天道虫

「風呂いいよ、先に入ってきなよ、バスタオルとか出してあるから

「うん、アリガト」

両親の帰宅は深夜になる、それまでに言い訳を考えなくては・・・。

思い切ってメグの家に電話してみようか、うん、それがいい、確かクラス名簿があったはずだ。

ケイタイを手に取った、「はい、川崎です・・」

「あっ、俺、正田といいます、正田健治です・・メグいやメグミさんと同じクラスの、あの・・今・・メグ

さん、家にいます・・理由は分からないのですが、帰りたくないって・・一応連絡した方がいいと

思いまして・・」

「そうですか・・・御迷惑をお掛けして申し訳ありません、実は色々ありまして・・」

「いえ、家は構いませんので」

念のため、連絡先を教えて電話を切った。

一体何があったのだろうか、喧嘩したとしても母親があそこまで酷く殴るだろうか、もしかしたら

再婚相手の奴か。

「お風呂、アリガト、気持ち良かったぁ」

俺のスエットを着ている、ブカブカで可愛い。

「何ジロジロ見てんのよ、スケベ」

「見てねぇし、バ~カ」

ガラステーブルに置いてあるセブンスターに火を点けた。

「えっ、ケンジ、煙草吸うんだぁ、初めて知ったぁ」

「・・・」

片隅のCDデッキからピンククラウドの歪むギターが鳴っている。

 

 コンコンとノックの音が響く。

「ケンジ、降りてらっしゃい」

慌てて煙草を消す、両親が帰ってきたんだ、何て説明しようか。

「分かった、今行くよ」

メグには心配するなと告げ、階下へ降りた。

「ちゃんと説明しなさい」

「ああ」

オヤジは寡黙な人で、テレビを見ながらビールを飲んでいる。

「川崎さんっていうんだけど、家で何かあったらしくて、帰りたくないって言うんだ、理由は分からな

いけど、向うのお母さんにはちゃんと連絡したよ」

「じゃあ、家に泊まっている事知ってるんだね」

「うん」

そのとき2階からメグが降りてきた。

「すみません、川崎といいます、御迷惑をお掛けして申し訳ありません、ワタシが無理に御願い

して・・・」

「いいのよ、親御さんが承知なら、ところであんた達、ご飯食べたの?」

「ああ、コンビニで弁当買ってきた」

 

 

 

 もう四月だというのに肌寒い、厚手の毛布を二人で掛け、何となく寄り添い抱き合った。

ケンジには初めての経験で、メグの肌は心地よく良い匂いがした。

「大スキ・・ワタシのてんとう虫さん・・」

「虫かよ、俺」

「ねえ、ケンジ・・怒らないで聞いて・・、ケンジとこうなったから言うんじゃないの、ワタシが帰りたく

ないのはね・・・」

メグは、涙ながらに話し始めた。

「うっ、嘘だろ、ぶっ殺してやる

怒りが込み上げてきた、押さえ切れないものが爆発しそうだった。

「メグのお袋も知ってたのか?信じらんねぇ」

「違うの・・あの人はね、ワタシが小さいときに離婚して、大変だったの、幾つもの仕事を掛け持

ちして・・ワタシを育てるのに苦労したと思う、そしてやっと自分のシアワセを掴んだんだ・・だから

また、一人になるのが怖かったんだと思う、女として・・・」

「だって自分の娘だぜ、おかしいよ絶対、オマエよく我慢できるな」

「ワタシだって許せない、だけどお母さんの幸せを壊したくない」

「俺にはよく分かんねぇけど、間違ってるよ」

「ワタシもケンジと離れたくない・・同じ女だから・・お母さんの気持ち・・分かるんだ・・・」

 

 駅前の鄙びたビルの一室に、㈲東和商事があった。

事業内容は、不動産売買及びビル管理、社員は2名で社長は山下雄二、広域暴力団の企業

舎弟との噂もある。

事務所の一角に全自動麻雀卓が置いてあり、強面の面子が札束を握り締め、一喜一憂してい

る。

煙草の煙と、異様な雰囲気で澱みさえ感じる。

「山下さんよ、この間の一件、下手打ったなぁ、オヤジさんが気にしててな」

「はあ、すんません、もう少し待ってもらえませんか?」

「おっと、それポンだ・・あの競売物件、占有してその位経ったかな」

「若衆に頑張ってもらって一ヶ月目です」

「早くやっつけねぇと、大変だぜ・・あれ転売すりゃ、一億は抜けるからな」

「申し訳ない・・・」

「まあいいや、ところでお前さん、再婚したんだって」

「ええ、素人ですよ、しかもコブ付で・・・」

「ほう、酔狂だねぇ、いきなり親父かい?」

「はあ、娘なんです・・確か17です・・」

「へぇ、いい女なのかい」

「まだションベン臭いガキですよ」

山下に凄みを効かせているのは、近藤という広域暴力団の幹部、五十絡みのガッチリした体格

で、見た目は中間管理職のサラリーマン風だが、目の奥にはギラギラした貪欲なものが光ってい

た。

 

