週末の土曜日、メグを誘ってライブハウスへ来ていた。
インディーズバンドだが、六十年代の雰囲気で、結構ノリが良かった、ギター、ベース、ドラムで
三人バンドは珍しい。
大音響を久々に身体に浴びて、気持ちがいい、メグも少しは憂さが晴れただろうか。
ラストはクリームのクロスロードのコピーだ、メイプルネックのストラトが欲しくなった。
「どうだった?」
「うん、サイコー!」
「そうだね、それより腹減った」
「ワタシも!」
「この時間だと・・ファミレスかラーメン屋しかないな」
「ラーメン食べたい!」
この界隈では美味いと評判の店で、一度行ってみたいと思っていた。
評判どおり、夜の9時過ぎだというのに混み合っている、お勧めの味噌チャーシューと餃子を
二人で頬張った。
「あ~食ったぁ、腹一杯だぁ」
「美味しかったね!お腹一杯」
ネオン煌めく繁華街を二人は腕を組み、鼻歌を歌いながら家路をゆっくりと歩いた。
ハザードランプを点滅させ、磨き上げられた漆黒のメルセデスS600のスモークウィンドーが
開き、中にはメグの母親の再婚相手、山下雄二と後部座席には暴力団幹部の近藤が、二人が
消え行くまでジッと見ていた。
「山下さんよ、娘と一緒にいたガキは何者だい?」
「さあ、彼氏ですかね・・実はあの娘、最近帰ってないんですよ」
「家出か?」
「はぁ、実は・・姦っちまったんですよ、結構色っぽくて・・つい・・」
「なんだって、義理とはいえ娘じゃねえか、スキだねぇ、アンタも・・」
「それっきり帰ってこないんですよ」
「そうかい、ところでこの前の麻雀の負け、話次第じゃチャラにしてやってもいいんだぜ」
「オイラもアンタと同じで若いのが好物でさぁ、どうだい?山下さんよぉ」
「はぁ、本当にチャラにしてくれるんですか?」
「ああ、いいとも、その代わり頼むぜ、お義父さんよ」
軽音楽部の部室はかなり狭い、、ギターのボリュームをマックスにしようものなら、上の職員室か
ら生徒指導部長の青木がすっ飛んでくる、
何度も怒鳴られ、スリッパで殴られた事もある。
メグから貰った真紅のディストーションを繋いで、軽く弾いてみる。
「スゴーイ、ケンジ、カッコいい!」
「メグも弾いてみる?」
「うん!」
「ほら、誰かさんの好きな・・・マイナーコードだから、こうやって押さえて・・・」
「ホントだぁ、スゴイね」
「ねぇ、ケンジ・・ワタシ一度家に帰ってみる・・お母さん心配だし、着替えもないし・・」
「パンツもな!」
「そればっかじゃん、エッチ!」
「俺も行くよ」
「大丈夫だって」
「アイツがいたらどうすんだよ」
「平気・・今度はぶっ飛ばしてやるから・・」
「何かあったら、すぐ電話しろよ」
「うん・・・」
珍しく親父が話しかけてきた、居酒屋を始めて十二年、脱サラして始めた店は繁盛していると
聞く、一度だけその店に行ったことがある。
家では寡黙で、笑った顔をあまり見たことがない、ところが店での親父は、常連らしき客と
とびっきりの笑顔で喋っていた。
「健治、彼女はどうした?もう帰ったのか」
「ああ、着替えを取りに行ってる」
「いつまで居るつもりだ、どんな訳か知らないが高校生だぞ、常識を考えろよ」
「分かってるよ、彼女、お義父に殴られたらしいんだ」
「だからといって、お前がどうにかできる問題じゃないだろ」
「助けてやりたいんだ、可愛そうな奴なんだ」
「俺はお前を信じている、間違ったことだけはするなよ」
何十棟も建ち並ぶ高層住宅の一角に川崎メグミの家がある。
造成された樹々や公園、銀行、スーパーマーケットまで存在する、まるで一大都市のようだ。
日が暮れ始め、街路灯に灯りがともる、駐車場の空きスペースに漆黒のメルセデスがゆっくり
と停車した、アイドリング状態のまま不気味な様相を放っている。
川崎メグミは、自宅玄関の鍵を開け中に入った、誰も居ない薄暗いリビングを抜け、自室に入ろ
うとしたとき、背後に人の気配を感じ、振り返った瞬間鳩尾に当身を食らった。
「うっ」
腹に激痛を感じながら、意識が遠退いていった。
雑居ビルの一室、東和商事の応接室のソファにドカリと座って、近藤が煙草を吹かしている。
「うっ・・あぁ・・」
激痛で気分が悪くなり、メグミは嘔吐した、そこで身動きが取れない、縛られている自分の姿に
驚愕する。
「やっとお目覚めかい?乱暴な真似して悪かったね、痛かったろう?」
再び意識が朦朧としてきた、なんなのこれは?どういうこと、ここは何処?誰こいつ?
