天道虫

 とある高級そうな寿司屋の前でベンツは停車し、近藤と静は中へ入った。

近藤と静は、カウンターに鎮座し、馴染みなのか店の大将を談笑している。

「大将、冷えたシャブリあるかい?後はお任せでな」

「へい、かしこまりやした」

このあと二時間も待つ事になった。

 8時25分、キャバクラMに同伴出勤、あと二時間もすればマンションにやって来る、先回りして

うで待っていよう。

 

 長い一日がもう少しで終わる・・メグの顔が浮かぶ。

ナップザックからサバイバルナイフを取り出し、ベルトに挟んだ。

セブンスターに火を点け、深く吸い込み、フウーっとゆっくりと吐き出す、三本目が吸い終わる頃

、車のエンジン音が近づいて来た。

静の住む部屋は、三階の一番奥で、その奥には非常階段がある、その踊り場にケンジは潜んで

いた。

「おう、ご苦労さん、お前らもういいぞ、明日10時に迎えに来い」

ドスの利いた馬鹿でかい声が、ハッキリ聞こえた、二人の足音が近づく。

「ああ、少し酔ったな、早く鍵開けろや」

「待ってて、今開けるから」

ドアが開き、二人が中に入る瞬間、ケンジはサバイバルナイフの柄で、近藤の後頭部を力任せ

に殴った。

「うっ」

倒れ掛かる所をもう一度殴った。

「キャー、誰・・何してんの?」

近藤は意識を失い倒れている。

「大人しくしてれば何もしないよ、ねえ、タオルある?」

ナイフを翳しながら静に言った。

部屋の奥からタオルを持ってきた。

「それで自分に目隠しして」

ケンジは登山用のロープを取り出して、静の手足を縛り上げた。

「やめて・・御願い・・お金ならアゲルから、助けて」

「金なんか要らないよ、コイツに用があるんだ

気を失っている近藤を玄関からリビングへ運んだ。

「やめたほうがいいよ、この人ヤクザだよ、殺されちゃうよ」

「メグ・・・俺の彼女が・・・コイツに殺されたんだ・・・」

「・・・」

「アンタに恨みは無い、何もしないから黙っていてくれ」

 リビングには黒い二人掛けのソファがある、近藤を担ぎ上げ、そこへぶん投げた。

近藤の頭から大量の血が噴出している、ケンジは、花瓶の水を頭にかけた。

 

 

「うっ・・痛てえ・・誰だ、テメエは?」

「やっと気が付いたか、近藤さんよ」

「テメエ、俺が誰だか分かってやってんのか、よく見りゃガキじゃねえか、殺すぞ、この野郎

「おい、近藤、メグに何した?」

「メグだぁ、知らねえよそんな奴、馬鹿かテメエ、頭イカレてんのか?

「山下の義理の娘って言えば分かるか?」

「てっ、テメエか、山下の野郎半殺しにした奴は?」

「おい、答えろよ、メグに何したんだよ」

「そいつの復習って訳か・・おお、あのガキには楽しまして貰ったぜ、シャブ食わして何度もヤって

やったぜ、ヒイヒイ鳴いてたぜ」

ケンジは、サバイバルナイフを近藤の太ももに突き刺した。

「ギャー・・テメエ、何しやがる・・」

「あのあと・・飛び降りたんだよ・・屋上からさ・・どんな気持ちで飛び降りたと思う?」

「いいじゃねえか、そんなガキ・・女が欲しけりゃ、いくらでも世話してやるぜ」

「何も分かってないな」

ケンジは、もう一方の太ももにもナイフを突き刺した。

「ギャー・・うわぁー、馬鹿、死んじまうよ、わっ、分かったから・・金か?いくら欲しい」

ケンジは近藤の頬をナイフの柄で、思い切り殴った、もう一度。

近藤はまた意識を失い倒れこんだ、ソファや床には血溜まりができている。

煙草を取り出し、火を点ける、最後の一本だった。

リビングのサイドボードの中に、ジャックダニエルがあった。

「静さんだっけ?怖い思いさせてゴメン・・サイドボードの酒、飲んでもいいかな?

