手を伸ばせば触れられる距離にいるけど、絶対に触れることはできない。
二宮先輩と私との物理的な距離は今、こんなに近いのに、私の思いが先輩に届くまでの距離は、きっとあの星たち、今頭上で輝いている織姫星ベガから、彦星アルタイルまでの約15光年の距離よりも遠い。
今夜は、私の所属している高校の天文部の観測会。高台にある公園で行われている。
大好きな二宮先輩は今私の目の前、手の届く距離で望遠鏡を夢中で覗いている。
私は星の観測に来たのに、そのことはおろそかになって、無邪気に望遠鏡を覗く先輩の後ろ姿に視線がくぎ付けになって背中に触れたいと思っている。
この純粋なのだけど、先輩からしたらきっと不純な気持ち、気付かれたくないけど、気付いて欲しい。
「ほら、土星の輪が見えるよ」
静けさの中で先輩の声だけが私の耳の鼓膜を震わせる。
振り返り、望遠鏡を覗いてみなよと目で合図する二宮先輩。
「あっ。はい!」
不意をつかれて動揺していると、後ろからキャピキャピ媚びた女子の声が飛んできた。
「二宮せんぱ~い。なにが見えるんですかあ?」
と、声の主は男性関係がとっても派手で有名な京香。あっというまに二宮先輩の隣に移動して望遠鏡を覗きこんでいる。
「わあ。きれい!京香天文部に入ったばっかりで星のことよくわからないので、もっといろいろ見せて下さい」
京香が甘えた声を出す
「えっと、じゃあ柏木が見てから」
と、先輩がもう一度私に望遠鏡を覗かせてくれようとすると
「柏木さんは藤本君の望遠鏡で見せてもらいなよ。柏木さん藤本君のこと好きなんでしょ。知ってるんだから。京香応援するね。」
京香がいつになく親しそうに私に言った。
先輩の前でなんてこと言うの。藤本君のことは好きじゃないしだいたい、京香は藤本君目当てで天文部に入部したってもっぱらの噂だった。二宮先輩は真面目で地味だから京香の好きなタイプではないと思っていたけど、京香は先輩を目当てに入部したんだ。
色々考えていたら京香の発言を先輩の前で訂正するタイミングを失った。タイミングもないしショックが大きすぎて声もだせず、先輩の顔を見ることも出来ずに、わたしはとぼとぼ足を引きずるようにその場を去った。
楽しみにしていた天文部の観測会、大好きな先輩と星を見られるところだったのに、最悪の気分。泣きそうになりながら歩いていると、少し離れた所にいた美緒に呼び止められた。
「愛子。なにやってるの。」
「美緒~聞いてよ~。」
美緒は高校に入って初めて出来た友達。しっかりものでどんくさい私のことをいつも面倒みてくれる頼もしい女の子。
美緒にさっきの二宮先輩と京香とのことを一気に話す。
私の話をだまって聞いていた美緒が口を開く。
「ふ~ん、愛子は黙って逃げてきたんだんだ。愛子らしいね。」と笑っている。
「笑いごとじゃないよ。本当にショックなんだから。先輩の前で藤本君のことが好きだなんて言われるなんて。」
「それがどうしたの。京香のこと恨んでないで、二宮先輩に気持ちを伝えればいいだけじゃない。」
「そっか・・・」
さすが美緒、頼りになる。
「そうだね、美緒の言う通りだね。ちょっと先輩のところ行ってくる。」
「それも、急だけど、まあ頑張ってきてよ!」と美緒が笑顔で私の背中を叩く。
先輩のところまで歩きながら、先輩のことを好きになった、春のたわいもないような日のことを思いだす。
高校に入学して少したったころ、もともと人見知りをする性格の私は新しい友達もなかなか出来ずに、居心地の悪さを感じながら、とくに当てもなく掲示板のポスターを眺めていた。
その中でふと目に留まったのが、たくさんの星が渦巻状に集まっている銀河の写真が背景になった天文部の新入生勧誘のポスターだった。
きれいだな。宇宙って本当に壮大なんだ。なんだか泣けてくる。新しい生活で疲れていた心を浄化してくれるような気がした。
その時後ろから声を掛けられる。
「君、星に興味があるなら天文部に入らない。地味な部活だからなかなか新入部員がいないんだよね。」
「え~と。あんまりポスターの写真がきれいなんで、見とれていたんです。」
と、突然のことにびっくりしてこたえた。
「本当。うれしいな。この写真は僕が撮ったんだよ。」
細身で色白、メガネをかけた男子が満面の笑顔で答えた。
思わず私は「これ何ていう名前なんですか?」と聞いてみる。
「M31だよ。アンドロメダ銀河って呼ばれてる。僕たちの銀河系から一番近い別の銀河なんだ。一番近いって言っても地球から約254万光年離れてる。直径は22から26万光年で・・・」
「すみません。ちょっと分からないです。でも私もその位詳しくなれたら、楽しいだろうな。」
きっと星をみていれば、小さいことでくよくよしていないで、前を向いて日々を送れる気がする。
「じゃあ、天文部入りなよ。今日の放課後4階の部室に来てみて」
そう言ってその男子は去って行った。