天道虫

「健治は私共にとってたった一人の息子でした、出来の悪い馬鹿息子でしたが、根は優しい奴

で・・僅か17年しか一緒に居られませんでした」

父親は精一杯涙を堪えていたが、溢れ出したものは止まらなかった。

「失礼ですが・・籍は?」

「いいえ・・・

「そうですか・・・・・勝手なお願いなんですが・・聞いていただけますか?」

「・・・・・」

「私共にとっても、この子は孫になります、どうでしょう、一緒に暮しませんか、勿論生活の面倒は

私が責任を持って・・考えていただきませんか?」

「・・・・・」

「無理にとは言いませんが・・如何でしょうか?」

「あの・・・亀田さんから聞いていると思いますが・・ワタシ、覚醒剤中毒だったんです・・最初はヤ

ザに無理やり・・・・・それはもう酷い生活でした・・心も身体もボロボロで、生きる意欲もなくて、

そんな私を地獄から救ってくれたんです・・ケンジさんが居なかったら今頃ワタシ・・死んでいたか

も・・・偶然二人でこの街に来て、一緒にやり直そうって・・・だから、ワタシとケンジさんの出発点

なんです・・・この街は」

 

東海道本線清水駅のみなと口には、帰宅の途につく高校生が溢れていた。

ケンジの両親は、感慨深げにその光景を眺めている。

「もし宜しければ、またケンイチに会いにきてください」

「有難う、智さんも困った事があったらいつでも訪ねてきて下さい、じゃあお元気で」

ケンジの両親は改札口に消えていった、淋しそうな夫婦の背中の残像が瞼の奥に刻まれる。

 

 今年で2歳になったケンイチと昼下がりの公園で戯れていた、蒸し暑い初夏の日差しを浴びな

がら、噴水の水溜りの中にドカリと座ったケンイチの頭に、2匹のてんとう虫がとまった。

まるでケンイチを見守っているような・・・・。

そんな何気ない光景が、トモには記憶のどこかに閉まってあった、大切なもののような気がして、

ケイタイのカメラのシャッターを押した。

水溜りでグチャグチャになりながらはしゃぐケンイチに、ケンジの面影を重ねて見ていたトモは、

小さなシアワセを感じていた。     了

エンジェル
天道虫
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