獄中記

 今日の取調べは終わり留置される事になった、留置管理課で素っ裸にされ、持ち物全てを記

される、財布の中身もカード類や現金全てを事細かにシートに羅列し確認の拇印を押す。

そこで初めて留置番号なるものを与えられ、ここでは名前ではなく番号で呼ばれる、祐一は24番

あった。

留置場はこれで二度目である、鉄格子に金網が張られている房が連なり円形に配置されてい

る。

それは狭くおよそ3畳ほどのスペースに二人で収監される、トイレにドアは無く丸見えの状態であ

、祐一は房舎番号2番に入れられ、相方は恐ろしい顔をしているヤクザの人だった。

「大橋です・・宜しくお願いします・・・」

「おお、何やった?」

この狭い空間はどの房の奴がどんな罪で留置されたか興味津々である。

「はあ・・付き合ってる女の貯金を勝手に下ろしたら、こうなっちゃって・・・」

「窃盗か?」

「はあ・・・・」

「俺は小林・・・シャブだ・・・」

 

 夕方5時ごろ夕食が運ばれる、ここでは自弁といって自分の金を払って店屋物が頼める、相方

のヤクザさんはカレーうどんを頼んだらしく、カン弁(留置場に運ばれる質素な弁当)と一緒に召し

がっている。

やがて6時には洗面の時間となり歯を磨いて顔を洗い、布団室から割り当てられた布団を房に

運び敷き詰める、相方との距離は無く気色悪いが横を向けばマジかにヤクザさんの顔がある。

消灯は9時だが、その前に留置管理課長が点呼にやって来るため、正座をして待つのだ。

「1房8番」

「はい・・・」

という具合に朝晩決まって舎房全員の点呼を取るのだ。

 翌朝6時起床、布団をたたみ房内の清掃が始まる、ほうきで畳を掃き雑巾で便所を拭くのだが

、その雑巾を濯ぐのは便器の中で行う、これに慣れるまで時間が必要だった。

そのあと順番で洗面をし朝食となる、朝は殆どパン食でコッペパンか食パンにマーガリン、飲み

物は何の茶葉かは解らないが一応お茶が配られる。

 8時、運動と呼ばれる時間がやってくる、所謂煙草が吸えるのだ、勿論自分の金で。

運動場には悪逆非道な殺人犯から痴漢、強盗と様々な犯罪に手を染めた猛者が並ぶ。

一人煙草二本を配られ、一本を愛しそうに時間を掛けて吸う、これが眩暈を起こしそうな位クラク

ラするのだ。

この運動が終わってから取調べが始まる。

 9時10分過ぎ、祐一の取調べが始まる、昨日の捜査員とは打って変わり優しい口調であった。

「眠れたか?」

「はい・・・・」

「まあ一服しろよ・・」

留置管理課に預けている自分の煙草だ、ライターを借り自分で火を点けた。

「今日は事実の確認と現場検証するから、後でドライブしに行くぞ」

現場検証は犯行現場に出向き、事細かに犯行手順の確認や写真を撮ったりする。

縄付きの手錠を掛けられ捜査車両に乗り込み、結花のアパートに向かった。

結花の部屋に入ると、銀行通帳が何処に入っていたか指を刺すよう命じられた、祐一は箪笥を

差すとその瞬間写真を摂られた。

 次に銀行へ向かった、行内には大勢の人がいる中、手錠を布で隠され、どの用紙に書いて何

処のカウンターで処理したかを説明した、物珍しさで人だかりができる、羞恥心で顔が火照る。

概ね事件概要の検証が終わり,送検(起訴か不起訴か検事の調べによって決まる)される事にな

る、祐一は交通事犯の犯歴があるため拘留延長(20日間)になった。

これから長い拘留生活が始まる、起訴となれば裁判を受けることとなり、拘置所に移管され判決

が出るまで自由を奪われる、ただ保釈請求で許可が下りれば裁判までは自由の身になれる。

祐一のような金も無い輩には保釈金など払えるわけがなく到底無理な話である。

 検察庁検事の取調べは坦々と行われ事務的に終わる、警察の留置場に帰ってからの時間の

流れはいらいらする位ゆっくりと流れる。

事件の取調べが終わった被疑者は概ね留置場の房の中で、監物の雑誌や新聞を読むか昼寝

をして時間を潰す、偶に面倒見と呼ばれているが、担当の刑事が取調室に呼んでくれて煙草を

吸わせてくれたりお茶を飲ませてくれるのだ、この面倒見はヤクザさん優遇であった。

祐一のような小者は阻害される、お陰で煙草は朝の2本だけで禁煙成功しそうである。

 やはり起訴と決まった、留置管理課の職員が起訴状を持ってきた。

国選弁護人の選任が決まって、見知らぬ偉そうな弁護士が接見に来た。

その弁護士によれば間違いなく懲役になるとの事、他人事だと言わんばかりの態度であった。

やがて移管の日程が決まり東京拘置所へ送致される、その前に週2回の風呂の日だ。

一人10分の時間が与えられる、これだけは急がないとあっという間に時間が無くなり、湯船に浸

かる事さえ至極困難になる。

 

 

 

 

