彼の背中

あたしは、その背中に何も言えなくて、

けど、

これでリュウを見送ってしまったらもう全てが終わりだと思って、

ありったけの勇気を出して言った。

「待って!背中合わせで喋ろう?」

ふりむいたリュウは、

「え?」ととまどいながらも、あたしたちは背中合わせで話し始めた。

リュウの体温が制服越しに伝わってくる。

ひろい背中。

数学が得意だけど、水泳もかなり上手なリュウ。引き締まった筋肉が良く分かる。

あたしは何も取り柄のないけど、一応笑顔だけは普段心がけるようにしている。

普段の顔を思い出した時、やっぱりあたしの顔は笑顔でいたいと思うから。

 「あのさ・・・」

背中越しだと、普段より素直な言葉が口に出せそうな気がしてきた。

「ん?」リュウが少し首をかしげてこちらを見ている。

シャンプーの香りが伝わってきて、

余計あたしの心臓はドクドクと高まりを増した。

「あのさ、この間、図書館で髪の長い女の子と仲良さそうにしていたでしょ?」

「だからいっただろ!ただの塾の友達だって」

「あたし、見ちゃったんだもん。リュウが、その・・・、その女の子から抱きつかれているところ」

「・・・」

リュウがだまった。

「え・・・何とか言ってよ!」

今度はあたしが不安になる。

どうしてだまっているの?本当にあたしの思い描いていた最悪のシナリオ通りなの?

あたしは、もしかしたらリュウは他の女の子と付き合っているかもしれないと思いはじめていた。

だって、リュウは背も高いし、頭もいいし、しかも顔だって悪くない。

そんなリュウがあたし一人のものでいられるわけがないもの。

あたしは、一番じゃなくて二番でもなくて、三番目くらいの女のかなあって、

勝手に想像してはここのところずっと落ち込んでいたのだ。

「あのさあ、おまえ、俺のことそんなにうたがってるわけ?」

「うたがってるって・・・そんな、うたがいたくはないけどさ・・・。

あたし、何のとりえもないし料理だって出来ないし、足も遅いし・・・。

いつも周りから人気のあるリュウがあたしだけのものじゃないっていつも感じていた。

信じられないくらい幸せだった。

でも、あの日、リュウが他の知らない女の子といるところをみて、

なんか、やっぱりなっていうか、仕方がないのかもって、諦めがつくっていうか・・・」

だんだん自分が情けなくて、あたしは必至で涙をこらえた。
荒久 連
作家:荒久 連
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