「探偵になりたいの。助手になってくれませんか?」
昼休み、その女の子は窓際の席でお弁当を食べていた美希にそう言ってきた。
「そうですか」
「そうですかって返事が適当すぎるよお。由紀は泣いちゃうよ」
話しかけてきた女の子は由紀というらしい。第一印象は「小さい子だな」だった。入学したてにもかかわらず明るい髪をしていた。
「すいません、あまりに唐突な話で…… 探偵ですか?」
「そうですよ、探偵ですよ。探偵には優秀な助手が付きものなのです。あなたは立派な助手になれると見込んでの頼みなのです。助手になってくれませんか?」
美希は他のクラスメイト達から変な目で見られている気がした。
「どうして私が助手にならなければいけないんですか」
そういうと美希はお弁当をしまって逃げるように教室を出ていった。
授業が終わって教科書をカバンにしまいながら美希はその日の昼休みの出来事を思い返していた。美希はこの高校からずいぶん離れた島からひとりでやってきた。まだ入学して少ししか経っていないのに、多くのの女の子たちは仲良しグループを作っていた。中学校からの友達がいる人達は友達づくりにおいてかなり有利だ。その輪に美希はなかなか入っていけなかった。
「あいかわらず寂しそうな顔してるね」
美希が顔を上げると前の席に座った探偵志望の女の子がいた。
「そういえばちゃんと自己紹介してなかったね。私の名前は光原由紀。水泳部。西中学校出身。趣味は人間観察。よろしく」
満面の笑みを浮かべて由紀はあくまで自然に手を差し出した。美希は反射的に差し出された手を握っていた。
「えっと、私は……」
「三和美希です。ここから車で二時間ほどかかる千本松海岸の港からさらに一時間船に揺られて着く黒岩島の出身です。中学校の部活は文芸部。街での生活は、わからないことだらけで不安ですが頑張ります。宜しくお願いします、だったよね?」
美希はあっけにとられていた。由紀は、美希のクラスの自己紹介の時の台詞をすらすらと、完璧に暗唱して見せた。
「美希は自己紹介の時に千本松海岸っていったじゃん?あそこよく泳ぎに行くんだ。あそこは波が静かできれいだよね」
「それよりもどうして私の自己紹介、覚えているんですか?」
「うん、それはね、みんなの自己紹介は全部覚えているからだよ。自己紹介の時はその人がどんな人か知る絶好の機会だから、探偵としては絶対聞き逃せないポイントなのだよ」
あっさりとありえない返事をされて美希は再び呆然とした。由紀は美希に顔を近づけてきて言った。
「これで私が探偵を目指しているって信じてもらえた?そして良かったら美希には私の助手になってほしいの」
さっきまでの少しおちゃらけた雰囲気と違う、真剣な目をしていた。
「どうして私なんですか?」
「それはね、探偵の勘ですよ、助手さん」
由紀の中ではもう助手になっているようだった。
そんなことで探偵の助手となった美希だったが、仕事の様なものは一切なかった。変わったことといえば、毎日昼休みに由紀と一緒にお昼ごはんを食べて雑談するくらいだった。
「街、というか最近のドラックストアっていえば大抵薬だけじゃなくてお菓子や飲み物が売っているんだよ。そしてスーパーで買うよりも安い事が多いの」
「じゃあなんでドラックストアじゃなくてスーパーに変えないの?そっちの方がわかりやすいじゃん」
「そりゃそうだけど、ああいうのは元々薬局だったとこが少しずつでかくなっていって、今は食品も扱うようになったからものだし。スーパーにしちゃ肝心のお薬売れないからじゃない?」
「そりゃそうだけど、私は由紀の事が心配だったの」
雑談しながら美希は由紀から街のあれこれについて訊いていた。今日の議題は、先日由紀がドラックストアから出てきたのを目撃した美希が由紀の体調を心配したことから始まった。
「てかドラックストアから出てきたから私の体調が悪いって思いこむのは助手失格だぞ、美希君」
「またそれ?というか探偵の助手になってから何も解決すべき事件が無いんですが意味あるの?」
「失礼な、私は探偵になるために日々欠かさずミステリー小説を読んでいつ事件が起きても大丈夫なように備えているんだぞ」
「……それって意味あるの?」
美希からすれば、由紀が探偵として活躍する事件がなくてホッとしていた。万が一何かの事件に巻き込まれて危険な目にあいたくなかったからだ。今のまま普通の友達の様に雑談している方が楽しかった。
「まあでも実践の場が無ければ探偵の勘も磨かれないし、なんか事件でも解決するか」
美希の思い描いた平穏はあっさり崩れそうだった。