天使の指輪

第二章 生きるということ( 1 / 51 )

2007年02月27日  アリーがいてくれれば

アリーが死んで、僕はただ放心状態で何をしたら良いかわからず、どうでも良い事に没頭して時間を潰したりしていた。

アリーに最後の別れをしてから、アリーの両親達が、アリーと一緒にいたので、僕は病院には戻ることはなかった。

アリーが死んでしまったという事が、まだ事実として受け入れられないでいる。
 
病状は悪化していたので、その覚悟はとうにできていたのだが、実際にアリーが去ってしまうと、その現実を受け入れる事ができなかった。

ただ僕は、男だと言う強烈な意識が、人前で取り乱す事だけはすまい、最後までアリーの恋人として、恥ずかしくない自分でありたいと言う気持だけで、一日を乗り切った気がする。

家に帰ると、あまりに沢山の思い出があり、僕は、それらをどうしたら良いのか戸惑ってしまった。
 
僕とアリーは、知り合ってから7年もたっていたし、アリーが車の中で僕に初めてキスをしてくれてから2年以上がたっていた。

だからニューヨークの全ての場所に、僕は何らかの思い出をアリーと持っている。 

それが地下鉄の中だったり、タクシーの中だった
り、ハレームだったり、ダウンタウンだったり、レストランだったり、公園だったり、たんなるスタバだったり。

全てはいつもの通りなのに、そこにアリーだけがいない。
 
悲しいよりは、”どうして?”という感じで、どう対処したら良いのかが全くわからないでいる。

僕はアリーが死んだら自分も死ぬつもりだった。
 
そう決めていた。 

自殺をしようと思った事は昔から何度もあるし、手首も何度も切った。

だから死ぬ事は全く怖くない。

でも、今は自分がどうしたら良いのかが良くわからない。

僕は僕なりに十分世の中の為に頑張ったので、早くアリーのもとに行きたい。 

だけれどもアリーに会う時に自信を持って、男としてのプライドを持って会いたい。
 
アリーに褒めて欲しい。

だからアリーに胸を張って会う為には、最後の最後まで男として闘い続けないといけないのかもしれない。


どうやったら自分の人生に逃げずに、胸を張ってアリーと早く会えるか、そんな事ばかりを真剣に考えていた。

自殺が罪だというのであれば、僕はきっとまた、自分を極限まで危険な立場において、神が僕の命を取るまで、自分の運命と闘い続けるのだろうか? 

人のやりたがらない事、リスクの高すぎる事、生命の危険に関わる事、自己犠牲、またそういった非日常的なものと日常的に付き合うのが、僕の残りの人生になるのだろうか? 

神が十分だと思えば、僕の命を取り上げるだろうし、僕は喜んで命を差し出そう。

どうせこの世に未練はないのだから。
 
むしろその日が早く来てくれれば僕はアリーに会える。

アリーが死んで、まだ一日しかたっていないのに、僕はもう羅針盤のない船のようだ。

僕のポケットの中には、アリーに渡す事ができなかった指輪が入っている。
 
僕はその天使のデザインをした指輪をみながら自問自答する。

僕は両親に頼み込んで、アリーを埋葬する時に、指輪も一緒に埋葬してもらうか?

指輪に僕の思い出を詰め込んで、イースト川にそれを投げ、ニューヨークの海の底に沈めてしまうか?

あるいは、アリーが誰よりも愛していたアリーの姪っ子に、アリーの形見としてあげるか?

まだ決めていない。

指輪のことは最後に悩めば良いのだけれども、僕とアリーには、あまりにも沢山の思い出があるので、それらをひとつひとつどうやって処理して行けば良いのか、今の僕には全く見当がつかない。

まずは、自分の命をどうするか決めないといけない。

なんて馬鹿な事を考えているの?と、端から見た人は思うかもしれない。
 
きっと僕は馬鹿なのだと思う。

最愛の恋人に死なれてしまったのは、これで2回目だ。

それなのに僕は、まったくすべもなく混乱してしまっている。

ただアリーの為に、恥ずかしくない身の処し方をしたいという一心だ。

アリーがここにいてくれれば。

第二章 生きるということ( 2 / 51 )

