獄中記

 まさかこんな事で逮捕されるとは思いもよらなかった。

仕事の給料日にはまだ数日あり金欠の大橋祐一は、付き合ってまだ一ヶ月の彼女、高橋結花

パートにいた。

結花は某デパートに勤めるOLで、出勤していてアパートには居なかった。

祐一は、独りアパートの部屋で暇を持て余していた、昨夜から彼女の部屋に泊まっている。

仕事は午後からだし金もない、部屋を物色していると箪笥の奥に預金通帳があった、何気に中

を確認ると残高15万円とある、祐一は後で返せばいいと印鑑も一緒にあったのでそのまま銀

行へ下しに行ったのだ。

その晩、借りたことは言い出せず、臨時収入と嘘を付き彼女をデートに誘った。

いつもの安い居酒屋ではなく、高級焼肉店と噂されているその店で贅沢にも特上カルビなど、食

た事のない代物ばかり注文したのだ。

「今日はシティーホテルに泊まろうよ・・・豪華に行こうぜ・・・」

「バイトのお給料未だだって言ってたじゃん・・・大丈夫?」

「うん・・平気・・・・」

 

  お互いスケジュールが合わず、合えないでいた矢先、結花からの電話がなった、部屋に泥棒

が入って警察を呼んだという。

「ねえ、聞いて・・・家に泥棒が入ったの・・・銀行通帳と印鑑が取られて・・・預金も下ろされちゃっ

た・・・」

祐一はドキッとし動揺を隠せない。

「えっ・・・嘘?・・・いつ?」

「預金が下ろされたのって、ほら、この前焼肉食べに行った日だって・・・」

「じゃあ、その日?」

「うん・・・そうらしいわ・・・」

祐一は事実を明かそうとしたが、まさか警察沙汰になっていようとは思いもよらなかった。

このままでは何れバレてしまう、何とかしなければならない。

 

 大橋祐一24歳、地方の高校を中退し様々な職を転々としてきた、実家にも7年近く帰っていな

い、辿り着いた場所は衣食住完備のパチンコ店だった。

実家にいた頃、運転免許を持たない祐一は親父の車を失敬し、無免許運転で警察に3回ほど検

挙されていた、最後の検挙で常習と判断され起訴になり、拘置所に収監されてしまった。

その後の裁判で刑の執行を猶予され、釈放された経緯がある。

流れ着いたパチンコ店で、客として来ていた結花をナンパしたのが始まりだった。

 

 

 

 

 10日程経っただろうか、パチンコ店が寮として借り上げているアパートに、早朝チャイムが鳴り

いた、時計を見ると6時を回っていた。

玄関を開けると、6人位のスーツを着込んだ男達が一斉に祐一を睨んだ、すると一人の男が胸

ポケットから警察手帳を祐一の目の前に差し出した。

「警視庁三田警察署です・・・大橋祐一君だね?これ見て、家宅捜索令状・・・裁判所が許可した

のだから・・・上がらせて貰うよ」

そう言いながら6人の警察官はゾロゾロと狭い6畳一室の部屋に雪崩れ込んだ。

「何だよ・・どういうことだよ・・・」

「お前、高橋結花さん知ってるよな?」

「はい・・・」

「その人のアパートから何か取らなかったか?もう全てわかってることだから、正直に言え」

「ちょっと待ってよ、結花は彼女だよ・・・直に返そうと思って・・・給料貰ったら返すよ・・・」

「そういう問題じゃない・・・被害届けが出ている以上、窃盗事件なんだ・・・」

「待ってよ・・結花に電話するから・・・」

「ダメだ・・・」

捜査員は部屋中を物色しながら何か物を探している、すると一人の捜査員が結花の銀行通帳と

印鑑を見つけ出した。

「おい、これだな大橋・・・6時40分窃盗及び有印私文書偽造同行使詐欺の容疑で通常逮捕」

捜査員が祐一の両手首に紐付きの手錠を掛けた。

「チョッと待ってくれよ・・・ふざけんなよ・・・電話掛けさせろよ・・・」

「いいか、無駄だ・・・彼女はお前の犯行だと知り、許せないと言ってるんだ、観念しろ」

 