 

 

 

 週末の土曜日、メグを誘ってライブハウスへ来ていた。

インディーズバンドだが、六十年代の雰囲気で、結構ノリが良かった、ギター、ベース、ドラムで

三人バンドは珍しい。

大音響を久々に身体に浴びて、気持ちがいい、メグも少しは憂さが晴れただろうか。

ラストはクリームのクロスロードのコピーだ、メイプルネックのストラトが欲しくなった。

「どうだった?」

「うん、サイコー!」

「そうだね、それより腹減った」

「ワタシも!」

「この時間だと・・ファミレスかラーメン屋しかないな」

「ラーメン食べたい!」

この界隈では美味いと評判の店で、一度行ってみたいと思っていた。

評判どおり、夜の9時過ぎだというのに混み合っている、お勧めの味噌チャーシューと餃子を

二人で頬張った。

「あ~食ったぁ、腹一杯だぁ」

「美味しかったね!お腹一杯」

ネオン煌めく繁華街を二人は腕を組み、鼻歌を歌いながら家路をゆっくりと歩いた。

 

 ハザードランプを点滅させ、磨き上げられた漆黒のメルセデスS600のスモークウィンドーが

開き、中にはメグの母親の再婚相手、山下雄二と後部座席には暴力団幹部の近藤が、二人が

え行くまでジッと見ていた。

「山下さんよ、娘と一緒にいたガキは何者だい?」

「さあ、彼氏ですかね・・実はあの娘、最近帰ってないんですよ」

「家出か?」

「はぁ、実は・・姦っちまったんですよ、結構色っぽくて・・つい・・」

「なんだって、義理とはいえ娘じゃねえか、スキだねぇ、アンタも・・」

「それっきり帰ってこないんですよ」

「そうかい、ところでこの前の麻雀の負け、話次第じゃチャラにしてやってもいいんだぜ」

「オイラもアンタと同じで若いのが好物でさぁ、どうだい?山下さんよぉ」

「はぁ、本当にチャラにしてくれるんですか?」

「ああ、いいとも、その代わり頼むぜ、お義父さんよ

 

 

 軽音楽部の部室はかなり狭い、、ギターのボリュームをマックスにしようものなら、上の職員室か

生徒指導部長の青木がすっ飛んでくる、

何度も怒鳴られ、スリッパで殴られた事もある。

メグから貰った真紅のディストーションを繋いで、軽く弾いてみる。

「スゴーイ、ケンジ、カッコいい!」

「メグも弾いてみる?」

「うん!」

「ほら、誰かさんの好きな・・・マイナーコードだから、こうやって押さえて・・・」

「ホントだぁ、スゴイね」

「ねぇ、ケンジ・・ワタシ一度家に帰ってみる・・お母さん心配だし、着替えもないし・・」

「パンツもな!」

「そればっかじゃん、エッチ!」

「俺も行くよ」

「大丈夫だって」

「アイツがいたらどうすんだよ」

「平気・・今度はぶっ飛ばしてやるから・・」

「何かあったら、すぐ電話しろよ」

「うん・・・」

 

珍しく親父が話しかけてきた、居酒屋を始めて十二年、脱サラして始めた店は繁盛していると

聞く、一度だけその店に行ったことがある。

家では寡黙で、笑った顔をあまり見たことがない、ところが店での親父は、常連らしき客と

とびっきりの笑顔で喋っていた。

「健治、彼女はどうした?もう帰ったのか」

「ああ、着替えを取りに行ってる」

「いつまで居るつもりだ、どんな訳か知らないが高校生だぞ、常識を考えろよ」

「分かってるよ、彼女、お義父に殴られたらしいんだ」

「だからといって、お前がどうにかできる問題じゃないだろ」

「助けてやりたいんだ、可愛そうな奴なんだ」

「俺はお前を信じている、間違ったことだけはするなよ」

 

何十棟も建ち並ぶ高層住宅の一角に川崎メグミの家がある。

造成された樹々や公園、銀行、スーパーマーケットまで存在する、まるで一大都市のようだ。

 日が暮れ始め、街路灯に灯りがともる、駐車場の空きスペースに漆黒のメルセデスがゆっくり

と停車した、アイドリング状態のまま不気味な様相を放っている。

川崎メグミは、自宅玄関の鍵を開け中に入った、誰も居ない薄暗いリビングを抜け、自室に入ろ

うとしたとき、背後に人の気配を感じ、振り返った瞬間鳩尾に当身を食らった。

「うっ」

腹に激痛を感じながら、意識が遠退いていった。

 

エンジェル
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