泡になる条件

 嫌な質問だ。結婚なんて自分で決められる訳ないのに。王族との結婚を自分の意思で選べるとでも思っているのだろうか。

「王子、貴女に興味を示さなかったでしょう」老女は断言した。「王子はね。恋をしているのです」

「誰に?」と言う問いを聞かぬまま、老女は「――に」と言った。訛りが強く、言葉を上手く認識できなかった。

「数ヶ月前、海が大きく荒れていた日の事です。王子が船の甲板から海へ落ちてしまったんです。そしてその時、世にも美しい娘に命を助けられた。それ以来、王子はその娘にこころを奪われてしまったんです。

そして地上の美しいと評判の娘を見つけてきては、自分を救った娘ではないと絶望しているのです」

王子の事を思いだす。あの目は、私がその娘ではないと知ったからだったのか。そして王子は娘たちを……。

「あぁっ。やっぱりあの噂は本当なのね。貴女、その事を私に忠告しようと――」

 言いかけて、私は気づく。さっき老婆は何と言った?

 王子は――に恋をしている? 私は老婆の方へ静かに視線を向けた。

「私ね、魔女と契約したんです。王子の傍にいたい。人間になりたいって。

そしたら魔女はなんて言ったと思います? 『この薬を飲めばお前は人間になる。ただし、代償としてお前の若さを貰おう』って。私はそれを承諾しました」

老女は枝のように細い脚をむき出しにして、ベッドの上に脚を乗せた。ランプの灯りに照らされて、脚がキラキラと輝いていた。老女の脚には微かに鱗が残っていた。私はその場に固まったまま動けなかった。

「ですけど、こんな姿になったからしら、王子は私に気づいてくれなかったの。私は王子を憎みました。だって、海の暮らしを全て捨ててここに来たんだもの。陸は辛いわ。別れた脚がまだズキズキと痛むの。

でもね、やっぱり王子が好き。傍にいたいの。それでね。魔女はこうも言ったの『王子がお前以外の人間と結婚した場合。お前の海の泡になり命を落とす事となる』って。酷い話でしょう。可哀想でしょう」

 私は訳がわからぬまま、頷いた。

歌うような口調で老女は言葉を紡いだ。

「だから考えたの、王子が私以外と結婚しない方法を。用はね、単純な話だったの。泡になる条件を排除すればいいってこと」

老女はゆっくりとした動作で私の上にまたがると、懐から短剣を取り出した。

「だからね。貴女が死ねばいいのよ」

老女は満足そうに笑った。それはまるで、少女のような笑顔だった。

 

白田まこ
泡になる条件
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