そんなことで探偵の助手となった美希だったが、仕事の様なものは一切なかった。変わったことといえば、毎日昼休みに由紀と一緒にお昼ごはんを食べて雑談するくらいだった。
「街、というか最近のドラックストアっていえば大抵薬だけじゃなくてお菓子や飲み物が売っているんだよ。そしてスーパーで買うよりも安い事が多いの」
「じゃあなんでドラックストアじゃなくてスーパーに変えないの?そっちの方がわかりやすいじゃん」
「そりゃそうだけど、ああいうのは元々薬局だったとこが少しずつでかくなっていって、今は食品も扱うようになったからものだし。スーパーにしちゃ肝心のお薬売れないからじゃない?」
「そりゃそうだけど、私は由紀の事が心配だったの」
雑談しながら美希は由紀から街のあれこれについて訊いていた。今日の議題は、先日由紀がドラックストアから出てきたのを目撃した美希が由紀の体調を心配したことから始まった。
「てかドラックストアから出てきたから私の体調が悪いって思いこむのは助手失格だぞ、美希君」
「またそれ?というか探偵の助手になってから何も解決すべき事件が無いんですが意味あるの?」
「失礼な、私は探偵になるために日々欠かさずミステリー小説を読んでいつ事件が起きても大丈夫なように備えているんだぞ」
「……それって意味あるの?」
美希からすれば、由紀が探偵として活躍する事件がなくてホッとしていた。万が一何かの事件に巻き込まれて危険な目にあいたくなかったからだ。今のまま普通の友達の様に雑談している方が楽しかった。
「まあでも実践の場が無ければ探偵の勘も磨かれないし、なんか事件でも解決するか」
美希の思い描いた平穏はあっさり崩れそうだった。
「学校の七不思議ってあるじゃん?その中から適当な奴を選んでその謎を解き明かしてみようじゃないか」
水泳部が休みになった由紀のテンションは高かった。探偵の実践編として由紀が選んだのはよくある「学校の七不思議」だった。身近に殺人事件が起きても困るわけで、お手頃な企画だった。
「さて、助手君。この学校の七不思議とはなんだね?」
「はい、この学校の七不思議は、『動く人体模型』『深夜の音楽室のピアノ』『変わる階段の数』『勝手に消える廊下の明かり』『テニス部の呪い』『走る骨格標本』の六つです!」
美希はメモを読み上げた。
「……なんで七不思議なのに六つなの?」
「六つしか無い事が七つ目の不思議だそうです」
「あとの不思議もどこにでもあるものばっかりだし。人体模型も骨格標本も同じようなもんじゃん。この学校の理科室はどうなってるの」
「階段の数が変わるって定番ネタじゃん。登るときと下るときじゃ上の段数えないんだから。廊下の電気は下校時間過ぎたらセンサーで消える設定になってるだけだし」
由紀はメモを見ながらぶつぶつ言っていた。
「おっ、このテニス部の呪いってのは調査し甲斐がありそうじゃん」
「これはテニス部の新入生が秋の大会で一回戦負けすると彼女が出来なくなるって奴ですよ」
「……それって彼女が出来なかった人の言い訳じゃん」
「なんでも一年生に発破をかけるためのものだとか」
この学校にはめぼしい不思議はなかったようだった。
「この七不思議ってどこで聞いたの?」
「ウチの担任に聞いたら教えてくれましたよ」
「確かにあのおじいちゃん、長くこの学校にいるらしいしね」
探偵力を試せなくて由紀はつまらなさそうだった。
「それじゃ帰ろうか。ごめんね、こんな下らない事に美希をつきあわせちゃって」
「いいよ、おもしろかったし」
由紀はバスの時間があるから、といって帰って行った。美希は図書館で勉強するために学校に残った。
人がまばらな図書館で日が暮れるまで美希は勉強していた。もうすぐで下校時間だった。美希は図書館の奥の書庫の方へ向かっていった。
「学校の七不思議……」
この学校には七つではなく六つしか不思議が無い事が七つ目の不思議だと由紀には言ってあった。しかし担任の先生はもう一つの不思議を美希に教えていた。
「奥の書庫の手前から三番目の本棚の一番上の段の百科事典、さ行……」
踏み台を使って美希はその本を探していた。
「あった」
それは分厚い辞典の間、さ行が始まるページに残されていた一枚の写真だった。
『この学校には必ず探偵を名乗る生徒が現れる。その生徒たちは図書館の書庫に自分が解けなかった謎を次の世代に残していく』
この写真はその前の探偵が残したものだろう。ふたりの生徒が写っていた。
「これは……」
そこに写っていたのは由紀に似た女の子だった。
「昨日は早めに帰っちゃってごめんね。バスの本数が少ないから」
次の日、登校してきた由紀に例の写真を見せた。
「……どこにあったの?」
「図書館の書庫よ」
「……そっか、ありがとう」
由紀はその写真を見て少し笑った。美希は由紀に近づいて訊いた。
「由紀が七不思議を解く目的はこの写真だったんじゃないの?」
「どうして七つ目の不思議を教えてくれなかったの?」
由紀は美希に悲しそうな顔で聞いてきた。
「……担任の先生が言ってた。由紀のお母さん、この学校の生徒だったんだね」
由紀は顔を伏せた。
「由紀が生まれた後、居なくなったってことも聞いた」
「お母さん、近所の興信所で働いてたの」
少し顔を上げた。
「高校の頃から頭が良くて探偵向きだったらしいの。でも私が生まれた頃、何かに追われるように消えたって聞いた。私の家にはお母さんの写真は一つも残っていなかった。でもこの高校に写真が残ってるとも聞いたの。だからこんなことしてたの。学校の先生は写真の事教えてくれなかったから美希の事利用した。ずるいよね」
由紀は苦しそうだった。
「そんなことないよ」
美希は言った。
「お母さんを探すために仕方なかったんだよ。この写真があればお母さんを探せるんでしょ?だったら利用されたなんて私は少しも思わないから」
「ごめんね……」
由紀は泣き出してしまった。美希は抱きしめた。
「だいじょうぶだよ。これからはお母さんのまねして探偵ごっこする必要ないんだから。もう探偵と助手って関係は終わり」
美希は泣き顔の由紀を正面から見つめて言った。
「友達になって下さい」
由紀は一瞬訳がわからない顔をしていたが、少し笑った。
「こちらこそ宜しくお願いします」