夢見ごこち

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て汚れただけなので、必死で謝るその人に対して逆に悪いなあと瑤子は思い、「あ、どこも痛くありませんから、大丈夫ですぅ。気にされないでください」と言って、クラスメート達に「ニセモノ天使の微笑み」とからかわれる少女らしい笑顔をつくって相手の顔を見た。

驚きで眼が丸くなった。

 

目の前の、恐縮して瑤子に相対している女性は、年の頃は20代後半。背は165センチ前後だろうか。艶やかな黒髪をシニョンにまとめて、黒い大きなサングラスを頭に載せている。

かなりの美女だ。顔のパーツの1つ1つが美しく明晰で整っていて、欠点を探すほうが難しい。だが、瑤子が驚いたのは彼女が美しかったからだけではない。

彼女の顔貌には、見るからに「ただ者ではない」というパワーと言うか、気迫がみなぎっていた。それは女性らしい抑制された強さというよりは、男性の、しかも相当強面の男性だけが持っていそうな気迫。つまり、闘争心と負けん気であった。どうやらその迫力は、光の強い、きらきらと輝く両眼と、弓なりの、涼しげな形の濃い眉からくるものらしかった。あでやかな唇にはローズ色のグロスが塗られていたが、口を開くたびに見える白い整った歯が、なんともかっこよかった。

着ているドレスは黒いマーメイドラインで、いやらしくなりすぎない、適度な曲線美を形作っていた。首には大きなバロックの琥珀を連ねたネックレスをしていて、生命力があふれる彼女のオーラに、さらに大胆さを加味していた。手にしたバッグは、ヴィトンの「M40143モノグラム ティボリPM」だった。

 

瑤子は確信した。「尋常ではない人物」とはこの女の人に違いない、と。

 

 

【4】

 

その美女は女優でもモデルでもなく、ロック歌手と言うことだった。しかし、インディーズなのでテレビには出たことがなく、ライブとインターネットで活動していると。確かにテレビに出ている芸能人であれば、もっと顔を隠して歩いているだろう。

【4】

「宇佐美きあらと申します」と微笑んで、ケイタイを出して「Gree 」のコミュニティを瑤子に見せた。

「宇佐美きあらコミュ」とそこにはあり、メンバー数は2000人であった。

「すごいっ!」「ええ、もう本当に事務所と皆様のおかげなの。ああ、そうそう、i-Tune で一応曲も購入出来るのよ。CD もねえ、取り寄せになるけどタワレコや山野楽器でも買えますよ。でも、時間がかかるから、あたしの事務所から直接のほうがいいわ。ちなみに、曲は基本的にあたしが全て書いてます。たまに詩だけ書いて、曲を事務所の社長がつけてくれることもあるけどね」

今日、東京タワーに上る気になったのは、さ来週に六本木のライブハウスでライブをやることになり、その打ち合わせが3時にあるが、その前に芝公園を散歩したくなったのだそうだ。そして東京タワーを見ているうちに、上ってみたくなったのだと。

「まあ、東京タワーでなくても、高い場所から東京の光景を見たことはあるんだけど、美しさと恐怖感と、両方感じるのよね。恐怖感って、やっぱりあれよ、大地震が起きてこの大都会が崩壊してしまう恐怖とかね。なんだかこの不安感は、ただの絵空事ではなくなっちゃったからね。昨年の、3月11日以降」

 

きあらは常にそうしているように、この女子高生に対しても、心の思いや、日々思い浮かぶこと、自分が何者で何がしたいかという事を、飾らずにさばさばと話した。それは哲学とかポリシーというよりは、そういうことに虚栄心を発揮して、偽りなどをいうのが面倒なのであった。

 

しかし、歌手という「人に見られる」職業だと、あまりにも素顔をさらけ出すと、あらぬ受け取り方をされることもある。また、事務所社長の吉開(よしかい)などに口を酸っぱくして言われていること、「神秘的な存在になりなさい」も、真理であることが分かっているので、人に言うこと、言ってはいけないことは考えてから話している。

きあらは、音楽関係の人間と自分のファンとしか、コミュニケートをとることがない日常に疲れを感じていた。これでは良い曲が書けない、どうすれば良いのか、と焦っていた。

 

彼女が、東京タワーの人ごみででぶつかってしまっただけの女子高生に興味を

【5】

持ち、話をしてみたいと望んだのは、一種の逃避願望に違いなかった。

 

 

【5】

 

「東京タワーで出会った、最も尋常ではない人物が、あなたの悩みを全てクリアに消し去ってくれる……」瑤子の目の前の女性ロックシンガーは、優美な顔にいかにもトホホな表情を浮かべた。

ここは六本木の「東京ミッドタウン」のカフェである。さ来週の土曜日のきあらのライブがこの近くであるのだ。

宇佐美きあらは、メニューをじっくりと見てから、カレーランチをオーダー(1000円だった。意外と庶民的?)し、瑤子は考えた末、パフェを頼んだ。きあらが「ランチにすれば? 」と言いはしたものの、特につっこみもせず、店員にてきぱきと注文した。

 

「あの、瑤子さん、その占い師とやらの言葉を、本気で信じてらっしゃるの? 」畳み掛けられて瑤子は、さすがに「はい」というのが恥ずかしく思えたが、彼女なりに考えてから言った。

「ええと、全部信用していたわけではないです。でも、あたしは、そういう超神秘的なことを信じる自分と言うのが、いてもいいかなぁー、って。そんな事を思ってたんです。まあ、きっとそれは当たりはしないんだろうけど」

「当たりはしないんだろうけど」

「当たるか、当たらないか、どきどきしている時間が欲しかったんだと思います」きあらの顔が、奇妙に真剣になっているのに、瑤子は気づいた。ああ、このひとは、アーティストだけあってロマンチストだ、と瑤子は嬉しくなった。

 

「分かる気がする。それに、手前味噌だけれど、『尋常ではない人物』だとあたしを思ってくれたあなたは、ある意味かなり鋭い。一応は芸能人だからね。でもね、悩みと言うのは、人に解決してもらうものではないと思うのよ」

あたしも今まで、たくさんのトラブルがあり、嫌な人間に悩まされたりもした、でも、人に相談はしたが誰かに解決してもらったりしたことはない、そうきあらは静かな口調で言った。

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深良マユミ
作家:深良マユミ
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