「この水色のシャーペンでいい」
「わ、わわっ」
いきなり背後に理史の声がした。
奴は、いつの間にか私の席まで来ていたのだ。
「ちょっと、勝手に人の教室に入ってきて」
絶対に顔が赤くなっている、と思いながら文句をいう。
しかも、気のせいか、教室中の注目を集めているような。
「わざとだもん」
理史が、私にしか聞こえないような小さな声でそう言ったあと――。
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「え?」
なに。
今。
耳に。
「わざとだよ」
ほよよんとした顔で理史は舌を出すと、「ありがとね」なんて言ってシャーペンをかかげて教室から出て行った。
残されたのは私。
耳に手を置く。
理史が「わざと」唇で触れたそこに。
家もクラスも隣の、弟みたいな理史。
でも、もうそんなこと言ってられないってこと。
もう、二人共知っている。
(了)
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