2007年02月28日  陽はまた昇る

アリーが天国に帰ってからようやく2日目の朝を迎えた。

あれから僕は寝ていない。
 
疲れきって目を開けていられない程なのだが、何故か眠る事ができない。

だから起きている。

アリーが死んでも朝になれば陽は昇り、人々は仕事に出かける。

アリーが死んでも世の中は全く変わらない。

まるでアリーなど、もともと存在していなかったように。

僕はまだここに立っている。
 
端から見れば、僕は疲れきった亡霊のように見えるかもしれない。

僕は今ここに立って世の中を睨み返している。

僕が命を落として闘える場所、闘うものを探している。

僕は悲しい。

今すぐにでも愛する人のもとに行きたい。

でも、僕がお金を送り続けないと、日本の入国管理局から日本滞在許可を取り上げられ、路頭に迷う里子が沢山いる。

遠い昔に過ちを犯し、刑務所に入り、更生施設で精神的に立ち直ろうとしている子供達がいる。

アリーの名前をつけた財団で、救えるはずの子供達が、誰かの助けを待っている。

僕を信じてついて来てくれた、友達のビリー、昔の仲間、僕の会社の人間がいる。

僕は今まで人の為だけに生きてきた。

辛い事も沢山あったけれど、アリーに認めて欲しくて、その一心で、ここまでやって来た。

君がいなくなったら、今までみたいに全ての荷物を背負って、全ての人の為に歩いて行く事なんてできないよ。

僕は君の前では強がっていたけれど、本当はそんなに強い人間じゃないから。

でも現実は、君がいなくても僕はここに立ちはだかって、襲って来るものに立ち向かわなければいけない。

僕の後ろにいる人達が、不安げな目で僕を見つめているから。

そして僕は君の伴侶として、最後まで強くありたいから。

だから僕は今日も闘い続ける。

誰かが僕の首を落としてくれるのを密かに期待しながら。

第二章 生きるということ( 3 / 51 )

2007年03月02日  さようなら。

あれからニューヨークでは穏やかな日が続き、ここ何日かは気温も上がって青空になった。

僕は、やはりアリーの葬儀には呼んでもらえなかった。

アリーの両親に嫌われているので、呼んでもらえないだろうと思っていたので、それほどショックではないが、やはり、最後にもう一度アリーの顔を見たかった。

ただ僕には沢山の思い出があるので、今でも目を閉じれば色々な場面のアリーを思い浮かべる事ができる。

だから、棺に納まったアリーの死顔を見ないほうが良かったのかもしれない。

葬儀に呼んでもらえないほどだから、当然アリーに指輪をつけて埋葬をしてくれるはずもなかった。

一生懸命アリーのためにデザインをした、ピンクサファイアのピンキーリングとエンゲージリングが、一度もアリーの指に納まる事がないのは、切ない気持ちがしたけれど、僕は小さな箱に、アリーに渡すはずだった二つの指輪と、思い出の品を詰めて、綺麗にラッピングをしてリボンをかけ、アリーのことを思い出し、少しアリーに祈りを捧げてから、その箱をニューヨークの海に流した。

僕は箱が波間に沈んで行くまで、海を見つめていた。

天使のデザインの指輪。

さようなら。

アリーがつけたら似合ったかな?

