与えられた二直線

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★本の作成にあたって★
・コンテストお題イラストは、表紙、挿絵、巻末など、作成した本のどこかに残すようにしてください。
・表紙には、画像内、または本の編集ページ内の「表紙をつくる」機能でタイトルを記載してください。
・規定ページ数は20ページ以内(表紙・お題イラストは含まない)ですが、文字数に制限はありません。
(文庫本を基準とした場合、600~700文字以内が目安です)


【募集作品】
コンテストお題イラスト5点のいずれかを題材にした、20ページ以内の「小説」「マンガ」「エッセイ」「詩」など、形式を問わないオールジャンル作品(18禁作品を除く)。
日本語、未発表、作者オリジナルの作品に限ります。

【応募方法】
①コンテストお題イラストからN次創作をおこなってください。
②お題イラストのN次創作本を公開する際に表示される、「コンテスト応募フォーム」に入力してご応募ください。
※forkNへの会員登録が必要です(無料)

【応募資格】
・forkN会員であること。
・年齢、職業、国籍、プロアマ問いません。

【商品】
大賞1名 賞金10万円/スマートフォン書籍アプリ化佳作3名 賞金1万円/スマートフォン書籍アプリ化forkN賞1名 Amazonギフト1万円分/スマートフォン書籍アプリ化

【募集締め切り】
2012年7月31日

【審査結果発表】
1次審査発表 8月20日(月) 
結果発表 9月3日(月)

【注意事項】
・応募締め切り時点での作品を評価の対象と致します。また、締め切り後は、誤字修正以上の大きな更新はなさらないようお願い致します。
・受賞作品は、結果発表後1か月間の公開(無料)をお願い致します。
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・結果は応募フォームに入力いただいたメールアドレスに通知致します。
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果てしないわ、と未明は呟いて机に突っ伏した。手にした時間割が調理台の上を低空飛行して、銀色のボウルの横へひらりと不時着した。高校生になったばかりの5月、未明は輝かしい高校生活を前にしてすでに挫折しそうになっていた。初めての学年テストで、数学の点数がすこぶる悪かったのだ。32点。30点から下が赤点だから、2点だけ、彼女は助かった。料理に例えると、塩一つまみというところだろうか。隠し味程度の点数が、未明の命綱だ。最初からこれでは、今後の未明の成績も知れている。

「落ち込む暇があるなら、さっさとテストの直しをして、こっちのカップケーキを作るの手伝ってよ」

中学の頃から友人の緑が、テスト用紙を頬にくっつけて打ちひしがれている未明を呆れ顔で眺めている。

「緑ちゃん、数学のテスト何点だった?」

「95点」

「……追い打ちをかけないで! このっ……、緑ちゃんの天才!」

「聞いたのはあんたでしょうが、お馬鹿ちゃん」

お馬鹿ちゃん、と呼ばれても未明はぐうの音も出ない。その通りすぎるのだ。

高校の時間割には、数学ⅠとAが一週間に6コマもあった。毎日というわけではなく、木曜日には、数学Iと数学Aが2時間あるのだ。絶望的だった。6時間×4=24コマ。それが1年続くと……未明は計算も苦手だから、とにかくたくさん、数学の授業があることが分かって泣きたくなった。

明日までにテストの答案を訂正して提出しなければならないので、未明は所属する家庭科部の時間まで使ってこうして勉強をしている。

「abの係数が-1の時……」

忌々しい呪文のように問題文を読んでいると、調理室の窓の外が騒がしくなった。外の水飲み場に、陸上部の生徒が休憩に来たのだ。

調理室から漂う甘い匂いに誘われて、誰かがお腹空いたと叫んでいる。

「何作ってるの?」

窓から身を乗り出して来たのは、青のラインの入ったジャージを着ている3年の男子生徒だった。未明はちょうど窓のそばに座っていたから、慌てて背を向けて、テスト用紙を隠すようにして点数の部分を三角に折り曲げた。

「チョコチップのカップケーキよ」

「えー、いいなぁ。俺たちの分はないの?」

「ないね」

同じ3年生の香織先輩が意地悪く笑うと、彼らは悲痛な声を上げて窓枠に肘をつく。

「ね、それ、答え3だよ」

急に、男の子の声がして、未明は振り返った。そこには、未明の答案用紙を指差している、ふわふわした髪の毛の男子生徒がいた。眩しいくらいの笑顔だ。

「……サン?」

「俺、目が良いんだよね。式を展開すると、答えは3」

未明がびっくりして固まっていると、香織先輩がふっと笑う。

「星一は目だけじゃなくて、頭も良いでしょうが」

「頭は普通だけど……」

「学年トップが言うと嫌味にしか聞こえないわ」

ふわふわの髪の毛をした男の子は、そう言われてはにかんだ。学年トップ……、それは、未明とは天と地ほども差がある学力ということだ。悲しくなっていると、星一と呼ばれた男の子は、ひょいと窓枠を乗り上げて未明の隣に座った。日向と汗と土ぼこりの匂いがする。未明はオドオドしたまま、いきなり隣に来た彼をまっすぐ見つめた。

彼はさっきの優しい笑顔のまま、未明の答案用紙を覗き込む。

「ねぇ、この問題、全部俺が教えるからさ、カップケーキ、いっこくれない?」

「ずるい! 星一だけ抜け駆けしてる」

水飲み場で他の男子が騒いで、彼はそれをうるせぇ、と一喝した。

「だって俺、生徒会で昼メシ抜きだったんだもん! お腹減って、もう走れないよ」

情けない声のまま、彼は未明にお願い、と手を合わせた。柔らかいはちみつ色の髪の毛と人懐っこい笑顔に、未明はあっと思い出した。彼は入学式の時、在校生総代で挨拶をした生徒会の先輩だった。頭脳明晰、運動神経抜群の、たしか、

「王子様?」

未明がうっかり口に出してしまうと、周りはげらげら笑い出した。未明がそう言ったのではなく、新入生の間で噂になっていたのだ。この高校には、何でもできちゃう完璧な王子様がいると。彼は恥ずかしそうに、髪の毛をぐしゃぐしゃさせて笑っている。

「何それぇ、俺、王子様なんかじゃないよ。空腹で可哀相な少年だよ」

彼の照れる仕草や、先輩達の反応から、王子様というあだ名はからかい半分のものだというのが分かった。未明も恥ずかしくなって、赤い顔をして俯いた。彼はそれでも気にせずに、シャーペンを手に持って、余白へ公式を書きつける。

(a+b)の2乗……っと、これ、展開の基本公式だから、覚えたら簡単だよ」

彼の言った通りに、未明は展開式を解いていった。分からないところは丁寧に式を教えてくれて、未明はあっという間にテストの直しを完成させることができた。

「あ、ありがとうございました」

感動しながらお礼を言うと、彼はニッと笑った。

「どういたしまして」

未明は今日、調理に参加していないから、緑に文句を言われながらも自分の分のカップケーキを手渡した。いっこだけ、と言われたところを、袋には2個入れた。

「ありがとう! これでどこまでも走れるよ」

彼は心底嬉しそうにそう言うと、カップケーキをかじりながら、また窓からグラウンドへ去って行った。まるで春の風と同じだ。さっと通り過ぎていった後、人に暖かい気持ちを残していく。未明は淡く色づく気持ちを、星一の後ろ姿に感じた。

次の日、登校する未明の足取りは軽かった。数学のテストの直しが完璧なのもあるが、数学の課題も、星一のおかげで最後まで解くことができた。高校生活のほとんどは、未明の嫌いな勉強でできているようなものだから、それが上手くいくと、学校へ行くのはうんと楽しいものになる。

昇降口でローファーから上履きへ履き替えていると、遠くの三年生の下駄箱にふわふわの髪をした男の子を見つけた。星一だった。でも、未明は何だかぎゅっと胸が苦しくなって、恥ずかしくて、パッと目をそらすと教室へ向かった。

男の子、しかも先輩となんて、未明はまだ仲良く話すことができなかった。周りは、誰を彼氏にしたいとか、どの先輩がかっこいい とか、いわゆる恋バナで盛り上がっている。未明だって、恋バナは楽しい。恋だっていつかはしてみたい。けど、いざ男の子を目の前にすると、意識しすぎてし まって、もじもじしてしまうのだ。

教室までの廊下を歩いていると、ばたばたと足音が追って来て、未明の肩を叩いた。

「おはよう! キミ、これ、落としたよ」

走って来たのは星一だった。手にはなぜか、未明が鞄につけていたはずの黄色のティディベアを持っている。星一に気を取られていて、落としてしまったことに気付かなかった。

「あ、ありがとうございます」

「はい。これ、カワイイね」

「……自分で作ったから、キーホルダーのところが取れちゃったみたいです」

カワイイ、がクマに言われた言葉だとしても、未明の頬はほんのり赤くなる。そんな未明の気も知らず、彼は目を丸くしてティディベアを眺めていた。

「うそ!? これ、自分で作ったの! 本物みたいなのにすごいね。あ、本物って、本物のクマみたいってことじゃなくて、売り物のヌイグルミみたいってことだけど」

星一はティディベアのお腹を押したり、耳をいじったりしている。未明が唯一得意なのは、裁縫と料理だった。それ以外はてんでダメなのだ。特に、勉強。その中でも数学。もちろん、体育だって苦手で、でんぐり返しすらできない。

チラリと見上げる彼は、皆が噂する王子様だ。未明は自分と星一を比べて溜息をついた。

気取ったところのない、何でも得意な王子様。かたや、得意なことは料理と裁縫しかない女の子。まるで自分は、王子様のいるお城に仕えるメイドのようだと、未明は想像して笑ってしまう。

――先輩と私じゃ、全然釣り合わないな。

そう考えて、慌てて首を振る。今、自分は何を考えていたのか? まるで、彼と付き合いたいと思っているような考えをして、未明はドキドキしてしまう。

「先輩、昨日は、数学を教えてくれてありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ、カップケーキをありがとう。おいしかったです」

深々と頭を下げ合って、星一は微笑んだ。未明は、自分の作ったカップケーキを星一にあげたかったと悔しくなった。自分の作ったお菓子で、おいしいと、微笑んでほしくなった。

「星一! お前、どこ行くの」

星一の友達だろうか、後ろから男の子が彼に声をかけた。

「おはよ、俺、図書館に本を返してくるから、先に行ってて」

「おう、分かった」

見れば、星一は片手に本を何冊も抱えていた。未明は読書も嫌いだ。本を読むなんて、三分で睡魔に負けてしまう。また一つ、彼と違うところを見つけて未明は悲しくなった。

そんな未明の気持ちも知らず、星一はにこにこしている。

「キミ、名前は何ていうの?」

「小泉……未明」

「みめい? どんな字?」

「未来が明けるって書きます」

「小泉八雲の小泉と、小川未明の未明だ。文学的な良い名前だね」

彼は未明に分からないことを言って感心している。誰ですか? と未明は聞けなくて、その変わり、もう知っていることを尋ねた。

「先輩のお名前は?」

「俺は野原星一。野原しんのすけの野原と、星新一から新しいを抜いた名前だよ」

「クレヨンしんちゃん?」

未明が言うと、星一はピースサインをした。

「うん! また、カップケーキよろしくね、おねいさん」

彼はクレヨンしんちゃんの声真似をして、未明へ背中を向けて図書館へ歩き出した。全然似ていない、ただの鼻声だ、未明はおかしく なってクツクツ笑った。彼の背中が恥ずかしく縮こまっているのを見て、また笑って、未明はティディベアをぎゅっと握りしめた。太陽みたいな人だな、と、未明の心まで晴れわたった。

授業中、未明はこっそり携帯電話を開いて、小泉八雲と小川未明と星新一を調べてみた。全部が小説家の名前だった。小泉八雲は日本人ではなく外国の人だったし、小川未明は女だと思っていたら男だった。星新一は、SF作家だった。彼のおかげで、未明は自分の名前が不思議を帯びた気が した。初めて、本を読んでみたいなと思った。

数学もそうだ、嫌いだったものが、星一を通すと好きに変わる。彼の背中は、未明を楽しい世界へ連れて行ってくれる。

「あれ! 今日はお菓子じゃないの!?」

火曜日と水曜日と金曜日、家庭科部は活動しているが、いつもお菓子などの調理をしているわけではない。今日は裁縫の日だった。 皆それぞれミシンをかけたりパッチワークをしたりしている。未明はその時、2つ目のティディベアを作っていた。ピンクのフェルトのパターンをチャコペンで引いて、ハサミで切っているところだった。

落胆した星一たちの声が教室に響いて、未明も思わずがっかりした。小麦粉と砂糖にバター、卵くらいなら冷蔵庫に常備してある。今からでも間に合うのではないか。

「香織先輩、今からカップケーキを作りましょう!」

未明がミシンをかけている先輩の腕を掴むと、彼女は鬱陶しそうに首を振った。

「いやぁよ。何であいつらのためにお菓子を作らなきゃいけないの」

「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」

ジャージの男の子が叫ぶと、星一も同じように叫んで笑う。未明は、彼にならイタズラをされてもいいと思った。星一が何か冗談を言うと、周りが和やかになる。突然、香織先輩がミシンを止めて、未明を窓のそばへ引っ張っていった。

「ちょっと、何ですか!?」

「おい、ハラペコいもむしども。このいたいけな後輩に、イタズラできるもんならしてみなさい」

彼女は家庭科部の部長のくせに、男前なのだ。汗くさい男の子たちは、めいめいに顔を見合わせて後ずさった。

「ごめんなさい」

「邪魔してすみませんでした」

「ごめんね、未明ちゃん」

星一に名前を呼ばれて、未明は顔が熱くなるのを感じた。俯く未明を見下ろして、香織先輩は豪快に笑う。

「見て見て、未明ちゃん。王子様がしっぽを巻いて帰ってくよ、意気地がないね」

そう言った先輩の目は、未明の気持ちを見透かして笑っている。お菓子を作ってもいないのに、あたりは何だか甘い匂いがした。

柚鳥百合子
作家:柚鳥百合子
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