こんな夢をみた。
椿は、なるほどと顎に手をやりながら興味深そうに私の夢の話を聴いていた。
「君は夢の中でも私のことを殺したのだね。いやあ、本当に真面目な男だよ」
何だか茶化されている気がする。確かに私は真面目な方だが、椿の言う真面目という言葉の裏には恐らく道理の判らぬ頑固者という意味が隠されているに違いない。
「それにしても興味深い話だよ。夢を見る人間なんて、人類史上君が始めてなんじゃないかな? 今絡繰りで過去のデータを調べたのだけれど、前例は見つからなかった。けどまあそれはそうだよね。夢を見るのは人体模型か狛犬くらいなものなんだから」
確かにそうだ。夢を見る人間など寡聞にして聞いたことがない。一介の殺人鬼である私は何の嫌味もなく不勉強な人間であるから、聞いたことがなくて当然だが。しかし、研究者である椿でさえ知らないというのならそれは都市伝説と同列に並べられる程には真実であるのだろう。
「ううん。ヒビ一つない学び舎か。面白い。本当に時代遅れだね。そして君と私はそこの生徒だった訳か。しかしおかしいことがある。私は青春など知らないし、学校に通ったことだってない。若気を知らぬ私がどうしてそんな夢に出演出来るんだい? それは君にしたってそうだろう? 君は青春を知っている風には見えないよ」
私は椿の質問に否定で返した。私は一応殺人の専門学校を出ているのだ。その中では、恋もあれば友情もあった。正に青春というやつだ。しかし青いものばかりではなかったような覚えもある。同級の学友を殺したり、想いを寄せる女子に殺されたりと、間違いなく赤もあったのだ。とするならば、私の春は紫であるのだろう。紫春とでも言おうか。
「へえ、殺人の専門学校というのがあるのか。私は世情には疎いから勉強になるよ。なるほど、君にも春があった訳だ。ならばその夢の中で君が青春を謳歌するのは間違いではないね。しかし私がその中に加わっているというのはやはり妙だよ。夢ってのは不思議なもんだね」
確かに不思議だが、よくよく考えてみれば、私の夢は私が勝手に見るものなのだから、そこに誰がどのような形で出てこようと矛盾も撞着もないのである。洗練された街並が良い例だ。今私達がいる街の建物は皆廃墟の様な状態で存在している。にも拘らず私の夢の中にそんな建物は一軒も存在しなかった。
全ては私の妄想なのである。憧れと言っても良いかもしれない。全てがきちんと整った世界。殺人が絶対的な悪とされ、私自身を正統に糾弾してくれる世界。確かにそれは私の憧れる世界だ。
「そうだ。君は夢の中で私を殺したらしいが、ちゃんと生き返らせてくれたのだろうね? 殺した後始末をしないのは君の悪い癖だよ。この前だって大変だったんだから」
椿は口を尖らせて言う。私は、判らないと応えた。
「判らない? どういうことだい?」
その先は覚えていないのだ。きっとそこで夢が終わったに違いない。私は椿にそう伝えた。
「ふうむ。夢というのは手強いな。中途半端で終わってしまうこともあり得るのか。なんだか私もみたくなってきたよ」
私は金輪際みたいとは思わない。あんな夢を見続けていたら神経が悪くなってしまう。
サテ、話はそろそろ終わりにしよう。私は彼女を殺しに来たのだ。椿は私の為に何度でも死んでくれる。そして何度でも許してくれる。偽物の恨みもなく、本物の辛みもなく、ただ笑って許してくれる。だから私は彼女しか殺さないし殺せない。今日も職務を果たす為に彼女に協力を仰いだのだ。
「お、始めるのかい? 良いよ。こちらの準備は済んでいる。殺し終えたらそこに置いてあるココアで生き返らせてくれ。頼んだよ」
私は頷く。前回は怖くなって逃げ出してしまったが、同じ失敗を繰り返すことはスマートとは言えない。こちらも覚悟を決めなければ。
私がナイフを握る手に力を込めると、椿は何かを言い残したのか、そうだ最後に——と腰を折った。
「君は私のことが好きなのかい? それともそれは夢の中だけ?」
私は首を横に振る。そうして椿ののど元をナイフで刺した。
彼女の死に様は普通の死に様だった。