天道虫

 もう四月だというのに肌寒い、厚手の毛布を二人で掛け、何となく寄り添い抱き合った。

ケンジには初めての経験で、メグの肌は心地よく良い匂いがした。

「大スキ・・ワタシのてんとう虫さん・・」

「虫かよ、俺」

「ねえ、ケンジ・・怒らないで聞いて・・、ケンジとこうなったから言うんじゃないの、ワタシが帰りたく

ないのはね・・・」

メグは、涙ながらに話し始めた。

「うっ、嘘だろ、ぶっ殺してやる

怒りが込み上げてきた、押さえ切れないものが爆発しそうだった。

「メグのお袋も知ってたのか?信じらんねぇ」

「違うの・・あの人はね、ワタシが小さいときに離婚して、大変だったの、幾つもの仕事を掛け持

ちして・・ワタシを育てるのに苦労したと思う、そしてやっと自分のシアワセを掴んだんだ・・だから

また、一人になるのが怖かったんだと思う、女として・・・」

「だって自分の娘だぜ、おかしいよ絶対、オマエよく我慢できるな」

「ワタシだって許せない、だけどお母さんの幸せを壊したくない」

「俺にはよく分かんねぇけど、間違ってるよ」

「ワタシもケンジと離れたくない・・同じ女だから・・お母さんの気持ち・・分かるんだ・・・」

 

 駅前の鄙びたビルの一室に、㈲東和商事があった。

事業内容は、不動産売買及びビル管理、社員は2名で社長は山下雄二、広域暴力団の企業

舎弟との噂もある。

事務所の一角に全自動麻雀卓が置いてあり、強面の面子が札束を握り締め、一喜一憂してい

る。

煙草の煙と、異様な雰囲気で澱みさえ感じる。

「山下さんよ、この間の一件、下手打ったなぁ、オヤジさんが気にしててな」

「はあ、すんません、もう少し待ってもらえませんか?」

「おっと、それポンだ・・あの競売物件、占有してその位経ったかな」

「若衆に頑張ってもらって一ヶ月目です」

「早くやっつけねぇと、大変だぜ・・あれ転売すりゃ、一億は抜けるからな」

「申し訳ない・・・」

「まあいいや、ところでお前さん、再婚したんだって」

「ええ、素人ですよ、しかもコブ付で・・・」

「ほう、酔狂だねぇ、いきなり親父かい?」

「はあ、娘なんです・・確か17です・・」

「へぇ、いい女なのかい」

「まだションベン臭いガキですよ」

山下に凄みを効かせているのは、近藤という広域暴力団の幹部、五十絡みのガッチリした体格

で、見た目は中間管理職のサラリーマン風だが、目の奥にはギラギラした貪欲なものが光ってい

た。

 

 

 

 

 週末の土曜日、メグを誘ってライブハウスへ来ていた。

インディーズバンドだが、六十年代の雰囲気で、結構ノリが良かった、ギター、ベース、ドラムで

三人バンドは珍しい。

大音響を久々に身体に浴びて、気持ちがいい、メグも少しは憂さが晴れただろうか。

ラストはクリームのクロスロードのコピーだ、メイプルネックのストラトが欲しくなった。

「どうだった?」

「うん、サイコー!」

「そうだね、それより腹減った」

「ワタシも!」

「この時間だと・・ファミレスかラーメン屋しかないな」

「ラーメン食べたい!」

この界隈では美味いと評判の店で、一度行ってみたいと思っていた。

評判どおり、夜の9時過ぎだというのに混み合っている、お勧めの味噌チャーシューと餃子を

二人で頬張った。

「あ~食ったぁ、腹一杯だぁ」

「美味しかったね!お腹一杯」

ネオン煌めく繁華街を二人は腕を組み、鼻歌を歌いながら家路をゆっくりと歩いた。

 

 ハザードランプを点滅させ、磨き上げられた漆黒のメルセデスS600のスモークウィンドーが

開き、中にはメグの母親の再婚相手、山下雄二と後部座席には暴力団幹部の近藤が、二人が

え行くまでジッと見ていた。

「山下さんよ、娘と一緒にいたガキは何者だい?」

「さあ、彼氏ですかね・・実はあの娘、最近帰ってないんですよ」

「家出か?」

「はぁ、実は・・姦っちまったんですよ、結構色っぽくて・・つい・・」

「なんだって、義理とはいえ娘じゃねえか、スキだねぇ、アンタも・・」

「それっきり帰ってこないんですよ」

「そうかい、ところでこの前の麻雀の負け、話次第じゃチャラにしてやってもいいんだぜ」

「オイラもアンタと同じで若いのが好物でさぁ、どうだい?山下さんよぉ」

「はぁ、本当にチャラにしてくれるんですか?」

「ああ、いいとも、その代わり頼むぜ、お義父さんよ

 

 

