お隣さんの恋

「莉子、シャーペン貸して」

「……シャーペンって。あんたいったい、何しに学校に来ているのよ」

二年の教室だっていうのに、理史は物怖じすることなくその入口に立っている。

私は理史にそこで待つように言ったあと、急いで自分の席に戻りペンケースを開けた。

 

何の因果か、一年の理史のクラスと二年の私のクラスは隣同士だった(あぁ、家だけだなく学校でも)。

その気安さのせいか、高校に入ったとたん、理史は忘れ物常習犯になった。

やれ、コンパスだ定規だ、辞書だ美術の道具だの。

確実に貸してくれる相手を確保したとばかりに、利用してくるのだ。

忘れるのは、勉強道具だけじゃない。

あろうことか、お弁当まで家に忘れ、おばさんに頼まれた私が理史の教室まで届けに行くなんてことも、決して少なくはないのだ。

二年の女子が、一年の教室(しかも相手は男子)に行くのは、何かと目立つ。

ちゃっかり私よりも背が高くなった理史は、小さな頃からのほよよんとした顔つきにもかかわらず、その造りはそれなりにいいため、一年女子のあいだでは密かに人気があるのだ。

そして、その人気は爆発的でないが故に本気モードの子が多く、このところ立て続けに「もしかして、理史くんの彼女さんですか」なんて、真剣な顔で聞かれてしまっていた。

勿論、毎回きっちり自分の立場(幼馴染で姉的存在)をアピールするわけだけど、なんというか、だんだんと苦しくなってきた。

これはひとえに、私の問題だ。

私の気持ちの問題なのだ。

理史を、弟と思えなくなっいている私の。

 

「この水色のシャーペンでいい」

「わ、わわっ」

いきなり背後に理史の声がした。

奴は、いつの間にか私の席まで来ていたのだ。

「ちょっと、勝手に人の教室に入ってきて」

絶対に顔が赤くなっている、と思いながら文句をいう。

しかも、気のせいか、教室中の注目を集めているような。

「わざとだもん」

理史が、私にしか聞こえないような小さな声でそう言ったあと――。

 

「え?」

 

なに。

今。

耳に。

 

「わざとだよ」

ほよよんとした顔で理史は舌を出すと、「ありがとね」なんて言ってシャーペンをかかげて教室から出て行った。

 

残されたのは私。

耳に手を置く。

理史が「わざと」唇で触れたそこに。

 

 

家もクラスも隣の、弟みたいな理史。

でも、もうそんなこと言ってられないってこと。

 

もう、二人共知っている。

 

(了)

花野曜
作家:花野曜
お隣さんの恋
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