 いよいよ移管の日、荷物検査を行い護送車で東京拘置所へ向かう。

東京小菅にあるそれは、刑事被告人、懲役受刑者、死刑囚を合わせると3000人を超える。

護送車から数珠繋ぎの被告人たちがゾロゾロと降りた先は、通称ビックリ箱と呼ばれる木ででき

ロッカーのような場所に一人づつ入れられ名前を呼ばれるまでそこで数十分待つ事になる。

祐一の名前が連呼され急いで出て行った、そこは刑務官が立ち並び凄い形相で睨まれている。

まず人定質問、次は所持品検査、その次が終生忘れ得ない屈辱の瞬間である、素っ裸にされ医

刑務官が身体検査を行うのだが、陰茎から始まり肛門の穴にガラス棒を突っ込まれるのだ。

異物を隠していないか、確認しているらしいが最早人権など無い。

それが2時間ほどで終了し、雑居房と呼ばれる未決拘留者の舎房へ入れられることになる。

ここでも番号を与えられ名前など必要なくなる、舎房は10人部屋で一人一畳のスペースがある。

「大橋です・・宜しくお願いします」

他のメンバーに一応挨拶をした、すると早速リーダー風を吹かした奴が近寄ってきた。

「おう、若いの・・何仕出かした?」

お決まりの文句だが、言わなければ村八分となり厄介な事になる。

「女の貯金使っちゃって・・・」

「泥棒かい?起訴状見せてみな・・・ほう・・・窃盗、有印文書私文書偽造、同行使、詐欺・・・立派

もんだなあ・・・」

 舎房内は一人30センチ四方の物置台があるだけでそこに着替えを少々入れられる、それにト

レ、洗面と食器洗い用を兼ねた水道がある。

裁判までの間、曰く付きの輩と過ごさねばならない、リーダー風の奴はやはり暴力団でシャブ絡

みらしい、他には強姦、強盗と兵が集っている。

舎房の中央には個人用の座卓を並べて長テーブルのように配置されている、そこで昼間は食事

を取ったり、手紙を書いたり、読書をして時間を潰す、警察の代用監獄つまり留置場と唯一違う

のは二つある、一つは舎房内では就寝以外横になってはいけないのだ、もし寝そべっている所を

刑務官に見付かった場合は注意を受ける、聞かない場合は懲罰対象になる、二つ目は煙草を

吸うことができない、運動の時間はあるがウロウロと散歩するだけの時間である。

 食事は至極質素である、もっそう飯と呼ばれる麦入りの飯は慣れるまで大変だった。

驚いたのは、菓子類やパン、衣類書籍など様々な物品を購入できるのだ、個人の金で買った者 

を同じ舎房の者同士で分け合って食す、金が無く何も購入できない輩はここでは居場所が無い、

無論発言権も無く、食器洗いや便所掃除専門となってしまう。

祐一は多少の金を持ち合わせていたため、危うく難を逃れた。

  

 リーダー格のヤクザさんは饒舌で、場の雰囲気を盛り上げることに長けている。

特に女と隔離生活を送っている輩は下ネタで大いに話が弾む、ヤクザやさんは自分の陰茎に前

の懲役で歯ブラシの柄を加工した球を埋め込んだ事を平然と公開し、その埋め込んだ物で女

悦ばせた事を自慢気に話すヤクザやさんは、犯罪を犯したことなど微塵も感じさせない。

この場にいる奴等も同様である、これから裁判を受けるものにとって執行猶予か懲役の分岐は

生を大きく左右する問題である。

 

 祐一の裁判が明日となった、かれこれ2週間拘置所にいるとこの舎房の古株になってくる。

アカ落ち(懲役刑)となれば何れかの刑務所へ移送され、辛い獄中生活が待っている。

午前10時、東京地方裁判所小法廷、手錠を外され被告人席に座わる、右に国選弁護人がいて

、左に検察官が無表情で座っている、すると正面のドアが開き法曹衣を着込んだ裁判官が入廷

し来た、人定質問から始まり検察官の起訴状朗読、弁護人質問等が終わり次回10日後判決。

 拘置所の舎房に戻ると風呂の時間になっていた、ここの風呂はボイラーを使用して湯を沸かす

システムで、いっぺんに20人は入れる広さである、やはり10分しか時間が無いため急いで身体

と頭髪を洗い湯船に浸かる、面白いのは一言も喋ることはできないのである、そして湯船に浸か

るときは両手を湯船から出しておかなければならない、何故かというと湯船の中で身体を掻くと垢

が浮くためらしい、20人が無言でやるこの光景はまさに滑稽である、その光景を刑務官は無表

情で見つめている。

 本日の夕飯は質素である、もっそう飯と白菜を刻んだ薄い味噌汁、赤魚の煮付けだけ。

自費で購入したふりかけと鮭の缶詰でかき込む、お茶の葉は柳の葉っぱだともっぱらの噂だ。

就寝後、虫歯が酷く痛み始めた、祐一は報知器(刑務官に用を知らせるための器具)を下ろし刑

務官を呼んだ。

「スイマセン・・・歯が痛くて鎮痛剤を頂けませんか?」

「よし、チョッと待て」

そのとき非常ベルが響き渡った、特警隊と呼ばれる10数人の猛者が廊下を激走する、聞いたと

ころによると受刑者や未決舎房の連中が喧嘩をしたり、暴れたり、刑務官に暴行したりした場合

非常ベルが鳴らされる、その原因人物を特警隊が確保し取調室に連行する、やがて懲罰が決定

し懲罰房へ入れられる、その際拘束衣を着せられ自由を奪われたまま打ち込まれる。

刑務官に暴行しようものならとんでもない事になるらしい。

 

 

 

 

 

 

エンジェル
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