獄中記

 そうこうしているうちに序列が上がってきた、工場NO、2の菜方と呼ばれるもので、包丁で野菜

魚を刻んだり処理する係りである、お陰で現在でも包丁は達者である。

炊場は365日稼動するが、他の洗濯工場や清掃工場などは日曜日が免業日で作業は休みで

ある、だが炊場も一人ずつだが交代で免業になる、その日は昼飯まで布団の中で過ごす事がで

きるのだ、若く正常な男の身体は性欲を抑えられない、自費で購入したエロ雑誌を片手に、便所

の紙を隠し、刑務官の目を盗みながら、布団を被り自慰行為に励む、後で仲の良くなった

刑務官に聞くと全て解っていたらしい。

 ここに来て6ヶ月が過ぎた頃、仮釈放申請が出された、上手くいけば後一ヶ月で娑婆に出れ

る、その面接を受けるため理容工場で散髪をさせてもらった、懲役が決まってから坊主頭は通常

だったが仮釈放が近づくにつれ髪を伸ばす行為が許されるのだ。

 今思えば様々な事があった、炊場の工場長は祐一より年下だが、工場内では絶対的な権力を

っている、或る日その権力を悪用しとんでもない行為が明らかになり、懲罰房に入れられ洗濯

工場の下っ端に落ちイジメに遭っている、刑期はあと4年も残っている。

その行為とは、雑居房内で下っ端の者に自分の陰茎をシャブらせたり、猥褻な行為を虐げさせ

ていたのだ、祐一とは舎房が違うため知らなかったが当事者が担当刑務官に事実を伝えて発覚

したのだ、常軌を逸脱しているこの社会は経験した者でなければ到底理解できないだろう。

 

 仮釈放の日が決定した、一週間後には晴れて娑婆に出れる。

仮釈放が決まったものは鉄格子の無い部屋に移る、そして食事も麦飯から白米に変わり、作業

も無くなる、しかしここを出てから何をすればいいのか考えると眠れなくなる、炊場で働いていた

頃は仲間と娑婆に出たらまず煙草だな、いや女だろなどと下世話な話題であったが、いざ現実

が差し迫ると思案に耽ってしまう。

10ヵ月の間自由を奪われてきたが、あっという間の出来事であった。

 川越刑務所長の部屋にいる、仮釈放決定書の朗読が始まった、今日釈放されるのは祐一を含

め3名が出所する、他二名は家族の迎えがあったが祐一は家族に不義理をしているため迎えが

無い、帰る家も無いため更生保護施設(身寄りが無いものが一時的に衣食住を与えられる場所)

に入る事になる、そこで就職活動をし、一ヶ月間でそこを出ることになるらしい。

 

 刑務所に入っていた者に就職などあるのか、そう思いながら刑務所の門を出た。

やはり外の空気は違っていた、川越駅に向かう途中煙草屋があった、セブンスターとライターを買

い煙草に火を点けそっと吸い込んだ、大袈裟だがくらくらと眩暈がした。

作業報奨金(刑務作業の労働対価)なるものと所持金を合わせて5万円、早く仕事に有り付かないと

大変である、祐一は26歳になっていた。

川越から都内へ向かう電車に揺られながら、売店で買った缶ビールをチビチビ呑んだ。

 あるデータによると再犯率は高く、また刑務所に戻る奴は7割を超えるという、社会の脱落者はや

はり居場所は無いのだろうか、祐一は車窓を眺めながら先の不安と戦っていた。

エンジェル
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