天道虫

  枕を並べて寝ていると、トモが急に苦しみ出した、見たこともない苦しみように、ケンジはなすす

もなかった、胸元を押さえてもがき苦しんでいる。

「おい、大丈夫か?いま救急車呼んでもらうからな」

「ダメ・・その・・うち・・治まるから・・・警察に・・捕まっちゃうよ・・」

「だけど・・死んじゃうよ・・・」

おねがい・・暴れないように、ワタシを強く・・抱きしめて・・」

「わかった・・」

ケンジは、トモを力一杯抱きしめた、それでも物凄い力でトモは暴れる。

「ガンバレ・・・・トモ・・」

 

 朝露が浜名湖を妖艶に包み込み、まるで別世界を思わせる、ここは黄泉の国だろうか、錯覚

覚える、そういえばこの二日間、一睡もしていない。

トモは、ケンジの腕の中で寝息を立てている、よほど疲れているのだろう、一晩中暴れてやっと

眠ったばかり。

 トモは、暴れながらクスリを執拗に欲しがり、幻覚も見ていただろう、ケンジを警察官と思い込

み、悪態をついた。

ケンジは、フロントに電話をかけ、朝食は要らないからチェックアウトの時間まで、寝かせてくれ

るよう頼んだ。

想像はしていたが、これほど凄まじいと思わなかった、クスリの怖さが身に沁み、トモには絶対

立ち直って欲しいと心から願った。

 

 ホテルの会計を済まし、ケンジは駐輪場に置いてあるバイクを取りに行った。

SR400のエンジンをふかし、暖気していると、見覚えのある白いクラウンが通り過ぎた、ケンジ

は咄嗟に身を隠す、どうやら気付かれなかったようだ、猛スピードで走り去って行く。

ホテルの玄関にバイクを横付けする。

「トモ・・アイツ生きてるよ・・たった今、向うに走って行ったよ」

「うそっ・・ヤダ、どうしよう」

「多分気付いてないから、逆方向へ行ってみよう」

ケンジは、来た道を戻ってバイクを飛ばした、するとバックミラーに白い車が映る、ヤバイ、気付

かれた、物凄いスピードで追いかけてくる。

後部シートにトモを載せているため、無茶な運転はできない、そこへ車ごと体当たりをしてきた。

バイクはバランスを崩し、滑りながら二人は地面に叩き付けられた。

激痛が走る、トモは・・2,3メートル先に倒れている、ヘルメットを被ったまま動かない。

 車から小島が降りて来た、ふてぶてしく、勝ち誇ったようにゆっくりとケンジに近づく。

「やっと会えたなぁ、てめえ、もしかしてケンジってやろうか?山下と近藤の兄貴殺ったのてめえ

だろ、調べはついてんだよ」

小島は、ケンジの腹を革靴の爪先で蹴飛ばし、動かない左足を踵で思い切り踏ん付けた。

「ギャー・・あうっ・・」

あまりの激痛に転げまわる。

「この野郎、まだ殺さねえよ、事務所でたっぷり時間かけて、弄り殺してやるからな、車に乗れ

や、早くしろ」

ケンジは車の後部座席に放り込まれた。

トモは意識がないのか、小島に担がれている、このままでは、間違いなく殺される、何とかしなけ

れば・・ケンジは激痛に耐えながら、車内を物色する、小島に気付かれないようにグローブボ

クスを開けた、すると中にスパナがある、小脇に隠し失神を装った。

小島は、トモを助手席に降ろし、運転席に座った、そこへ頭を目掛けてスパナを振り下ろした。

「うっ・・この・・野郎・・」

ケンジは何度も何度も殴る、血吹雪が車内を舞い、地獄の惨状と化した。

小島は白目を剥き、やがて息をしなくなった。

 

 

 

 

 

 

  どれだけの時間がたったのだろうか、呆然と空を睨んでいたケンジは、足の激痛で我に返っ

た。

「トモっ・・トモ・・大丈夫か、トモっ・・」

「あぁ・・ケンジ・・・」

「よかったぁ、怪我は?」

トモは、幸いかすり傷程度で、軽いものだったが、ケンジは左足首の腫れが酷い、多分骨折して

るだろう。

「死んだ・・・・・

「・・・・・」

「また・・殺しちゃった・・・・・」

「ゴメン・・ゴメン・・ワタシのせいで・・・」

「取りあえず、コイツを何とかしなきゃ・・トモ、車のエンジン掛けられる?」

トモは、助手席を飛び出し、運転席に回りエンジンを掛けた。

「よし、次は真ん中のブレーキを踏んだまま、ギアをD,に入れて、左のペダルを力一杯踏んで

そう、こっちに来て、手を貸してくれる?俺歩けないかも・・」

トモは、ケンジに肩を貸しながら、後部座席から降ろした。

「うっ・・いっ・・痛てえ・・」

「大丈夫?」

「ああ、そしたら、ダッシュボードに燃えそうな紙入ってないかな?」

トモは、ダッシュボードを開け、領収の束らしき物を取り出した。

ケンジは、ジャケットの内ポケットから、ライターを取り出し、紙の束に火を点け、後部座席に放り

込んだ。

暫くすると、黒い煙が車のに充満してきた。

「トモ、運転席のドアを開けて、思いっきりハンドルを左に廻して、一番左のフットペダルを踏ん

で・・よし、降りてドア閉めて・・そう・・」

すると、車はゆっくり走り出した、その先は急勾配の絶壁になっている。

「危ないから、離れて」

その瞬間車は、崖から転落し、遥か下のほうでガシャンという凄い音がした、たちまち火が昇り

爆発音が響いた、黒煙が上がり地鳴りもした。

「よかった、バイクは動くぞ」

ケンジは、左の足首を添え木で固定し、Tシャツを引き裂いてぐるぐる巻きにした、トモを後ろに

乗せてゆっくりと走り出した、ギアを入れると激痛が走る。

遥か後方で、バックミラー越しに黒煙が広がっているのが見えた。

 

