天道虫

 「ケンジ、今日は誕生日だし、カラオケでも行く?」

「・・・。」

「ねぇ、行こうよ、ねぇ」

「・・・。」

「行くよ!」

腕を無理やり引っ張られ、駅前のカラオケボックスに軟禁された。

メグは、ドリカムの‘やさしいキスをして‘をよく歌う、「スキなんだぁ」と涙ぐむ。

「感情入れすぎだろ、わかんねぇなぁ、普通歌いながら泣くかよ」

「はい・・これ・・」

黄色いリボンで包まれた小さな箱を恥かしそうに差し出す。

「何だよ」

「いいから開けてみて」

箱の中には真新しいエフェクターが入っていた、真紅のディストーションだ。

メッセージカードには‘誕生日オメデトウ、ギター弾いてるケンジ、カッコいいよ‘。

「バッカじゃねぇの・・でもサンキュ・・これ欲しかったんだ」

「惚れちゃった?ワタシに惚れると怪我するぜ!」

「でもこれ、高かったんじゃね?」

「ほら、この前、お母さん再婚したって言ったでしょ?相手の人、結構気前がいいの、お小遣い

いっぱい貰えるんだぁ」

「へぇー、一緒に住んでんのかよ?」

「ちょっとキモイけど・・優しいよ」

「ふぅん、おい早く次の曲入れろよ、時間無くなっちゃうよ」

 

 朝陽を浴びて新緑が映える、朝露がキラキラと輝く、しかしそこには似つかわしくないメグの

姿があった。

学校の制服は着ているものの、頬は赤く腫れ上がり、唇から出血し、手や足には擦り傷がある。

呆然と立ち尽くす彼女の目から、一滴の涙が零れた、辺りに人影はなく朝の5時を過ぎたところ

だった。

時折、新聞配達のバイクの音が聞こえるが、昼間の喧騒が嘘のように平静である。

 ふと我に返ったメグは、震える手でバックからケイタイを取り出し、ケンジにかけようとしたが、

踏み止まった。

「ケンジ・・助けて・・」声にならない小さな声で、メグは搾り出すように囁いた。

何処をどう歩いて辿り着いたのか記憶がない、いつもケンジとお弁当を食べる学校の屋上。

物陰に身を置き、恐怖と疲労でいつの間にか眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 朝から少し頭痛がした、食欲も無くダルイ。

「サボっちゃおうかな、面倒臭え」

「だめよ、ちゃんと行きなさい」

独り言を聞いていたのか、母親がTVのワイドショーを見ながら叫ぶ。

「わかったよ、うぜぇな、行けばいいんだろ」

「親に向かってなんて態度!」

煩わしさと憂鬱が入り混じり、頭痛が増したような気がする。

「あっ、ヤベっ」急いで出てきたから財布を忘れてしまった、焼きそばパンが買えない。

また母親の顔を見るのも嫌だし、メグの弁当分けてもらおうか。

 教室に入ると、いつもと変わらぬウルサイ連中がいる、だがメグの姿が見当たらない。

隣の席の夏美に聞く、「なぁ、メグは?」

「まだ来てないみたい・・」

欠席なんて俺と違ってした事ないのに、風邪でもひいたかな。

 昼休みになり、空腹と朝からの頭痛で苛立ちながら、いつもの屋上に向かった。

何人かの生徒が弁当を広げている、「ああ腹減った」

こんな日によりによってメグが居ないなんて、ついてねえな、ケンジは昼寝をしようといつもの

物陰へ向かった。

「うわっ、ビックリしたぁ、何だメグ・・か・・何やってんだよサボりか?しょうがねぇな」

しかし、只ならぬ異様な雰囲気に思わず固唾を呑んだ。

「おい、どうしたんだよ?」

「・・・」

「メグ・・どうしたんだよ」

顔色も悪い、まして傷だらけだ、「大丈夫か?保健室に行こう」

メグは静かに首を横に振り、泣き腫らした瞼をゆっくりと開いた。

「メグ、一体何があった?痛いか?大丈夫か?」

「うん・・大丈夫、平気だよ・・」

ケンジは、憔悴してるのに弱弱しく笑顔を浮かべるメグをギュッと抱きしめた。

メグはまた腫れた瞼から涙を流した、その涙は安堵に満ちた、幸福さえ思わせる涙であった。

 どれ位時間が経ったのだろう、辺りは薄っすらと暗くなり始めている。

彼女を抱いたまま眠りに落ちていた。

「メグ、そろそろ帰ろうか、送っていくよ」

「イヤ、帰りたくない・・イヤ・・」

「何があったか知らないけど、取りあえず傷の手当てしなきゃ、俺ん家行こう」

 

 

 