 軽音楽部の部室はかなり狭い、、ギターのボリュームをマックスにしようものなら、上の職員室か

生徒指導部長の青木がすっ飛んでくる、

何度も怒鳴られ、スリッパで殴られた事もある。

メグから貰った真紅のディストーションを繋いで、軽く弾いてみる。

「スゴーイ、ケンジ、カッコいい!」

「メグも弾いてみる?」

「うん!」

「ほら、誰かさんの好きな・・・マイナーコードだから、こうやって押さえて・・・」

「ホントだぁ、スゴイね」

「ねぇ、ケンジ・・ワタシ一度家に帰ってみる・・お母さん心配だし、着替えもないし・・」

「パンツもな!」

「そればっかじゃん、エッチ!」

「俺も行くよ」

「大丈夫だって」

「アイツがいたらどうすんだよ」

「平気・・今度はぶっ飛ばしてやるから・・」

「何かあったら、すぐ電話しろよ」

「うん・・・」

 

珍しく親父が話しかけてきた、居酒屋を始めて十二年、脱サラして始めた店は繁盛していると

聞く、一度だけその店に行ったことがある。

家では寡黙で、笑った顔をあまり見たことがない、ところが店での親父は、常連らしき客と

とびっきりの笑顔で喋っていた。

「健治、彼女はどうした?もう帰ったのか」

「ああ、着替えを取りに行ってる」

「いつまで居るつもりだ、どんな訳か知らないが高校生だぞ、常識を考えろよ」

「分かってるよ、彼女、お義父に殴られたらしいんだ」

「だからといって、お前がどうにかできる問題じゃないだろ」

「助けてやりたいんだ、可愛そうな奴なんだ」

「俺はお前を信じている、間違ったことだけはするなよ」

 

何十棟も建ち並ぶ高層住宅の一角に川崎メグミの家がある。

造成された樹々や公園、銀行、スーパーマーケットまで存在する、まるで一大都市のようだ。

 日が暮れ始め、街路灯に灯りがともる、駐車場の空きスペースに漆黒のメルセデスがゆっくり

と停車した、アイドリング状態のまま不気味な様相を放っている。

川崎メグミは、自宅玄関の鍵を開け中に入った、誰も居ない薄暗いリビングを抜け、自室に入ろ

うとしたとき、背後に人の気配を感じ、振り返った瞬間鳩尾に当身を食らった。

「うっ」

腹に激痛を感じながら、意識が遠退いていった。

 

 雑居ビルの一室、東和商事の応接室のソファにドカリと座って、近藤が煙草を吹かしている。

「うっ・・あぁ・・」

激痛で気分が悪くなり、メグミは嘔吐した、そこで身動きが取れない、縛られている自分の姿に

驚愕する。

「やっとお目覚めかい?乱暴な真似して悪かったね、痛かったろう?」

再び意識が朦朧としてきた、なんなのこれは?どういうこと、ここは何処?誰こいつ?

「キャー、助けてぇ」

その瞬間バシっと張り手を頬に受けた、唇から出血する。

「バカだな、静かにしないと痛い目に合うぜぇ、俺はお義父さんの知り合いなんだ、そのお義父が

紹介してくれたんだ、悪いお義父さんだよなぁ」

「ヤメテ、御願い、助けて」

「そのお義父さんにヤラれちゃったんだって?」

メグミは聞くに堪えられなかった、涙が溢れ絶叫する。

「ギャー、ヤメテー」

「すぐに気分が良くなるからな、暴れるんじゃねえぞ」

近藤は上着の内ポケットから白い粉が入ったビニール袋を出した。

「これを打ったら最高だぜ」

不気味な笑みを浮かべながら、メグミの腕を鷲掴みにし、必死に抵抗する彼女に注射針を突き

刺した。

メグミは急に目の前が白け始め、ぐったりとなった。

「どうだ、気持ちいいだろう?」

「・・・・・」

力が抜けた無抵抗な彼女の服は剥ぎ取られ、あらわになった裸身を近藤は何度も貪った。

 どれ位時間が経ったのだろう、真っ暗な部屋に人影はない、ふらつく身体でゆっくりと立ち上が

り、散らばった下着や衣服を拾いながら、メグミは嗚咽した。

 気が付くとそのビルの屋上に佇んでいた、皮肉にも綺麗な夜景が視界に拡がる。

17年のワタシの人生、何も良いこと無かったね、ワタシ、何か悪い事したかな、ねえ、神様答え

てよ、答えて・・・。

今日は、てんとう虫さん来てくれないね、ワタシのこと忘れちゃった?それとも、もう楽になってい

いってことかな、ああ、ケンジ、会いたいよぉ。

 メグミは足元に落ちている硝子の破片を拾い上げ、チョークの代わりにコンクリートの地面に

文字を書き始めた。

ケンジ、帰れなくてゴメンね、いままでホントにアリガトウ、大スキだよ、ケンジ

ゆっくりと立ち上がり、屋上の欄干まで進むと、幻覚だろうか、てんとう虫が飛んでいる。

「やっぱり来てくれたのね、アリガトウ、ワタシも飛べるかな」

 

 

エンジェル
天道虫
0
  • 0円
  • ダウンロード

10 / 41

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント