「こっちへこいって」
グイッとあたしの右手をリュウは引っ張った。
あたしは、茶色いローファーの右のつま先を一度地面につけ、
よろけながらリュウの後について行く。
「何・・・。一体。いまさら何なのよっ」
あたしは、もう随分とリュウと口を聞いていないことをしっかりと自覚していた。
正直、本当に、泣くほど感動してた。
ずっと避けていて、やっとリュウが今日切りだして体育館の裏まで連れてきてくれたのに。
あたしの中で、この前、リュウが図書館で一緒にいた知らない髪の長い女性とのことが
許せない思いと、久しぶりにリュウと触れあえたことで震えるほど心臓がドクドクいっているのを感じてなんとも言えない感情だった。
「だから言っただろ。あいつはただの塾の友達だって」
リュウはあたしの右手をまだつかんだまま、しっかりと瞳を見て言った。
「それなら・・・、それならどうしてあのとき・・・」
あたしは、あのときリュウが髪の長い女の子と楽しそうに話していたことを思い出し、ぐっと涙をこらえた。
「あのときって、いったいなんだよ?」
リュウはあたしの右手を引きよせて、抱きしめようとしてくれたけど、
やっぱりあたしは許せなくて手を振り切った。
いまはそんなことをしちゃいけないと思った。
ちゃんと想った事を口に出せない自分が嫌になった。
あのとき、知らないその女の子は確かに、リュウの腕に抱きついていたのだ。
目撃してしまったことを信じられないということと、
口に出して他の女の子から抱きつかれていたと言うことをリュウに言ってしまったら、
なにか小さなプライドが崩れ落ちて、
もう、あたしとリュウの関係も全てが終わってしまうような気もしてしまったからだ。
「いったいなんなんだよ!」
普段大人しいリュウが怒ってる。それを見て、あたしも口をくいしばって黙りこくった。
しずかで、耐えきれない時間が流れる。
諦めたように、リュウは肩からかけたバッグを持ちなおすと
「じゃあな」
と言って背を向けた。
かすかに、バッグの中で今日の授業で使用した三角定規とコンパスが触れ合う金属音がきこえた。