星と私と君の距離

先輩のところまで歩きながら、先輩のことを好きになった、春のたわいもないような日のことを思いだす。

高校に入学して少したったころ、もともと人見知りをする性格の私は新しい友達もなかなか出来ずに、居心地の悪さを感じながら、とくに当てもなく掲示板のポスターを眺めていた。

その中でふと目に留まったのが、たくさんの星が渦巻状に集まっている銀河の写真が背景になった天文部の新入生勧誘のポスターだった。

きれいだな。宇宙って本当に壮大なんだ。なんだか泣けてくる。新しい生活で疲れていた心を浄化してくれるような気がした。

その時後ろから声を掛けられる。

「君、星に興味があるなら天文部に入らない。地味な部活だからなかなか新入部員がいないんだよね。」

「え~と。あんまりポスターの写真がきれいなんで、見とれていたんです。」

と、突然のことにびっくりしてこたえた。

「本当。うれしいな。この写真は僕が撮ったんだよ。」

細身で色白、メガネをかけた男子が満面の笑顔で答えた。

思わず私は「これ何ていう名前なんですか?」と聞いてみる。

「M31だよ。アンドロメダ銀河って呼ばれてる。僕たちの銀河系から一番近い別の銀河なんだ。一番近いって言っても地球から約254万光年離れてる。直径は22から26万光年で・・・」

「すみません。ちょっと分からないです。でも私もその位詳しくなれたら、楽しいだろうな。」

きっと星をみていれば、小さいことでくよくよしていないで、前を向いて日々を送れる気がする。

「じゃあ、天文部入りなよ。今日の放課後4階の部室に来てみて」

そう言ってその男子は去って行った。

後に天文部に入部して一つ年上の先輩ということと、二宮という名前を知る。星の事をとても嬉しそうに話す無邪気な姿が印象に残った。

そして、先輩と話した短い時間が高校に入学してからの一番楽しい時間になった。

私は恋に落ち、私の高校生活、いや私の人生は夢のように、まさにバラ色に変わった。好きな人がいるだけで、その人が同じ世界にいると思うだけで、目に映る平凡だった景色が色を持ち美しい世界に見えるようになった。

星が好きになって夢中になれることができた。天文部で仲の良い友達もできた。

二宮先輩に出会えて天文部に入っただけで十分に幸せ。でも、今はどんどんふくらんでいく先輩への思いを伝えて、そして受け止めてほしいと思い始めている。

 

二宮先輩が観測をしているところに行くと京香はいなくなっていて先輩は一人だった。

勇気をだして声を掛ける。

「二宮先輩、今望遠鏡で何を見てるんですか?」

「あっ柏木。ちょうど良かった。これ、この前柏木が好きだって言ってたアンドロメダ銀河が見られるよ。」

「嬉しい。見ていいですか。」

二宮先輩の隣で、望遠鏡を覗きこむ。とてもと無数の遠い距離にある星々の集団がほのかな光を地球にいる私たちにも届けてくれる。

しばらく無言で二人で頭上の満点の星空を見ていた。

この幸せ私が思いを伝えたら壊れてしまうのかな。

でも、先輩に誤解されたままなのは絶対に嫌だ。

なにより膨らみ続ける気持ちをこのまま抱えこんでいることはできない。

 

「藤本君じゃなくて、私が好きなのは二宮先輩なんです」

と思いきって声に出す。

先輩はびっくりしたような困ったような表情をしてから、何も言わずに望遠鏡を覗きレンズの向いている位置を変え始めた。

え~ん。もしかして無視?自分の言ってしまったことに後悔していると先輩が

「これ、見てごらん。はくちょう座のくちばしにあるアルビレオ。この星は肉眼では一つの星に見えるんだけど実際は遠く離れた二つの星が互いの引力で引き合って廻っている連星なんだ。」

よく分からないまま望遠鏡を覗く。丸いレンズの中には先輩のいうように二つの宝石のように輝く青と金色の星がならんで仲良く寄り添っているように見える。

これが、わたしの突然の告白に対する不器用な先輩の答えなんだ。

ついさっきまでがさがさだったこころが一気に満たされる。

果てしない夜空にちりばめられた果てしない数の星。

先輩の気持ちははっきり言って良く分からないがそれでいい。

目を閉じると私の心に満点の星がふりそそぎ、遠いと思っていた私と先輩の関係は手を伸ばして背中に触れることはできなくても背中合わせの距離にあることを知る。

 

ゆず
作家:中原ゆず
星と私と君の距離
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