「てーかさぁ。せっかくの花見の宴だってのに、あんたいつまでそんなぼろきれみたいな格好でいるの?」
猫又の徳利から新たな酒を注いで、くいっと一息に飲み干す。
いい呑みっぷりですね。おまえ本当、酒好きだよな。
でも俺には一言も「呑む?」がねぇよな。そういうやつだよな。
まぁ、俺、未成年ですけどもね。いやでも、なんてーの?そういう気遣い、っての??あるだろ。普通。
てか、今頃になって俺の格好に目がいくわけ?
本当にどんだけ冷たいの。
「……あのですね。俺ってばついさっきまで桜の養分にされかかって、そりゃもう必死でもがいてたわけですよ。
ただでさえズタボロだったところに、今度こそ駄目かと観念せざるを得ない状況だったわけですよ。
土の中から必死こいてはいずり出てみりゃ、おま……桜はきれいに咲いて、そりゃ別にいいけど。いいことですけど、そのために頑張ったんだから桜はむしろ咲いてもらわないとこまるわけですけど」
「あら、じゃあいいこと尽くしね。嬉しいでしょ」
「目から汗が出るくらい嬉しいわぁあっ!!なんっで人が苦労してるすぐ側で、おまえらすでにお酒盛って楽しんじゃってるわけ!?」
「そのために適当なニンゲンを探して生贄にしたんだナ」
「さらっと本音だしやがったなこのクソ猫!!誰が生贄だこの野郎!!」
こいつらの酒のために、桜に食われてたまるかっつーの!!
両手をわななかせて怒る俺に、彼女がぶぅっと怒ったような表情になる。
え、なんで俺がそんな目で見られないとなんないの??
「もう!つまり、なにが言いたいのよ!さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃ、怒ってばっかりで、せっかくの花見が台無しだわ!!
言いたいことがあるのなら、いい加減はっきり言いなさいよ、鬱陶しい!!」
「う……うっとーしい、って、おま、」
「言いたいことないなら、黙ってるか用は済んだから棲み処に帰んなさい!」
びしっと言われ、俺は面食らった。
あ、やべ、今の俺、ちょっと汗が目に沁みそう。
言いたいことって、言いたいことなんて。
そりゃあさ、悔しいけれど、彼女の見目にころっと騙されて、深く考えもせず「力になるよ」なーんて格好をつけたのは俺ですよ。
俺が浅はかでしたよ、でも仕方ないだろ、だって俺、今まで人に騙されるとかそうそう無かったんだぞ。
なんてったって、平凡だったんだぞ。
命にかかわるような詐欺に合う状況なんて、普通に生きてきてあるわけないだろ――いや、あったけど。
桜を蘇らせるときだって、ただ、ただ、必死だったんだよ。
死にたくない、って何度も思ったよ。やってらんねぇって、何度も口にしたよ。
でも俺、今まで生きてきた中で、一番必死だった。色んな意味で。
いろんなことを思い出したし、ちょっとかっこ悪いけど怖くなって泣きたく――まぁ、ぼろっといっちまったこともあった。
おまえたちに騙されて、腹も立ったし今だって頭にきてるよ。
けど本当にむかついたら、もうお前らの顔なんて見たくないって、そう言ってこんなとこまでのこのこ来ないだろ。
相手が男だったら一発殴らせろぐらいは思うけど。
むしろそこの猫又は逆さにして、さらに尾を裂いてやりたいとこだけど。
そういうんじゃないんだよ。
ただ、俺が必死になってやったことは、だ。
ひたすらになって、がむしゃらで、右も左も考える余裕も無くなって、ただ目の前だけを見て駆けて駆け続けて、逃げるように走って、そんで。
「……」
見上げる空には、淡い炎。
大きな化け桜の輝きは、まるで空が燃えているみたいだ。
それはうっかりすれば魂ごと喰われてしまいそうなくらいに、綺麗で。
もういっそ、こいつと一つになれるのなら、吸われちまうのも悪くないかなぁ、なんて思わせる程度には、人の心を狂わせる。
これが、俺の駆けた道だ。
俺が必死になって、伸ばした先の手に、つかんだもの。
この夜桜が、俺の――そして、それを眺める、こいつらが。
「……いい」
「え?」
「もう、いい。俺がそれを言ったら、全部無駄になる気がする」
「はぁ??」
なにが言いたいのか、なんて。
もしもそれを俺が口にして。
こいつらが、「なぁんだ!」ってあっさりそれを認めたりして。
そうしたら、俺はそれで満足するのだろうか。……しないんだろうな。我ながら面倒くせぇと思うけど。
「それ」は、俺が願ったら駄目なんだ。
俺が望んじゃ、駄目なんだよ。
俺が思い描いて、願って、望んで、そうして求めてきたものだから、俺から口にしちゃ、意味がない。
「……ま、おまえらにゃ、言っても通じないだろうけど。人間の考えることなんて、わっかんねぇだろ?」
「そりゃ、そうよ」
「わからんナ。わかる必要もないナ」
「……だよなぁ」
俺には俺の考え。
こいつらには、こいつらの考え。
人間には人間の考え。
それ以外のやつらには――やっぱり、そいつらなりの考えがあるんだろう。
言葉で伝えても、仕方がないんだ。
だから。
「あー……くそ。目に沁みるくらい、綺麗だなぁ……化け物桜」
「ばけもの、じゃなくて。化け桜よ」
「どっちだってかわんねぇや」
化け物桜だろうが、化け桜だろうが。
俺が必死になって咲かせた桜だってことは、変わりはしない。
そう考えると、ちょっとだけこの桜が可愛く思えてきて……まぁ、枝に締め上げられて大事なものが絞りだされそうになったことは、忘れてやってもいいかな、と思う。
……。俺、本気でこの桜に狂わされてるんじゃねーの?
