与えられた二直線

終業式の日、星一に誘われて、未明は彼の家を訪ねた。二人で肩を並べて歩くのは初めてで、未明は星一のいる右側がとても熱く感じた。

「レンちゃん、喜んでくれるかなぁ。あ、妹の名前、レンって言うんだけど」

「レンちゃん……喜んでくれますよ、絶対」

未明のオレンジのティディベアと、クッキーも一緒にプレゼントすることにした。彼はいつもより口数が少なく、緊張しているのか、時々、深呼吸を繰り返していた。

星一の家は住宅街にある、ごく普通の一軒家だった。家の脇には夾竹桃が鮮やかに咲いていた。

「ただいま」

「おじゃまします」

「おかえりなさい。あら……」

玄関で出迎えてくれたのは、ひよこ色のエプロンをつけた女の人だった。肩までの栗色の髪がカールした、綺麗な人だった。これが、新しい星一のお母さんなのだろう。

優しそうで、笑うときらきらするところが、血は繋がっていないはずの星一とそっくりだった。

「友達も一緒だけど、いい?」

「もちろんよ、あがって下さい。スリッパはどこだったかしら……」

そう言って、彼女は未明のスリッパを用意して、リビングに入るとお茶を出してくれた。

ソファとテーブルの間に、小さな女の子が座ってお絵描きをしていた。彼女が妹のレンだった。星一は鞄からティディベアを取り出すと、レンの横へ座る。

「レンちゃん」

彼女はスケッチブックから顔を上げず、一心不乱にクレヨンを動かしている。でもそれが、幼い子特有のだんまりであることは一目瞭然だ。ぽん、とテーブルに置かれた袋を見て、レンはようやく顔を上げた。

「レンちゃんにプレゼント」

「……?」

ふっくらしたほっぺたが、ばら色をしている。レンは小さな手でその袋を掴むと、何も言わずリボンをほどいた。中から花柄のティディベアを取り出して、わっと声を上げる。

「くまさんだぁ……!」

「お兄ちゃんが作った」

「……おにいちゃんが?」

未明はそばに突っ立ったまま、二人のやりとりを見つめていた。未明まで緊張で喉がカラカラになる。星一の横顔はきりりと引き締まっている。

「レン、良かったね。ありがとうは?」

母親が柔らかくそう言うと、レンはもじもじしたまま、こくんと頷いた。

「ありあとう……」

「どういたしまして」

ホッと、星一が息をつく。安堵の色を頬に浮かべて、未明を見上げてピースサインをする。それで、未明もすっかり嬉しくなった。 二人はティディベアを挟んで、ぽつぽつと会話を始めた。仲良くできないと悲し気に言った、彼の姿はどこにもなかった。誰にでも優しい、いつもの王子様だった。

未明もプレゼントを渡して、三人でお絵描きをする頃には、二人は本当の兄妹のように、すっかり打ち解けていた。

未明も一緒に夕方まで遊んで、星一の家をお暇する。

「本当に、ありがとう」

送って行く、と言った星一に、未明は首を振る。

「大丈夫です、私の家もここから近いので」

「でも……」

「レンちゃんと、仲良くなれて良かったですね」

微笑むと、星一も笑った。

「キミのおかげだよ」

星一は、妹にちゃんと気持ちを伝えた。でも、未明はできない。意気地なしなのだ。前向きな王子様と、後ろ向きな自分。いつだって背中あわせだった。

「あのね、未明ちゃんに貸したい本があるんだ」

「本?」

彼は後ろ手に持っていた一冊の本を未明に押しつけた。小川未明の本だった。童話の詰まった短編集なのだという。

「ありがとう。大切に読みます」

「うん。きっと、気に入ると思うよ」

「じゃあ、さようなら」

「うん、気を付けて。また……未明ちゃん、またね」

また、いつか。夏休みは、明日からだ。あぁ、終わりだと未明は、茜色の空を見上げた。この本を返す時までに、未明はこの恋心をなくしてしまおうと思いつく。夏休みいっぱいをかけて、平行線に戻すのだ。金星がぴかぴか輝いている。それが滲んで、未明は慌てて目元をごしごしと擦った。 手に持った本を開くと、そこには一枚、手紙が挟まっていた。

宛名もない、白い封筒だ。開けてみて、未明は思わず後ろを振り返った。

そこには星一が、息を切らして立っていた。さすがに、インターハイに出るだけある。未明は感心して、笑う。ふわふわの髪の毛が、愛しくあちこち跳ねている。

「やっぱり、送ってく!」

「……手紙の返事、今してもいいですか?」

「俺、未明ちゃんのことが好き」

「私も、星一先輩のことが好きです」

果てしないわ、と未明は呟いた。果てしない平行線が交わった、未明は、童話のお姫様になれた気がした。

柚鳥百合子
作家:柚鳥百合子
与えられた二直線
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