蝋人形の飾り窓

 あらゆる情報が氾濫している現代に於いて、インターネットの普及はその最たるものである。

雑然としたオフィスの中で、独り残業に勤しんでいる女がいる。

外資を受けて成り立つ中堅企業の中で、営業部の中野綾は明日のプレゼンのレジュメを作成す

ため、憂鬱な時間を過ごしていた、入社後初めて任されたプロジェクトであり、人一倍奮闘して

きたつもりであったが、所詮女はダメだと陰口を叩く者が多く、意欲を無くしていた。

 中野綾25歳、長野県松本市に生まれ高校卒業まで過ごし、都内の女子大に進学した。

就職難の中18社受けた企業で唯一内定を貰えたのが今いる会社であった。

 営業部の部屋の明かりは消えていて、自分のデスクのライトでPCに向かっていた。

ほぼレジュメは完成していた為、給湯室でドリップした珈琲を飲みながら、あるサイトを開いてい

た。

独身で彼氏もいない綾は、ハピネスという出会い系サイトを閲覧していた、ここ2年ほど男の影は

くない、無料という文句に惹かれ何気なく登録してみた、個人情報以外は事実を載せていた。

 すると早速一通のメールが届いたようだ、開封すると28歳独身彼女募集という文句が書いて

ある、遊び半分で綾は返信してみる事にした。

(メール有難う、ワタシは25歳でOLしてます・・・。)

すぐに返事が来た。

(返事してくれて嬉しいです・・僕は貿易の仕事をしていて、しばらく彼女がいません・・もし良かっ

たら遭ってみませんか・・)

えっ、いきなり?綾は困惑しながらも、興味本位で遭う約束を書いてみた。

(いいですよ・・)

(よかったぁ・・・新宿のアルタ前、明日の19時で如何ですか?自分は淵がブルーの眼鏡を掛け

ています・・・)

どうしよう?でもいいか。

(わかりました・・)

綾は急にドキドキしてきた、気付けば22時を過ぎている、身支度を整え会社を後にした。

 家賃9万5千円のワンルームマンションは、オートロックでセキュリティーも充実している。

目覚まし時計を手探りで手繰り寄せ、スイッチを切る、綾は昨日の約束をベットの中で思い出し

ていた、ホントに来るだろうか半信半疑であるが、少し期待もしている自分に気付く。

 今日は取引先のプレゼンでもあるし、普段着ることのない明るめの服を選んだ。

何時ものことながら満員電車だけは憂鬱である、普段通り出入り口付近に立つが、太股に人の

の感触を憶える、手で払うが執拗に触ってくる、手の主を探すが人混みで分からない。

漸く目的の駅に辿りつき、急いで電車を降りた、綾は虫唾が走るほど気持ちが悪くなりトイレに駆

込んで嘔吐した、痴漢には何度か遭遇した事があるが、今日ほど気持ちの悪い奴はいなかっ

た。

 

 午前11時受け持ちのプレゼンが終了した、同僚のランチの誘いを断り、オフィスへ戻る。

昼休みのオフィスは誰もいない、綾はPCの電源を入れ昨日のサイトを開いた。

すると、昨夜の彼から一通メールが届いていた。

(今日のお約束、大丈夫ですか?)

(行きますよ・・・・)

メールを返信し、バックから手鏡を取り出し、自分の顔を見てみる、決して容姿は悪い方ではな

いと思う、最近疲れが溜まっていて目に隈ができている。

 今日は残業もなく定時で帰れそうだ、まだ19時には時間があるから、久し振りに行きつけのネ

イルサロンへ向かった。

綺麗に仕上がり気分は晴れた、タクシーを拾い新宿で降りアルタに向かう、心臓の鼓動が早くな

る、緊張感がピークを迎えたとき、人待ち顔の、割とイケメンの男が立っていた。

行き交う女たちの視線が集まるほど目立っていた、まさかあんなイイ男じゃないよね・・。

よく見るとブルーの淵の眼鏡をかけているではないか・・・・時間は19時5分、廻りを探すがそれ

らしき男は見当たらない・・えっ・・この人?カッコいいわ、どうしよう・・声を掛けようか・・・。

 

 

 

 