 警視庁三田警察署の二階奥に刑事課がある、雑然とした室内には数人の警官が執務中であ

る、その更に奥が取調室でまるで刑事ドラマで見るような質素な部屋に机が一つと、椅子が対面

に並んでいる。

祐一は手錠を外され奥の椅子に座るよう命じられた、それから尋問が始まった。

本籍、住所、氏名、年齢、から始まり生い立ちや学歴などありとあらゆる事を詳細に聞かれた。

「大橋、お前今迄警察に何度御世話になってる?」

「はあ・・無免許で3回位・・・」

「うん・・最後は起訴されてるな・・・懲役10月執行猶予3年か・・・・」

「大橋・・・今度は懲役行くかもな・・・・」

 暫くすると鑑識課へ連れて行かれ、写真と指紋を指一本づつ採られた。

取調室に戻ると、昼飯の用意がしてありそれは、カツ丼ではなく安そうな幕の内弁当である。

祐一は弁当が喉に通らなく食べ残してしまう、お茶を出され一気に煽ると刑事に煙草を勧められ

る、今日起きてから初めて吸う煙草は、感慨深かった。

 今日の取調べは終わり留置される事になった、留置管理課で素っ裸にされ、持ち物全てを記

される、財布の中身もカード類や現金全てを事細かにシートに羅列し確認の拇印を押す。

そこで初めて留置番号なるものを与えられ、ここでは名前ではなく番号で呼ばれる、祐一は24番

あった。

留置場はこれで二度目である、鉄格子に金網が張られている房が連なり円形に配置されてい

る。

それは狭くおよそ3畳ほどのスペースに二人で収監される、トイレにドアは無く丸見えの状態であ

、祐一は房舎番号2番に入れられ、相方は恐ろしい顔をしているヤクザの人だった。

「大橋です・・宜しくお願いします・・・」

「おお、何やった?」

この狭い空間はどの房の奴がどんな罪で留置されたか興味津々である。

「はあ・・付き合ってる女の貯金を勝手に下ろしたら、こうなっちゃって・・・」

「窃盗か?」

「はあ・・・・」

「俺は小林・・・シャブだ・・・」

 

 夕方5時ごろ夕食が運ばれる、ここでは自弁といって自分の金を払って店屋物が頼める、相方

のヤクザさんはカレーうどんを頼んだらしく、カン弁(留置場に運ばれる質素な弁当)と一緒に召し

がっている。

やがて6時には洗面の時間となり歯を磨いて顔を洗い、布団室から割り当てられた布団を房に

運び敷き詰める、相方との距離は無く気色悪いが横を向けばマジかにヤクザさんの顔がある。

消灯は9時だが、その前に留置管理課長が点呼にやって来るため、正座をして待つのだ。

「1房8番」

「はい・・・」

という具合に朝晩決まって舎房全員の点呼を取るのだ。

 翌朝6時起床、布団をたたみ房内の清掃が始まる、ほうきで畳を掃き雑巾で便所を拭くのだが

、その雑巾を濯ぐのは便器の中で行う、これに慣れるまで時間が必要だった。

そのあと順番で洗面をし朝食となる、朝は殆どパン食でコッペパンか食パンにマーガリン、飲み

物は何の茶葉かは解らないが一応お茶が配られる。

 8時、運動と呼ばれる時間がやってくる、所謂煙草が吸えるのだ、勿論自分の金で。

運動場には悪逆非道な殺人犯から痴漢、強盗と様々な犯罪に手を染めた猛者が並ぶ。

一人煙草二本を配られ、一本を愛しそうに時間を掛けて吸う、これが眩暈を起こしそうな位クラク

ラするのだ。

この運動が終わってから取調べが始まる。

 9時10分過ぎ、祐一の取調べが始まる、昨日の捜査員とは打って変わり優しい口調であった。

「眠れたか?」

「はい・・・・」

「まあ一服しろよ・・」

留置管理課に預けている自分の煙草だ、ライターを借り自分で火を点けた。

「今日は事実の確認と現場検証するから、後でドライブしに行くぞ」

現場検証は犯行現場に出向き、事細かに犯行手順の確認や写真を撮ったりする。

縄付きの手錠を掛けられ捜査車両に乗り込み、結花のアパートに向かった。

結花の部屋に入ると、銀行通帳が何処に入っていたか指を刺すよう命じられた、祐一は箪笥を

差すとその瞬間写真を摂られた。

 次に銀行へ向かった、行内には大勢の人がいる中、手錠を布で隠され、どの用紙に書いて何

処のカウンターで処理したかを説明した、物珍しさで人だかりができる、羞恥心で顔が火照る。

概ね事件概要の検証が終わり,送検(起訴か不起訴か検事の調べによって決まる)される事にな

る、祐一は交通事犯の犯歴があるため拘留延長(20日間)になった。

これから長い拘留生活が始まる、起訴となれば裁判を受けることとなり、拘置所に移管され判決

が出るまで自由を奪われる、ただ保釈請求で許可が下りれば裁判までは自由の身になれる。

祐一のような金も無い輩には保釈金など払えるわけがなく到底無理な話である。

 検察庁検事の取調べは坦々と行われ事務的に終わる、警察の留置場に帰ってからの時間の

流れはいらいらする位ゆっくりと流れる。

事件の取調べが終わった被疑者は概ね留置場の房の中で、監物の雑誌や新聞を読むか昼寝

をして時間を潰す、偶に面倒見と呼ばれているが、担当の刑事が取調室に呼んでくれて煙草を

吸わせてくれたりお茶を飲ませてくれるのだ、この面倒見はヤクザさん優遇であった。

祐一のような小者は阻害される、お陰で煙草は朝の2本だけで禁煙成功しそうである。

 やはり起訴と決まった、留置管理課の職員が起訴状を持ってきた。

国選弁護人の選任が決まって、見知らぬ偉そうな弁護士が接見に来た。

その弁護士によれば間違いなく懲役になるとの事、他人事だと言わんばかりの態度であった。

やがて移管の日程が決まり東京拘置所へ送致される、その前に週2回の風呂の日だ。

一人10分の時間が与えられる、これだけは急がないとあっという間に時間が無くなり、湯船に浸

かる事さえ至極困難になる。

 

 

 

 

エンジェル
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