うさぎとテニス部の呪い

 和真は恐る恐る部室に入って行った。ほんの四、五人が入ればいっぱいになりそうな狭い部室。両脇には棚が置いてありますますスペースを狭くしていた。右の棚にはテニスボールが入ったかごやミニコーンといった練習道具が置いてあり、左側は歴代の先輩たちの趣味が反映された漫画文庫になっている。毎年部員の誰かがいらなくなった漫画を置いていくため棚の中はもういっぱいとなっていた。壁にはスポーツ屋でもらってきた昔のプロテニスプレイヤーのカレンダーが張ってあった。もう棄てなければいけないカレンダーだったが、部員たちのありとあらゆる落書きで埋め尽くされていて、愛着がわいているのか誰も棄てようなどと提案しなかった。一通り見回してもあやしいものは何一つなかった。

 昔を思い出してすこし感傷的な気分になっていた和真だったが、漫画の束の隙間にあるノートを見つけて気分が落ち込んできた。このテニス部に代々続く彼女が出来ないジンクスを打ち破ることが出来ず高校を去った先輩たちの記録が残されたノートだ。一年秋の大会で一回戦負けした部員はこのノートに名前が書かれる。そしてジンクスを打ち破れなかった者たちはこのノートに浮かばれなかった青春の想いをぶつけるのだった。

 和真もこのノートに名前が書かれている。最初はただのふざけた遊びかと思っていた。しかし今までそのジンクスを打ち破った者はいないと聞かされ、さらにもてそうな先輩たちでも彼女が出来なかった現実を目の当たりにした和真は、しだいにそのノートそのものを敬遠するようになっていた。部活の休憩中、部員たちがノートを広げ数々の撃沈エピソードを大笑いながら読む姿をみて、自分もいつかああやって顔も見たことのない部員たちに笑われるのだろうか、そう思っただけで心は重くなった。しだいに部室で過ごす休憩時間が苦痛になり、テニスコートに残って一人で自主練をしたりと部活の仲間から少しずつ孤立していった。部活外で友達を作って遊ぶことが多くなり、引退した今でもテニス部部員と距離があるように思えた。和真にとって此処は居心地の良い場所ではなかった。漫画の束から引き出したノートには先輩たちの怨念が詰まっているように思えた。

「このノートのせいで・・・・・・ 」

 ふと、サキの言葉を思い出した。

「人の想いが怪異を作る。負の感情が強ければ強いほど怪異は強くなる」

「もしかして・・・・・・」

 和真はノートを手に部室を抜け出していった。

 

 

「正解、おめでとう」

 サキはニコニコしながら和真を迎えた。部室を抜け出した和真はまたあやしげな桜並木に戻ってきていた。

「でも、凄まじい怨念がこめられているね。それこそ怪異に化けてしまうくらいに」

 和真の持ってきたノートを受け取るとサキは嫌そうにノートの中身を見た。

「聞いただけでも二十年以上前からテニス部の呪いは続いていたらしいです。それに高校生の彼女が欲しいという想いと出来なかった怨念で凄まじい事になっているはずです。サキさんの言うとおり想いが悪い方向で化けてしまったみたいですね」

 和真は疲れた顔で言った。

「高校生の彼女ほしいって想いはでっかいからね。にしてもここまで来ると呪いだね、ちゃんと怪異、解けるのかなあ」

「いや、解いてもらいますよ、そのノートのせいで僕の青春も無駄になったんですから」

 和真は真剣な目でサキを見ながら言った。

「おぉ、恋愛沙汰の恨みは怖いねえ。でも、この怪異を解けたところであなたに恋人が出来るとは限らないからね」

「なんでですか! 僕に彼女が出来なかったのは間違いなくそのノートの呪いのせいですよね。僕がどんなに努力しても女の子はちっとも振り向かなかった。それさえ解ければ僕の残りわずかな高校生活はきっとバラ色になるはずです!」

「調子にのるなよ、人間」

 サキの声が一気に冷たくなった。

「確かにお前に彼女が出来なかったのはこのノートのせいだ。これだけの怨念、他人の運命を変えられるレベルまで積っている。だがそれとこれはちがう」

「なぜですか! 」

「お前が本当にそれを望まなかったからだ」

「いっただろ、人間の願う力は呪いも産めば奇跡だって起こす。この呪いは出来てたかだか二十年、強力だが絶対ではない。お前は自分がモテなかったことに理由を求めていたんだ。すべて呪いのせいにすれば、自分が努力しなかったことも正当化できる。呪いのせいだ、仕方なかったんだってな」

「それは・・・・・・」

「怪異を祓うことはかんたんさ。だがそれですべて解決すると思っているんだったらこの呪いは解かない方がいいだろうよ。お前が現実から逃避できる口実を残しておいた方がお前は楽だろう」

「だが、このノートをこのまま放っておけばさらに犠牲者が出ることは確実だ。ここで消し去った方が賢明だと思うね。さあ、お前はどうする」

「・・・・・・」

 和真は自分の気持ちを言い当てられた気がした。心のどこかでジンクスのせいに出来て楽だという想いは持っていた。部活内で孤立したのもノートという言い訳があった。それにすがっていた。今、ノートと呪いが消えれば自分のアイデンティティそのものが揺らぐ気がした。しかし・・・・・・

 和真は眼を閉じて考えた。呪いの存在を知った今、ここでなくさなければ、以後誰がこの呪いを解くのだろう。これが最初で最後のチャンスかもしれない。ここでやらなければ後悔するのはきっと自分だ。

「わかりました」

 和真は眼を開いた。

「この呪い、終わらせて下さい!」

 和真は頭を下げた。サキはふっと笑った。

「よかった、あなたがその道を選んでよかった、和真さん」

 --甘い花の薫りがした気がした。

 サキの教えてくれた呪いの解き方はシンプルで難しいものだった。

「誰かの事を本気で好きになればいいさ」

 まともな恋愛をしたことのなかった和真にはこれ以上難しい問題はなかった。

「他の方法って言ってもねえ、要は負の感情を打ち消すほどのまっすぐな想いがあれば解けるんだよ。大丈夫、片思いでも成立するから誰かかわいい子の事を好きになってみて」

 過去の先輩たちの中に片思いをしたことがある人はいなかったのだろうか。

「ノートに書かれている文章をみる限り、皆和真さんみたいに歪んだ思いをノートにぶつけていたから、そんなまっすぐな感情を持てなかったんじゃないかな」

 こうして和真は恋愛に真剣に向き合うことになった。サキは誰をターゲットにするか聞きたがったが相手は教えなかったらしい。

「そういえばちゃんと報酬貰わないとさ」

 和真が人間界に戻る前にサキが切り出した。どんな要求をされるのか和真は内心焦っていた。

「報酬はこのノート、もらっとくね」

 そもそもなぜサキが和真の前にあらわれたのか、それはサキが人間界の怪異を集めているからだそうだ。

「使った手鏡ももともとは人間の生み出した怪異さ。おもしろくて使えるからね」

 ノートを眺めながら笑っていた。

「それじゃあね」

「ありがとうございました」

 別れの挨拶はシンプルだった。

「あのっ」

 それでも

「また会ってもらえますか?」

 和真の想いは

「気が向いたらね」

 サキに届いたと思う

maruma
作家:丸中丸
うさぎとテニス部の呪い
0
  • 0円
  • ダウンロード

9 / 11

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント