ふたりのあいだ

 昼休みを挟み、五時限目も六時限目も僕と井沢はひと言も言葉を交わさなかった。おざなりなホームルームもまたたく間に終わってしまい、起立、礼、さようならのあとに、放課後はやってきた。

友だちと連れ添い教室を出ていく彼女を――いや、その背後霊たるこの僕を、井沢はじっと見つめて佇んでいた。そんな井沢に向かって、僕は大きく手を振った。強がりではなくて、顔はたぶんうれしそうに笑っていたんじゃないかと思う。井沢はそれを、なんともいえない渋い顔をしてやはりただ見ているだけだった。

階段をおりて、下駄箱を通り抜け、僕と彼女は青い空の下に出た。すでに運動部が活動をはじめている校庭を遠回りして、彼女は校門へと向かう。校庭に植えられた桜の木々は、もうすっかり装いを変えて緑の葉を茂らせている。そういえばもう数日もすれば、この学校でも衣替えとなる時期だ。新しい季節がはじまろうとしている。

校舎の屋上を仰ぐと、そこには長細い煙がひと筋空へと立ちのぼっていた。校門への道のりも半分を過ぎたところだ。煙の出処のすぐそばで人影が立ちあがり、こちらに向かって大きく手を振っている。遠のく意識の中、僕もまた手を振り返した。それが、あいつに見えたかどうかはわからない。次の瞬間、僕の意識はどこまでも長く伸びる煙と同化し、天に向かってのぼっていた。

井沢が何か叫ぶ。朝倉さんが振り返る。ふたりは手を振りあう。彼女の小さな背中に、そしてふたりのあいだに、僕はもういない。

大橋休利
作家:大橋休利
ふたりのあいだ
0
  • 0円
  • ダウンロード

10 / 10

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント