秋の桜を愛でましょう

 そこは「不思議なところ」としか、俺の語彙じゃ言い表せなかった。
 全体的に、白くて薄いモヤが漂っていた。
 足下はふわふわしていて――あとでイナバに聞いたら「雲の上です」と答えてくれたが――空気が妙に美味しく感じた。
 全ての桜の樹は、白いふわふわから生えていた。
 どれも見上げるくらいに立派な樹で、その全てが満開に咲き誇っていた。
 桜の樹と樹を繋ぐようにして張り巡らされたぼんぼりの光りが、神秘的な雰囲気をより引き立たせている。
 あちこちに大きな岩場が突き出ていて、大きな唐傘が開かれた状態で立っている所もある。
 その岩場の頭頂部には、様々な姿形をしたものたちがいた。
 一つ目でボロボロの袈裟を着た大男に、首がどこまでも伸びる花魁風の美女。
 爪楊枝くらいの大きさの毛むくじゃらに、身体全体が骨になっているオオクジラ。
 下駄はスニーカーとタップダンスをしているし、古事記と書かれた古文書が少年ジャンプと空を飛んでいた。
「すげぇ……こんな所が本当にあるのか」
「桜が咲いているのは今夜だけです。しっかり見て、楽しみましょうっ」
「イナバさま~、私たちの席はこっちですよ~っ」
 少し離れた所にある桜の樹の下で、ミモリが大手を振っていた。
さあ、私たちも行きましょう!
 イナバの言葉に俺は笑顔で頷いて、繋いだままのイナバの手を引いた。
 目を覚ますと、俺はいつもの部屋にいた。
 ちゃんと布団に寝ていたし、下着も新しいのになっている。
「夢だったのか……?」
 俺は大きくあくびをしながら、ぼりぼり頭をかいた。
 時間を見ようとして、テーブルの上に置いてあるリモコンに手を伸ばす。
 俺は目を疑った。
 手の甲には、デフォルメされたウサギのキャラクターがプリントされている絆創膏が、一枚貼ってあった。
 何も言わずに、俺は絆創膏を指でなぞると、イナバの笑顔が浮かんでくるようだった。
 俺は、笑顔でため息をつく。
「ふふ、もしかしたら夢じゃなかったのかもな」
 俺は再びリモコンに手を伸ばすと、テレビのスイッチを入れる。
 リモコンをテーブルに置いて、近くにおいてあったスマホを何気なく手に取った。
 暗い画面をタッチすれば、いつもの味気ないメニュー画面が出てくるはずだった。
「……ははっ! 本当にマジなのか!」
 高校生の時に、初恋の女の子に告白した時だって、こんなに心臓はドキドキしていなかったと思う。
 スマホは、一枚の写真を画面に表示し続けていた。
 画面には、ひょうたんを背負った猫と、ピンクの着物を着た女の子が写っていた。
ささのは
作家:ささのは
秋の桜を愛でましょう
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