  東名高速を東に走っていた、清水インターで降り、国道1号線をさらに東へ進むと、小さな個人

院を見つけた、レントゲンを撮ってみるとやはり骨折している、ギプスで固定され不自由だが、

何となく痛みは引いてきた。

 トモに肩を借り、駿河湾が一望できる公園のベンチに二人は腰掛けた。

沖合いには漁船が数隻、陽炎のようにゆらゆら揺れている。

「アパートでも借りて、一緒に暮らさない?」

「・・・・・」

「ねぇ・・イタイ・・どうして喋んないの?ブルー入ってる?」

「かなりブルーだよ・・・一人は半殺し・・二人は殺しちゃった・・まともじゃないよ・・・」

「・・・・・」

「そうだね・・一緒に暮らそうか・・俺・・働くよ、この足じゃまだ無理だけど・・」

「大丈夫・・任せて、ワタシがお水でガンバル・・・ところで何処なのここ?」

「清水だよ、港町・・」

「海・・キレイだね・・ここで探そうよ、アパート、同棲だね・・恋人同士みたい・・フフっ」

「バァカ・・逃亡者同士だろ・・」

 

 商店街に程近い、家賃4万5千円、2DKのアパートを上手く借りることができた。

出費を抑えるため、最低限の家財道具を揃え、二人の拙い生活が始まった。

「カーテン、この色変じゃない?」

「どうでもいいよ、そんなこと・・」

トモは最近禁断症状らしきものは落ち着いていた、しかし薬物依存からそう容易く逃れられるも

のではないことは、トモが一番よく理解している。

命懸けで助けてくれたケンジには、感謝の気持ちから、愛情へと変わりつつあった。

 トモは、漁協に近い、殆ど漁師が常連のスナック‘けいこ‘にホステスとして、働き始めた。

新宿でキャバ嬢として働いていたトモは、猟師町のスナックでは一際目を引いた。

ここでの源氏名は‘ユミ‘とママに名付けてもらった。

ユミの評判を聞いて、客足は伸び、連日スナックは賑わいを見せた。

「ただいまぁ

「おかえり、大分酔ってるね、あまり無理すんなよ」

「うん・・平気だよ、ケンジがいるから頑張れる!」

「この足治ったら、俺が働くから・・」

「気にしなくていいよ・・ワタシお水好きだし・・ってゆうかぁ、お腹空いたぁ」

「ここは、魚が上手いから・・イカとマグロの刺身買ってきた・・それも安い!」

「美味しそう!」

 

 

 

 

 

  ケンジのギプスがようやく外れた、あれから一ヶ月が過ぎたが、新聞や地元TVでは単なる自損

故として扱われ、今では風化しつつある。

ケンジは繁華街にある大手居酒屋チェーン店でフルタイムのバイトを始めた。

時給は1000円、トモの給料と合わせれば十分暮らしていける、生活の目途がようやく立った。

「ケンジ、聞いて、ママがね時給上げてくれたの・・お客さん増えたのワタシのお陰だって、明日休

みだし、ケンジも休みでしょ?どっか行かない?

「そうだなぁ・・トモの体調も良さそうだし・・何処行く?」

 ケンジは、SR400にトモを乗せ、東名高速に乗って静岡で降りた。

国道150号線を東へ走り、三保の松原を目指した。

「わあ、スゴイ・・富士山だぁ・・こんな近くで見たの初めて・・」

トモは、満面の笑顔を見せて子供のようにはしゃいだ。

秋晴れの、それは久し振りのピーカンだった、雲ひとつないというのはまさにこのことだ。

「海風が気持ちいいなぁ」

「ねえ、写真撮ろ!えっと・・あのオジサンに頼もうよ・・」

見るからに観光客の老夫婦に、トモは屈託なく話し掛ける。

「スイマセン・・シャッター押してもらえませんかぁ、富士山も写る様におねがいします」

売店で買ったインスタントカメラを老夫婦渡し、撮ってもらった。

余程嬉しかったのか、トモはいつもより饒舌で、溢れんばかりの笑顔を振り撒く。

以前より脂肪も付いてきて、体重も5キロ増えたらしい、あのガリガリだった身体が嘘のように

蘇った、顔もふっくらとし、22歳そのものだ。

 観光案内所で紹介されたホテルに、二人は一泊することになった、羽衣の天女伝説にゆかり

のあるホテルで、ロビーの調度品も小粋な風情を醸し出している。

部屋からは海岸線に砂浜が続き、その先には雄大な富士山が鎮座している姿が一望できる、

陽が焼けて、赤富士の様相に、トモは感涙していた。

ロケーションは抜群で、湯浴みも悪くなく、夕食も海鮮尽くし。

「今日は、ホント、アリガトウ、最高だったね・・」

「またいつでも来れるよ・・」

「ねぇ・・・ケンジ・・」

トモは、浴衣をするりと脱ぎ、一糸纏わぬ裸身を露にした、それは眩しく神秘的だった、ケンジは

クスリを断ち切ることができたトモと、本能の赴くまま激しく何度も抱き合った。

 

 

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