「・・・」

封の切ってないジャックダニエルを手に取り、備え付けのロックグラスになみなみと注いだ。

口一杯流し込みゴクリと煽る、喉や胸が焼けそうに熱い、そういえば酒なんて、親父のビールを

くすねて呑んだくらいだ。

 ケンジは、気を失って倒れている近藤の頭や太ももに、ジャックダニエルをぶっ掛けた。

「ギャー・・うっ・・」

「いつまで寝てんだよ」

「てめえ・・こんなこと・・して・・ただで済むと思うなよ・・・」

ケンジは、近藤を一気に抱え上げ、ベランダに出た。

「おい、何する気だ・・よせ、てめえ」

ベランダの柵に近藤を座らせ、背中を押した。

「わあ、やめ・・あっ」

グシャっという音が深夜の住宅街に響いた、街路灯に近藤の屍が映し出されていた。

 

  場末のスナックが建ち並ぶその一角に、居酒屋‘正田‘がある。

暖簾を押し上げて中に入ると親父とお袋が、常連客と談笑している。

余りにも痩せこけた様子のケンジを見て、母親の優子はポカンと口を開けたまま、ジッとしてい

る。

「健治じゃないの?アンタ何やってたの、修理工場辞めたって効いたけど・・」

「ああ、色々あってさ、心配かけてゴメン」

「何か食べる?」

「うん!」

親父は何も言わず、親子丼を作ってくれた、美味かった、涙が出てきた、そんな俺を見て親父

が、コップにビールを注いでくれた。

「これ一杯だけだぞ、未成年だからな」

 

 翌朝、実家に戻ったケンジは、テレビを見ながらコーヒーを飲んでいると、お袋の好きなワイド

ショーが始まった。

「昨夜未明、新宿区のマンションで、広域暴力団組幹部、近藤誠二さん(54歳)が、内縁の妻の

所有する部屋から転落し死亡、遺体には複数の殺傷痕があり、警察は殺人事件と断定し、捜

査を始めた模様です、尚、現場にいた内縁の妻もロープで緊縛されていたらしく、詳しく事情を

聞いているとのことです」

テレビ画面には、いかにもしたり顔で、正論を吐きそうなレポーターが、事件現場を説明してい

る。

そいつの話によると、暴力団同士の争いではないかと、邪推している、何も知らないくせに、いい

加減な事をほざきやがって。

朝刊にも目を通したが、やはりヤクザの抗争が有力視されている、あの静っていうキャバ嬢、何

も話してないのか?

 

 高校中退で17歳のケンジには、割のいい仕事は見つからなかった。

求人雑誌を数冊買って、片っ端から電話してみるが、17歳という年齢が足を引っ張る。

半ば諦め掛けた時、新聞販売店の募集記事に目が留まった、年齢不問、要バイク免許、給与

20万円以上、寮食完備、ケンジは直に電話した。

 面接の日取りは決まったのだが、気がかりな事に場所は新宿だった。

新聞販売店の店長は、若さに期待したらしく、直に採用してくれた。

寮は、新宿の裏通り、木造二階建て安アパートで、風呂が無い、今時こんなアパートがあるのか

と感心した。

 

 

  仕事は朝刊と夕刊の配達、それに新聞代金の集金もある、決して楽な仕事ではなかった。

朝2時に同僚に叩き起こされる、同僚といっても50を過ぎたオッサンだ、それから朝刊をバイク

配達する、販売店では配達が終わった者から順番に朝食にありつける。

その後仮眠を取り、午後3時には夕刊の配達、6時には概ね終わるが、月末は集金業務が重な

る、辛いのは休みが少ない、そんな仕事を始めて一ヶ月が経った、初月給の日だ。

同僚のオッサン達に、歓迎会だと歌舞伎町に誘われた、大衆居酒屋でしこたま飲まされ、フラフ

になった、俺を未成年だと認識しているのか、我慢しきれずトイレで嘔吐。

明日は、月一回の新聞休刊日だから、朝まで飲むとばかりに、次の店また次の店と梯子する。

 泥酔状態のケンジは、思わず固唾を飲んだ、キャバクラM・・えっ・・まさか・・一気に酔いが醒

めた。「おい、ケンジ、隅に置けねえなぁ、来たことあんのか、この店?

「あるわけないじゃん、もう帰ろうよ

「よし、俺の奢りだ、綺麗な姉ちゃん、一杯いるぞ」

「いいよ・・ヤダヨ・・帰ろう」

「何照れてんだよ、チェリーボーイか!」

薄暗い照明に、香水や煙草の入り混じった独特の匂いがする、胸がムカムカしてくる。

「お客様、御指名はございますか?」

「誰でもいいから、可愛い娘呼んで」

「かしこまりました」

暫くすると、煌びやかなドレスを着込んだ二人のホステスがやって来た。

「はじめまして・・ジュンです、ワタシはマイです、宜しくね」

「へえ、可愛いねえ、あのさ、コイツ、ケンジって言うんだけど、チェリーボーイなんだ、よしよしっ

てしてやって!」

「キャー、カワイイ」

ふと、ケンジは酔いながらも、背中に視線を感じ、振り向いた。

しかし、酔っ払った客とホステスが下世話なトークで盛り上がっているだけだった。

ケンジは、尿意を覚えトイレに向かう細い通路に向かった、すると背後からカツン、カツンとハイヒ

ールの足音が近づいてくる。

 

 

エンジェル
天道虫
0
  • 0円
  • ダウンロード

17 / 41

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント