『彼のコンテンツ』

■■■ 4 ■■■ 消失



 彼は動画を止め、大きなため息をついた。

「やっぱり、僕は……」

「やっぱりオマエか!」

 彼の呟きを遮るように、怒号が降ってきた。

 出入り口がないと思っていた壁に、ぽっかりと大きな口が開いている。

 どういう仕組みなのかはわからないが、壁の一部が周りの壁に吸収されて出入り口のように開くようになっているらしい。

「どういうつもりだよ! 返せよ、俺の……!」

 怒鳴りながら入ってきたのは、あの冴えない顔の男だった。

 激高しているせいか、顔が赤黒く染まり、冴えないどころか醜いほどだ。

 彼は胸ぐらをつかまれながらも、冷静にそんなことを思った。

「テメェ、ふざけんな! なに勝手なことしてんだよ!」

 彼は冴えない男の手をつかみ、自分のネクタイから外させる。

 軽く力を入れただけなのに、それはあっという間にほどけた。

 つかんだ手を、そのままねじり上げる。

「……うあぁっ!」

 驚くほど簡単に、冴えない男の身体がつま先立ちになった。

「ふざけんな! 放せ!」

 男が無我夢中で暴れるが、まるで5歳児の抵抗程度にしか感じられない。

「じゃあ、放すよ」

 ふっと手の力を抜くと、男がよろけて転んだ。

 滑稽すぎて笑いたくなるほど無様に見えた。

「テメェ……!」

 男は軋るような声で呻いたあと、ジャケットの内ポケットからなにかを取り出した。

 光を弾くそれは、先の鋭いハサミだった。

 それを振りかぶった男が、突進してくる。

「やめろ!」

 ハサミを持つ手を振り払い、その手からハサミを奪い取る。

 それで終わりのハズだった。

 けれど、彼は一瞬小首をかしげたあと、なんの躊躇もなくそのハサミを開き、彼の喉に当て横に滑らせた。

 鮮血が噴水にように一瞬であたりを濡らす。

「ひぃいいい…………!」

 悲鳴が、空気の漏れる音に変わり、やがてゴポゴポという排水溝の断末魔の音へと変わっていく。

 襟首を掴んでいた手を離すと、男の身体がぐにゃりと床に崩れ落ちた。

「返せ、よ、俺の……顔と……から……だ……」

 真っ赤に染まった部屋の中央で、彼はピクピクと痙攣する男を見下ろす。

「大丈夫だよ、麻生優一君。キミの人生も紗英も、僕がキミよりずっと完璧なものにしてあげるから」

 彼は、皺だらけのハンカチで顔に飛び散った血を拭いながら、それまでで一番幸せそうに微笑み、赤と白の部屋を出て行った。



■■■ 5 ■■■ 連鎖



 白い部屋では、清掃が行われていた。

『ハカセー。カレ、大丈夫でしょうかー?』

 部屋の中央に設置された白いイスが、合成音声を発する。

 博士と呼ばれた白衣の男は、真っ赤に染まったモップを片手に首をかしげる。

「さあ? ダメじゃないかな。なんだい、シーマ君は彼が心配なわけ?」

 白いイスは考え込むかのように、大きなディスク部分をくるくると回す。

『だってー。カレ、ここに来るのもう5度目でしょう? あんなにしょっちゅう中身が入れ替わってたら、身体の方に不可がかかりすぎて壊れちゃうんじゃないかって思ってー』

「そうだねぇ。どうしてあのボディは、そんなに人気なんだろうねぇ。人間、顔がイイっていうのも善し悪しだよねぇ。ほかのお客さんと違って、彼の場合は大抵、合意の上じゃないから、こうやって毎回、施術後、無用な死体が出ちゃうしねぇ」

『ハカセは、ごくフツーの見た目で良かったですね!』

「……シーマ君。シーマ君の人工頭脳も隣の部屋のターサ君のと入れ替えてあげようか? ドライバー1本で済む分、人間よりずぅううっと簡単にできるんだよ?」

『いやぁああ! ごめんなさいハカセ。ハカセは世界で一番かっこいいですー!』

「シーマ君、微塵も心の籠もってないお世辞は、誰の心にも響かないよ?」

『籠もってます。籠もりまくってますうー!』

「はいはい。じゃあ、シーマ君もアームあるんだから、少しは手伝ってくれるかな? 血ってさ、時間が経つとこびりついて落ちにくくなるんだよ。午後からのお客さんが来るまでにキレイにしないとねぇ」

『はぁあーい!』

「じゃあ、シーマ君。次の施術もがんばってね」

 シーマ君と呼ばれた白いイスは、もう1度無邪気な返事をした。



 END

中村中村
作家:中村中村
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