 ケンジは1人っ子で、両親は居酒屋を営んでいる、夜は何時もケンジ一人きりだ。

ケンジの2階の部屋は、数本のギターが乱雑に置かれ、アンプやらCDが部屋一面に転がってい

窓際の片隅にシングルのパイプベットがある、座れるスペースはそこしかない。

「そこに座って」

「アリガト」

「なぁ、腹減ってない?」

「うん!おなかすいたぁ、ペコペコ」

「チョット待ってな、何か持ってくるよ」

一階の台所の冷蔵庫や、戸棚を物色したが、カップラーメンしかない、どういう親だよまったく、

成長期の息子にカップ麺かよ。

消毒液と絆創膏とオヤジの缶ビールを失敬し、部屋へ戻った。

「ゴメン、カップ麺しかない」

「いいの、アリガト」

「その前に、痛いけど消毒するから我慢しろよ」

体中に擦り傷や痣がある、特に酷いのは頬と唇の傷、殴られたようなそんな痕だった。

「痛っ・・美人が台無しだよね」

「ふざけんな、我慢しろ、なあ親と喧嘩でもして殴られたか?」

「・・・」

「まあ、言いたくないんならいいけどさ・・

「ゴメン・・・」

「ねぇケンジ・・ワタシね・・小学生からイジメられてたの・・中学卒業するまで・・ずっと・・」

「・・・」

「ホント・・死のうと思ったこと・・何回もあるんだぁ」

「・・・」

メグは、壮絶な体験やこれまでのことを赤裸々に語った。

ケンジには到底理解できない、それは悲惨な出来事だった、のほほんと好き勝手に暮らしてきた

ケンジにとって、惨すぎる現実だ。

言葉では言い表わせない・・いたたまれない・・缶ビールのプルトップを開け徐に煽った。

「ねぇ、ケンジ・・あのね・・団地の屋上に昇って死のうとしたの・・そしたらてんとう虫が・・助けて

くれたんだぁ、私の手に止まって・・死んじゃ駄目だよって・・あのてんとう虫・・ケンジだったような

気がするんだぁ」

「・・・」

窮屈なシングルベットに抱き合いながら横になった。

「ケンジ・・スキなの・・大スキ・・」

「・・・、疲れてんだろ、そばに居るからゆっくり寝なよ」

「う・・ん」

ケンジはそっとメグの痛々しい唇にキスした。

余程疲れているのか、安心したのか、小さな寝息を立ててメグは眠りについた。

 

 

 窓の外の樹々には、静生りの騒々しいぐらいの雀たちの鳴き声で、目が覚めた。

彼女はまだ安らかな寝息を立てている、起さない様にそっと腕枕を外す。

痺れた左腕がなんだか心地いい。

親に何て説明しようか、言い訳を考えながら階下へ降りていった。

既に朝食の支度をしている母親の背中越しに言い出せないでいると、「お友達?泊まったの?」

「ああ、うん・・」

「女の子でしょ?向うの御両親は知っているんでしょうね?」

「ああ、多分・・」

「これ、上に持っていって食べな」

「うん、サンキュ」

小さい頃から食べ慣れている、決して美味いとは言えないオムレツとジャムマーガリンのトースト

だ。仕事で夜遅いのに、朝食だけは早起きして作ってくれる。

 部屋のドアをそっと開けると、メグが怯えた子兎のような目で俺を見る。

「ゴメン、起しちゃった?」

「目が覚めたらケンジが居なくて・・・」

「おはよ、これ多分マズイけど一緒に食べよう」

「うん、アリガト」

「今日、学校どうする?着替えとかもあるだろうし・・」

「うん、今の時間なら誰も居ないだろうし、帰って着替えてくる・・」

「一緒に行こうか?」

「大丈夫!いつもの公園で待ってて」

「分かった、学校はどうすんだ?」

「行くよ、一緒に行こ!」

「とりあえず、飯、食っちゃおうぜ」

「うん!」

 

 朝の通勤ラッシュで、人も車も忙しない、繁華街から少し離れた公園、ガキの頃から良く遊んだ

通称タコ公園、タコの形の滑り台があるからそう呼ばれている。

今はホームレスがこの公園を支配している、あちこちにブルーシートで覆われた掘っ立て小屋が

乱立している。

この時間は、彼らの身支度の時間なのだろう、水飲み場には数人の行列ができている。

以前は彼らを疎ましく思っていた、昨夜のメグの壮絶な体験を聞かされた今、彼らも同じ人間、

一生懸命生きているんだなと、妙な感情が湧いてくる。

 端っこのベンチに横たわる、満天に広がる様々な白い雲が、ゆっくりと流れてゆく。

昨夜のメグの告白が蘇る、自殺って・・そこまで追い詰められた壮絶な状況・・涙が溢れる。

俺、彼女が好きなのか?同情しているだけ?でも昨夜の彼女は、ケンジにとって愛しい存在で

あったのは間違いない。

「ケンジ!」

俺を呼ぶ彼女の声が遠くから聞こえる。

メグは、大きめなボストンバックと学生鞄を重そうに持ってやって来た。

「ゴメン、待った?」

「どうしたの、その荷物?」

「えっ、着替えとか・・色々・・」

「家出?」

「・・・」

「まっ、いいか、駅前のコインロッカーに入れようか?」

「うん・・」

 

 

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