天道虫

 セルフのガソリンスタンドで給油し、ついでにセブンスターを買った。

7月に入り日差しもだいぶ強くなってきた、クソ暑くても革ジャンは欠かせない、バイク乗りのポリ

ーだ。

駅前の信号を左折して、国道に出ようとしたとき、聞き覚えのある看板に目を奪われた。

東和・・商事・・・確か・・そうだ、メグのお義父さんの会社だ、ここか・・怒りが再び蘇ろうとしてい

る、拳を握り締めている自分に気付く。

無意識にバイクを路肩に止めた、俺は一体何をしようとしてるんだ、落ち着きを取り戻そうと、バ

カーズジャケットからセブンスターを取り出し、火を点けた。

雑居ビルの階段を、ゆっくりと三階まで上がり、東和商事のドアを、ノックもせずに開けた。

「あの、何方かいませんか」

「はい・・すいませんが、事務員が昼休みで・・何か?」

奥の部屋から小太りの中年男性が出てきた。

「私、正田といいます、メグミさんのお義父さんいらっしゃいますか?」

「・・・」

「俺・・友達だったんです」

「ああ、そう、俺がそうだけど、何の用だい?」

ケンジは込み上げた怒りを拳に集中した、冷静な心など今は無い。

「アンタ、メグにとんでもないことしたんだって?」

「おい、僕、ここがどういう所か分かってんのか?」

「とぼけんなよ、メグから全部聞いてんだよ」

「さっさと帰りな、怪我する前にな」

その瞬間、何かの箍が外れた、山下の顔面を拳で一撃し、うずくまった所を、ブーツの爪先で

鳩尾辺りを思いっきり蹴飛ばし、続けざまに何度も何度も殴り倒した。

山下は嘔吐し、顔面血だらけになりながら這い蹲り、懇願した。

「やめろ・・やめてくれ・・」

「てめえ・・メグがどんなに辛かったか・・分かるか?」

ケンジは、机の上にあった硝子の灰皿を、山下の頭に振り落とす、とたんに頭が割れて鮮血が

噴出した。

「ギャー・・・」

ぐったりした山下の腹をなおも蹴飛ばす。

「うっ・・俺・・俺も悪かったが・・・近藤が・・アイツがメグミを・・・」

「近藤?そいつが何したんだよ・・おい、早く言えよ」

山下は、近藤の素性やメグに対しての所業を残らず喋り、失神した。

ケンジの中に眠っていた憎悪の塊が、狂気へと化身し始めていた。

 広域暴力団の近藤を追い詰めるには、17歳のケンジにとって至難窮まる、しかし彼の中の

復習の刃は、ひっそりとその瞬間を窺っていた。

 ケンジは、職場である修理工場に退職の旨を伝え、翌日から近藤の事務所を昼夜問わず張込

んだ。

近藤には、複数の塒があるらしい、ここ一ヶ月バイクで尾行したが、愛人らしき女のマンションが

三箇所程存在する。

新宿にある薄いピンクのマンションには、必ず土曜の夜に来ていることが分かった。

そのマンションの住人は、キャバクラMに勤める静といい、毎週土曜日に近藤と同伴出勤し、閉

の数分前には若衆の運転する漆黒のベンツで、マンションに向かう。

近藤にはいつも二人の若衆が張り付いているが、このマンションに近藤が入るのを見届けると、

人は車で立ち去るのが分かった。

 ケンジは、新宿のミリタリーショップで、サバイバルナイフと登山用のロープを購入した。

ナイフを買うのに、身分証明書の提示が必要なのは知らなかった。

 

 修理工場の僅かな給料の中から、バイクのローンと生活費で残金は余り無い、しかもこの一ヶ

カプセルホテルに滞在していた為、食事も儘ならなかった。

痩せこけたケンジの顔は、復習の鬼と化した狂気の物の怪のようだ。

「メグ・・もう少しだからな・・・」

そう呟いたケンジは暫し眠りについた。

 

 土曜の朝、極狭のカプセルホテルで目が覚めた、隣接するサウナに入り、シャワーを浴びた。

ケンジは、最後の千円札でセブンスターを買い、牛丼屋で鮭定食を平らげた。

午前9時半、近藤の組事務所の道路を挟んだ向かいのビルの脇に、バイクを停めセブンスター

に火を点ける。

今日は朝から雲行きが怪しい、一雨振りそうだ、すると黒いベンツが組事務所の前に停まり、中

から眩しいぐらいに真っ白のジャケットを着たアイツが車から降りた。

若衆が馬鹿丁寧な挨拶をしている、もう少し・・・メグ・・・。

 1時を回った頃、事務所から御一行が出てきた、アイツも毎日サウナへ入りに行く、バイクのエ

ンジンをかけ、少し距離をあけて尾行した。

サウナのある複合ビルの駐車場に入った、案の定そうだ、しかしこれから3時間以上出てこない

だろう、じっと待つしかない。

 5時15分、奴等が出てきた、近藤の顔が仄かに赤い、酒でも飲んだのだろうか。

ベンツは新宿方面へ走っている、アルタの前でハザードを出して停車した。

すると淡いブルーで、ホルターネックのミニドレスを着た派手目な女が近づいて来た。

キャバ嬢の静だ、後部座席に乗り込むと急発進で雑踏に紛れる、車では多分見失っていただろ

う、小回りの効くバイクではそういうヘマはしない。

 