「キャー、助けてぇ」
その瞬間バシっと張り手を頬に受けた、唇から出血する。
「バカだな、静かにしないと痛い目に合うぜぇ、俺はお義父さんの知り合いなんだ、そのお義父が
紹介してくれたんだ、悪いお義父さんだよなぁ」
「ヤメテ、御願い、助けて」
「そのお義父さんにヤラれちゃったんだって?」
メグミは聞くに堪えられなかった、涙が溢れ絶叫する。
「ギャー、ヤメテー」
「すぐに気分が良くなるからな、暴れるんじゃねえぞ」
近藤は上着の内ポケットから白い粉が入ったビニール袋を出した。
「これを打ったら最高だぜ」
不気味な笑みを浮かべながら、メグミの腕を鷲掴みにし、必死に抵抗する彼女に注射針を突き
刺した。
メグミは急に目の前が白け始め、ぐったりとなった。
「どうだ、気持ちいいだろう?」
「・・・・・」
力が抜けた無抵抗な彼女の服は剥ぎ取られ、あらわになった裸身を近藤は何度も貪った。
どれ位時間が経ったのだろう、真っ暗な部屋に人影はない、ふらつく身体でゆっくりと立ち上が
り、散らばった下着や衣服を拾いながら、メグミは嗚咽した。
気が付くとそのビルの屋上に佇んでいた、皮肉にも綺麗な夜景が視界に拡がる。
17年のワタシの人生、何も良いこと無かったね、ワタシ、何か悪い事したかな、ねえ、神様答え
てよ、答えて・・・。
今日は、てんとう虫さん来てくれないね、ワタシのこと忘れちゃった?それとも、もう楽になってい
いってことかな、ああ、ケンジ、会いたいよぉ。
メグミは足元に落ちている硝子の破片を拾い上げ、チョークの代わりにコンクリートの地面に
文字を書き始めた。
‘ケンジ、帰れなくてゴメンね、いままでホントにアリガトウ、大スキだよ、ケンジ‘
ゆっくりと立ち上がり、屋上の欄干まで進むと、幻覚だろうか、てんとう虫が飛んでいる。
「やっぱり来てくれたのね、アリガトウ、ワタシも飛べるかな」
あれから一週間何も食べていない、泣き腫らした目は酷く晴れ上がり、頬はこけて見る影もな
かった、一日中あのビルの屋上にいる。
どうでもよかった、このまま死んでいいとさえ思った。
メグ、俺はてんとう虫になれなかったのか?何で・・何でだよ・・・。
涙って枯れることはないんだな、いくらでも出てくるよ。
五月晴れに相応しく、街には鯉幟が風を受けて泳いでいる、メグが居なくなって一ヶ月が経っ
た、ようやく現実を受け入れる事ができた。
ケンジは、メグの母親の許を訪ね、仏壇に手を合わせた、メグの遺影は高校の入学式の写真だ
そうだ、屈託のない笑顔、どうしようもなく涙が溢れる。
「お母さん、俺知ってるんです・・お義父さんとのこと・・全部メグミさんから聞きました」
「そう・・ですか・・私があの娘を殺したんです・・何もかも私のせいなんです・・」
「自分を責めないほうがいいですよ、メグミさんも言ってました、お母さんは悪くないって、苦労し
て私を育ててくれたって」
「・・・・・」
「お義父さんは、お仕事ですか?」
「はあ、葬儀の次の日から帰ってなくて・・あの日ボソって言ったことが気になって・・」
「何て言ったんですか?」
「はあ、近藤の野郎・・とか・・・」
「近藤って誰です?」
「さあ・・・でもあの人、あまりよくない人と付き合ってたみたいで・・・」
「お義父さんは、どちらにお勤めなんですか?」
「駅前のビルで不動産関係の会社を経営しているって聞いてます、あの人の仕事のことは、
あまりよく知らなくて、確か・・東和商事って言ってました」
「そうですか・・東和商事・・・・」
高校には退学届けを提出した、親にはひどく反対されたが、どうしても学校へは行く気がしな
かった、メグの居ない学校などどうでもよかった。
ケンジは、環状線沿いの小さな自動車修理工場に、見習いとして就職し、朝から晩まで油まみ
れになりながら、必死に働いた。
仕事帰りに教習所へ通い、自動二輪の免許を取った、親の保証人でヤマハのSR400をローン
で購入した、単気筒エンジンにチャンバー、セルは無くキック式のスターター、回転数を上げると
最高の爆音だ、タンクの色は真紅に塗装し、シートは少しアンコ抜いた、今度の休みは気晴らし
に、ツーリングに出かけよう。