焔のように、火の粉のように、ちらり、ちらり、灯篭の明かりと交わりながら、桜のはなびらが舞い降りる。
どんだけこいつらに悪態ついてみたところで、やっぱり綺麗なもんは、きれいで。
「ほぉら!いい加減、あんたもぶつくさ言ってないで、一気にぐぐっといきなさぁい!!」
ぼんやり桜を見上げていたら、目の前に朱色の杯がずいっと差し出された。
ぱらりと跳ねた雫が、白と桃の色を映して、まるで真珠のように綺麗だ。なんだ、口の中が甘くなるような。
「……って、俺は未成年だって!!」
「男がぐだぐだ言わないっ!あたしの酒が飲めないってぇの!!」
「オレちゃまの酒だナ!!」
「酒癖悪ィな!!」
丁重にお断りをすると、細い腕がするりと俺の首に伸びた。
どきり、と胸が高鳴る――
――間もなく、締め上げられる。
「ぐぇええ……っ!ぎ、ギブギブギブ!!」
「ほら!今夜は特別よ、とくと飲め!!」
「絞まってる!!アルハラで訴えるぞ!!」
「今夜は無礼講よっ!」
「飲んで歌うナ!!」
「おまえらいつだって無礼千万だろうが!!」
おー!と完全に意気投合して騒ぐこいつらに合わせるよう、なぜか周囲からもどっと笑いが沸きあがる。
ああもう、本当こいつらって!!
「みんなで笑って、酒飲んで、騒いでればいいの!楽しければそれが一番よ!」
言い切った彼女の笑顔は、言葉の通り、そりゃもう素直に嬉しそうで。
そもそも俺に気遣いだとか遠慮だとかそういうものの一切ない相手なわけだから、気持ちを取り繕う必要なんて欠片もなくて、つまりこいつは今、とことん上機嫌であること間違いなし、ということで。
それがどうしてかっていえば――この桜の樹の下、ふざけた宴会のおかげで。
「……はぁ。夜桜って、マジで人の心を狂わせるんだな」
心からの、感謝の言葉がもらえなくても。
心からの、喜んだ笑顔が見れたなら――俺の苦労も、ちっとは報われたかな、なんて。
考えちまう、お人よしな自分がイヤだ。
あーほんと、馬鹿馬鹿しいったらありゃしねぇ。
「……しまりのないカオしてるナ!」
「うっせ!こうなったら、俺にもその酒よこせ!!」
「こ、これはもうダメだナ!!ニンゲンはミセーネンだから酒ははやいナ!!」
「この世界にゃ、人間の未成年、なんて法律はねぇだろ!!」
「法でさだめる以前の問題なんだナ!!」
よこせ、いやだ!と追いかけっこになる俺と、猫又。
気付けば周囲から声援が上がって、やれ逃げろ、負けるなニンゲンと、好き放題に叫んでやがる。
そいつらみぃんな、人間とは思えない風体だってのに、なんでか笑顔だなってことだけは伝わっちまって。
「……ちっきしょー!花見の夜はこれからだぜ野郎共ぉおおっ!!」
ノリで叫んだ、一声に。
オォオオ……と地の底から響いた地鳴りのような歓声は、もしかしたら久しぶりに綺麗に花開いた、化け桜の喜びだったのかもしれない。
――と、思っておこう。
人間ってのは、単純だから。
そう考えるだけで、猫又と、ウサギ女と。わけのわかんねぇヤツラに囲まれて、笑顔になれるんだよ。
ってことで、だれか、俺にオレンジジュースください。
お願いします。