 とある高級そうな寿司屋の前でベンツは停車し、近藤と静は中へ入った。

近藤と静は、カウンターに鎮座し、馴染みなのか店の大将を談笑している。

「大将、冷えたシャブリあるかい?後はお任せでな」

「へい、かしこまりやした」

このあと二時間も待つ事になった。

 8時25分、キャバクラMに同伴出勤、あと二時間もすればマンションにやって来る、先回りして

うで待っていよう。

 

 長い一日がもう少しで終わる・・メグの顔が浮かぶ。

ナップザックからサバイバルナイフを取り出し、ベルトに挟んだ。

セブンスターに火を点け、深く吸い込み、フウーっとゆっくりと吐き出す、三本目が吸い終わる頃

、車のエンジン音が近づいて来た。

静の住む部屋は、三階の一番奥で、その奥には非常階段がある、その踊り場にケンジは潜んで

いた。

「おう、ご苦労さん、お前らもういいぞ、明日10時に迎えに来い」

ドスの利いた馬鹿でかい声が、ハッキリ聞こえた、二人の足音が近づく。

「ああ、少し酔ったな、早く鍵開けろや」

「待ってて、今開けるから」

ドアが開き、二人が中に入る瞬間、ケンジはサバイバルナイフの柄で、近藤の後頭部を力任せ

に殴った。

「うっ」

倒れ掛かる所をもう一度殴った。

「キャー、誰・・何してんの?」

近藤は意識を失い倒れている。

「大人しくしてれば何もしないよ、ねえ、タオルある?」

ナイフを翳しながら静に言った。

部屋の奥からタオルを持ってきた。

「それで自分に目隠しして」

ケンジは登山用のロープを取り出して、静の手足を縛り上げた。

「やめて・・御願い・・お金ならアゲルから、助けて」

「金なんか要らないよ、コイツに用があるんだ

気を失っている近藤を玄関からリビングへ運んだ。

「やめたほうがいいよ、この人ヤクザだよ、殺されちゃうよ」

「メグ・・・俺の彼女が・・・コイツに殺されたんだ・・・」

「・・・」

「アンタに恨みは無い、何もしないから黙っていてくれ」

 リビングには黒い二人掛けのソファがある、近藤を担ぎ上げ、そこへぶん投げた。

近藤の頭から大量の血が噴出している、ケンジは、花瓶の水を頭にかけた。

 

 

「うっ・・痛てえ・・誰だ、テメエは?」

「やっと気が付いたか、近藤さんよ」

「テメエ、俺が誰だか分かってやってんのか、よく見りゃガキじゃねえか、殺すぞ、この野郎

「おい、近藤、メグに何した?」

「メグだぁ、知らねえよそんな奴、馬鹿かテメエ、頭イカレてんのか?

「山下の義理の娘って言えば分かるか?」

「てっ、テメエか、山下の野郎半殺しにした奴は?」

「おい、答えろよ、メグに何したんだよ」

「そいつの復習って訳か・・おお、あのガキには楽しまして貰ったぜ、シャブ食わして何度もヤって

やったぜ、ヒイヒイ鳴いてたぜ」

ケンジは、サバイバルナイフを近藤の太ももに突き刺した。

「ギャー・・テメエ、何しやがる・・」

「あのあと・・飛び降りたんだよ・・屋上からさ・・どんな気持ちで飛び降りたと思う?」

「いいじゃねえか、そんなガキ・・女が欲しけりゃ、いくらでも世話してやるぜ」

「何も分かってないな」

ケンジは、もう一方の太ももにもナイフを突き刺した。

「ギャー・・うわぁー、馬鹿、死んじまうよ、わっ、分かったから・・金か?いくら欲しい」

ケンジは近藤の頬をナイフの柄で、思い切り殴った、もう一度。

近藤はまた意識を失い倒れこんだ、ソファや床には血溜まりができている。

煙草を取り出し、火を点ける、最後の一本だった。

リビングのサイドボードの中に、ジャックダニエルがあった。

「静さんだっけ?怖い思いさせてゴメン・・サイドボードの酒、飲んでもいいかな?

「・・・」

封の切ってないジャックダニエルを手に取り、備え付けのロックグラスになみなみと注いだ。

口一杯流し込みゴクリと煽る、喉や胸が焼けそうに熱い、そういえば酒なんて、親父のビールを

くすねて呑んだくらいだ。

 ケンジは、気を失って倒れている近藤の頭や太ももに、ジャックダニエルをぶっ掛けた。

「ギャー・・うっ・・」

「いつまで寝てんだよ」

「てめえ・・こんなこと・・して・・ただで済むと思うなよ・・・」

ケンジは、近藤を一気に抱え上げ、ベランダに出た。

「おい、何する気だ・・よせ、てめえ」

ベランダの柵に近藤を座らせ、背中を押した。

「わあ、やめ・・あっ」

グシャっという音が深夜の住宅街に響いた、街路灯に近藤の屍が映し出されていた。

 

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