「レディースセットを二つお願いします」
当たり前のように、目の前に座る幼馴染の、男の子は、そう言った。
「かしこまりました」
そして、それを疑問に思うことなく、うやうやしくお辞儀をして去っていくウエイトレスを眺めながら、アタシは大きなため息をついた。
「どうしたの?」
目の前に座る、アタシより女の子っぽい幼馴染、柚希は首をかしげて聞いきた。
その様もまた、いちいち可愛くて、うっとうしい。
「誰もあんたが、男だって気がついてないんだろうなぁと思って」
アタシはさっきのウエイトレスを含め、あたりに座る女の子達を見ながら言った。
ここは、駅前にある女性に人気の喫茶店。
柚希とアタシは、レディースセットが安くて美味しいということで、学校が休みの今日二人でご飯を食べにきていた。
目の前に座る柚希も、同じようにあたりを見渡してから、微笑んだ。
「だったら、うれしいな、それだけ僕の女装レベルが上がったということなんだから」
アタシが顔をしかめたのが気になったのか、怪訝な表情で聞いてきた。
「嬉しくない?」
アタシは慌てて手を振って否定する。
「ううん、ただ……」
と、否定したものの先の言葉は考えていたわけじゃない。
アタシにはわからない。
どうして、柚希が女装するのか。
それらしい理由は一度聞いたけど、生まれた時から女のアタシにはよくわからないものだった。
アタシが先の言葉を考えあぐねていると、柚希が少し困ったように微笑んで言う。
「僕はさ、姫芽ちゃんに会うときに、もう男の恰好はできないよ」
そう言って、柚希はうつむく。
けれど言葉は紡ぐ。
「僕はがっかりするんだ……。男の醜い考えにさ。きっと姫芽ちゃんを傷つける」
「どういうこと?」
アタシが話の先を促すと、ちょうどウエイトレスがレディースセットをテーブルに並べた。
「おまたせしました。ごゆっくりどうぞ」
タイミングが悪いなとアタシは思う。
目の前に並べられた、豪華なセットを見て柚希は言った。
「食べよっか」
それっきり、話の続きはなかった。
学校のこと、好きなテレビの話題、可愛いお店の話。
意識していないと、男と話してることを忘れてしまいそうになるくらい、柚希は自然に女の子だった。
アタシはどこか腑に落ちない思いで、最後のデザートを口にする。
味は、うん美味しかった。
間違いない、最近食べたなかでは一番だ。
人気がでるのもわかる気がする。
「美味しかったね」
目の前で微笑みながら言う柚希に、笑みを返して、
「うん」
と、アタシは頷いた。