
とがらせ「うー」と「おー」との間の音を発した。
そんなふうに五回くらいはくすぐられて幸せこの上ないゆうりとなった。
ただカメラには容量の関係で最初のキャッくらいしかはいっていない。
英子はそれを自分の眼で見たのをよかったとも思った。