 綾は思い切って声を掛けてみる決心をした。

「あのぉ・・失礼ですけど・・・もしかして・・メールくれた方ですか?」

「えっ、あっ・・そうです・・いや、こんな綺麗な人だとは思いませんでした」

「そんな・・・」

近くで見ると、爽やかで綾の理想のタイプであり、来て良かったと本気で思った。

「あっ、はじめまして・・僕・・内藤冬樹といいます・・」

「ワタシは、中野綾といいます・・」

「中野さんは、お酒は飲めますか?」

「はい・・少しなら・・」

「よかったぁ、近くに行き付けのバーがあるんで、宜しければ御一緒に・・・」

「はい・・・」

 いきなりお酒か・・でもお酒が少し入った方が話し易いかな・・ホント素敵な人だな・・背も高い

し、優しそう。

綾は、内藤の後を歩き新宿歌舞伎町へ向かっている、かなり裏通りを進んでいる、大丈夫だろう

か・・・すると鄙びたビルの地下へ降りた、ドアには会員制とある・・中に入って少し驚いた。

そこはシックなモノトーンで統一された、大人の空間が拡がっていた。

カウンター席しかないが、初老のバーテンダーがシェイカーを振っている、奥の席にはお洒落な

一組の男女が座っていた。

「綾さん・・でしたっけ?何飲まれます?」

「あっ、じゃあマティーニを・・・」

「マスター、マティーニと僕はドライシェリーを」

「かしこまりました」

手際よく作る初老のマスターは、蝶ネクタイの似合う素敵な紳士だ。

内藤は、シェリーを一口飲んだ後、徐に綾に振り向き爽やかな笑顔で喋り出した。

「綾さん・・今日は来てくれて、本当に有難う・・凄く嬉しいです・・」

綾は内藤の目を見た途端、吸い込まれそうな程惹かれて行った。

「いえ・・こちらこそ・・」

「出会い系サイトでこんな素敵な人に出会えるなんて・・・」

「内藤さんは、貿易関係のお仕事なさってるんですよね?」

「はい・・・あっ、冬樹でいいですよ」

綾は、緊張からかマティーニを飲み干した、以前飲んだことがあるが、少し変わった味がする・・

高級な店は違うのかな・・。

「お強いですね・・もう一杯如何ですか?」

「はい・・」

二杯目を飲み終えた頃、綾はダルさというより眠気を感じた、おかしいなこの位で酔うなんて・・・

「冬樹さん・・スイマセン・・少し酔ったみたいで・・・・」

 

 

 四方がコンクリートで固められ、出入り口のドアは鉄製の古びた物で錆びている。

その部屋には裸電球の灯りだけで中は至極暗い、生活音もなにも聞こえない、牢獄より酷い場

である。

 蒸し暑さと激しい頭痛で綾は目が覚める、身動きできない事に気付き両手を後ろでに縛られて

るらしい、しかも下着姿であった、自分の置かれている現実を疑い、夢を見ているのか錯覚

を覚える。

(何・・ここは何処?痛い・・頭が割れそう・・・どういうこと?確か夕べ・・冬樹さんと飲んでいた・・・)

「誰か!助けて・・・出してよ・・・誰か」

綾の叫び声が虚しく響く。

 どれ位の時間が経ったのだろう喉が渇き尿意をもようしてきた、我慢できず羞恥心も忘れ、綾

尿を垂れ流した、涙が溢れ激しく首を振る。

「助けてよ・・誰か・・・」

すると、コツンコツンと足音が近づいてくる、鍵を開ける音が聞こえた。

薄明かりで影のようだが男だ。

「ねえ、どういうこと?出してよ、何なの、ねえ・・聞こえないの?」

男は何も答えず、トレーに乗せたペットボトルの水とコンビニ弁当を地面に置いた。

そしていきなり綾を抱きお越し、後ろ手のロープを解き始める。

「ねえ、何なの・・出してよ、助けて・・お願い・・」

すると、男は綾の下着を強引に剥ぎ取る。

「キャー・・ヤメテ・・お願い・・・ヤメテよ・・」

男は何も言わずドアに鍵を掛け、足早に去っていった。

(何なの・・ああ・・助けて・・誰が・・・)

綾は自由になった両手で髪の毛を掻き毟る、コンクリートの地面は硬く露出する肌が痛い。

 時間の感覚がない、暫し眠っていたようだ、身体が痛い。

ペットボトルの水を一気に煽った、空腹に負け冷たい弁当に手をつけるが、嘔吐した。

汚物と垂れ流した尿の臭気でまた嘔吐を繰り返す、綾は平静を保てる自信は既にない。

 

 あれから何日経ったのだろう、数時間ごとに同じ男が同じ水と弁当を運んでくる。

すると、今度は白衣を着た男が入ってきた、綾は動く力も気力も残っていない。

白衣の男は綾の腕を取り何やら注射器の針を刺した、意識が飛んでいき綾は倒れた。

 

 

 

 

エンジェル
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