「……んっ。甘い」
「でしょ! この店はキャベツもこだわっていますからね。それとこのソース。ソースがいい感じにキャベツの良さを引きたてているでしょ。あ、ほら先輩。このソース、とんかつにもかけて食べてみて下さい」
後輩に促されながら、俺は肉にソースをかける。
そして、一口。さくっと音がした。もう一口。またさくっと音がした。ヤバい、美味い。口の中でゆっくり租借すると、肉汁が口の中に流れていった。鼻孔からふわぁっと、ソースのシナモンの香りが抜け出ていく。俺は夢中で目の前の肉に齧りついた。
後輩が俺の方に小鉢を寄こしてきた。「特製おろし小鉢」と、「特製みそ小鉢」だ。味見がてらにひょいっとおろしを口に入れると、口の中がさっぱりとした。このタイミングでこれはいい。
視界の端で、後輩がニヤニヤとこっちを見ていた。
「美味しいでしょここのとんかつ」
どんなウンチクを言うのかと思ったら、当たり前の事を言ってきた。
「でも、先輩。きっと三ヶ月前なら、きっとこんなに美味しいって気づきませんでしたよ。言ったでしょう「食事のお供に煙草なんて最悪だ」って」
「確かに……。最近、なんだか食事が美味くて仕方ない。特にこれは……やばいな」
「ねっ、やばいでしょう。あのですね、なんと言ってもこの「とんかつ伊勢」の魅力はですね――」
「なんていうか、お前と喋る時間がもったいないくらいだ」と言うと、俺は食事を再開した。もう時間が一分、一秒でも惜しい。
後輩は「酷っ」と言いながら、自分もまた皿へと箸をのばしていた。得意の小言じみたウンチクもこの店の料理を目の前にしては意味がないようだ。ただウンチクは興味があるので、後で聞いてやろう。その時は、食事の感想でもお供に添えて、ゆっくり語りあうとしよう。