パンチラ闘争

日教組潰しの鬼教頭

 

 今年4月、糸島中学に篠田教頭が赴任してきた。福岡県下では知らない職員はいないというほど有名な39歳の鬼教頭だ。今年で教頭職4年目になるが、前任の天神中学においての教育改革は日教組を震え上がらせた。

 

 篠田教頭の「戦争主義」を掲げた受験教育は多くの教師から非難されているが、父母からは大歓迎されている。新任教頭にもかかわらず、例年、トップ高校合格者が2名程度の天神中学で、赴任一年目にして一気に合格者10名にまで伸ばした。この実績は教育委員会の度肝を抜いた。篠田教頭は徹底した受験指導を行い、優秀な学生をより優秀にするという「エリート主義」をモットーとしていた。7月に三年生対象に実力テストを行い、9月から成績上位30名を新設した「エリートクラス」に移行させた。

 

 篠田教頭の教育改革には3つの柱があった。1つ目は、目安箱の設置。2つ目は、「エリートクラス」の設置。3つ目は、アイドルグループ活動の禁止。これらの方針は日教組だけでなく教育委員会の非難を浴びることになったが、父母たちからは絶大なる支持を得て、篠田教頭は女帝として君臨することになった。篠田教頭の評判はもはや全国にとどろいていた。

  学力テストの成績は校長及び教頭の最大の評価とされるため、教頭は是が非でも成績を向上させたかった。そのためには、「成績主義」に賛同する先生を集める作戦を実行していた。天神中学においても、色気と巧みな話術で教頭好みの人事を教育委員会に働きかけた。その人事の効あって、二年目はさらに合格実績を向上させた。篠田教頭はエリート教育を全国に広めるために、成績が低迷している自由主義の糸島中学への赴任を自ら希望した。

 

 本年度4月の第一回職員会議で、篠田教頭の挨拶は先生たちを震えさせた。自由と平和の教育を推進してきた日教組の先生たちにとっては、まったく理解できない狂気沙汰の教育方針であった。篠田教頭は声高らかに挨拶した。「学生にとって一番大切なことは成績向上であり、自由気ままな行動は学力を低下させる。父母が学校に求めるものは、自由気ままな学校生活ではなく、成績向上のための規律のある厳しい管理の下の受験生活です。そのためには、のほほんとした先生方の考え方及び生活態度を改善していただかなければなりません。

 

 早速、5月から目安箱を設置し、生徒は先生方をどのように見ているか把握したいと考えています。投書の内容によって、先生方が糸島中学にふさわしいか否かを判断してまいりたいと考えています。糸島中学の成績進展のために、今までの自由放任の教育体制を一掃し、完全なる管理体制のエリート教育を実践してまいりたいと思います。是非、エリート教育をご理解いただき、賛同協力をお願いいたします」篠田教頭は天神中学での成功実績を踏まえて自信に溢れた挨拶をした。

特に、英語の石原先生と社会の東国原先生は教頭から敵対視されていた。石原先生に関しては学力テストにおいて英語の成績が県下において中以下であること、東国原先生においては教頭に反抗的であることだ。来年、二人は糸島中学から追放されることを覚悟していた。数学の小沢先生、理科の野田先生も教頭の教育方針にたびたび意見したため、教頭には嫌われている。「成績主義」に賛同しない先生は追放される運命にあった。

 

明日、7月20日(土)、糸島中学の臨時教職員会議が開催される。明日の臨時会議は目安箱に投書された内容の発表がある。英語の石原先生と社会の東国原先生は、いつものように、石原先生のマンションでお酒を飲みながら篠田教頭の悪口を言い合っていた。石原先生のいつものぼやきが始まった。「おそらく、定年間近の僕は追放宣告を受けるよな。やる気が無いとか、気合が入っていないとか、受験指導には向いてないとか、噛みつかれるのは眼に見えているよ。まあ、どうでもいいけどね。この年になって教頭とやり合う気はないよ。うわべを繕って追放されるよ」

 

 後輩の東国原先生は酔いが回ってきたのか顔を赤くして、しどろもどろに石原先生を慰めた。「先輩、今日は弱気じゃないですか、どうしたんですか?二人して鬼教頭をやっつけようじゃないですか。僕も、明日は覚悟していますよ。徹底して、教頭に反抗してやりますよ。僕は管理職になりたいとも思わないし、おべんちゃらを言って、鬼教頭に取り入る気も毛頭ありませんから」話し終えると杯をグイッとあけた。

 

石原先生は明日の会議のことを考えると憂鬱になってきた。「僕はあきらめたよ。あと2年で定年だ。立つ鳥あとを濁さず、というじゃないか。君はまだ若い、将来がある、反抗はよくない。鬼教頭のいいところを見習って管理職になったほうが君のためだ。そう、むきにならないほうがいい。長い物には巻かれろ、って言うじゃないか」すぐにかっとなる東国原先生を落ち着かせた。

 

「先輩、おかしいですよ、いつもの気概はどこにいったんですか。二人で戦うと団結を誓ったじゃないですか。僕は追放されるまで戦いますよ。成績主義こそ不平等をもたらし、さらに軍国主義へと国家を導くのです」東国原先生が石原先生の杯に徳利を傾けると、石原先生は瞼を閉じて舟をこぎ始めていた。ムカついた東国原先生は石原先生の左肩を強くゆすった。はっとして、眼を開けた石原先生は、寝ぼけ顔で話を続けた。

 

「東国原君、勇み足はよくない。君の将来のことを思って言うが、学生の自由を認め、学生と教師が対等になることは平等理念からはいいかもしれんが、彼らが社会に出たときはきっと苦労することになる。やはり、教頭の言うように階級主義で学生を管理してやったほうがいいのかもしれない。社会に出れば上下関係が歴然としている。エリートが社会をリードする。一流大学卒業の者が出世して、権力を握る。これは現実だ。もう、僕は理想を追うことに疲れたよ」

春日信彦
作家:春日信彦
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