アリーに指輪をプレゼントするのは僕があの世に行って、アリーと再会したときの楽しみに取っておこう。

指輪を海に流して、僕はベンチに腰を下ろし、やめていた煙草に火をつけた。

天気が良い事もあって、バッテリーパークにはかなりの人がいた。

自由の女神を見に来た観光客。

公園で楽しそうに自分達だけの世界に浸る恋人達。

犬の散歩にやってきた老人。

公園で元気一杯走り回る子供達。

僕はそういった人々を眺めていた。
 
それぞれの人にそれぞれの生活があり、泣いたり笑ったりしながら、一日一日を過ごしている。

そんな当たり前な事を考えていると、何故か、それらの人々がとても愛おしく思えてきた。

僕とアリーの思い出が沢山詰まったアリーのアパートも、今月一杯で引き払う事になった。

アリーの両親から、2週間以内に荷物を処分して鍵を返すように言われている。
 
今週末にでもアパートに行って、自分の荷物を片付けに行こう。

あそこには二人だけの思い出が沢山ある。

僕はあの部屋が大好きだった。

ポインセチアで一杯にしてしまった裏庭。

アリーが死ぬ直前に病院から外出許可を貰い、最後に夕食を食べた部屋。

小さな暖炉に灯を入れて、アリーを抱きかかえ、ずっと暖炉の灯を見つめたあの夜。

二人でふざけながら一緒に料理を作った小さなキッチン。

きっと片づけをするごとに、沢山の素敵な出来事をまた、ひとつずつ思い出すのだろう。

仕方がないことだけれども、やはり切なくなる。

第二章 生きるということ( 4 / 51 )

2007年03月03日  心の整理

アリーに渡すはずだった指輪を海に沈め、僕もそろそろ気持ちの整理をしなければならないと思い始めた。

今週末には、アリーのアパートの荷物も運び出さないといけないので、僕はアリーと過ごしたこのアパートで、最後の思い出を作る為に、昨日からこのアパートに泊まっている。

まだ気持ちの整理はついていないけれども、僕には守らないといけない人達が沢山いる。
 
その人達のために僕はまた歩き出し、彼らを守る為に闘い続けなければいけない。

それがアリーの為でもあるのだと無理やり信じ込もうとしている。

アリーが死ぬ前日の取締役会で、ビリーの会社の新しいプロジェクトを発表したばかりだ。

既にビリーは一足先にヨーロッパに飛び、プロジェクトの下準備を始めている。
 
僕も来週早々ヨーロッパに行って、彼を助けてやらないといけない。

最年長のロベルトには、二年でケリをつけると約束したが、実は、僕はこのプロジェクトを一年でケリをつけようと思っている。
 
一年で完結させるのはクレイジー(狂信者)だと思うけれども、やってできない事はない。
 
チャンスはあると思う。

逆に、みんなが考えるような安全なスケジュールで動かしていたら、きっと後から追って来る大資本の競争相手に潰されてしまう。
 
僕らのような小さい所が生き残るには、奇策で先手を取って、全速力で逃げ切るしかない。

だから僕は一年で決着をつけようと思っている。
 
それが唯一の方法だと思っているから。
 
自分の命をかけるのに不足はないプロジェクトだ。
 
アリーのアイディアもたくさん入っているから。

アリーのアイディアを証明するためにも、僕はここで負ける事はできない。

アリーの名前のついた財団も本格的に動き出した。
 
経済的な事情で学校に行けない子供達に、教育を施す手伝いをするのがこの財団の目的だ。

アリーの至った結論は、”子供に一番必要なものは、教育だ”と言う事だった。 

他の人には他の意見もあると思うが、僕はアリーの結論を尊重し、アリーの遺志をついで、子供達に教育を施す手伝いをする事に全力を尽くしたい。

更正施設でのカウンセリングも再開した。
 
そこで彼らの話を聞き、彼らの痛みをともに感じる事が僕の仕事だ。

アリーがいつも僕に言っていたのは、

”子供達に何かを強制しても、彼らは決して心を開かない。

子供達の心を開く為には、まず自分が子供達の話を聞き、痛みをともに感じて、子供達に愛をもって接しないと、子供達は、再び社会とのつながりを持とうとはしない。 

まずは自分が彼らを愛して、人から愛される事でどれだけ彼らの気持ちが救われるのかを理解できれば、はじめて彼らは、自分から社会とのつながりをもう一度築いてみようと思い、人を思いやったり、愛したり、人の話を聞いてあげたり、痛みを分かち合おうという気持ちが芽生えてくるはずだ。”

と言う事だった。

アリーは誰にでも惜しみなく愛を与えた。
 
そして、そうする事で愛を与えられた人達が、今度は別の人達に同じように愛を与える事を望んでいた。

僕は44歳のひねくれ者なので、本当の世界がそんなに簡単でないことは知っている。

でも少なくともアリーは、更正施設の子供達を愛していた。
 
そして、彼らをそんなに愛している人は他にいなかった。

彼らにだって愛は必要だし、誰かに心配されていると実感する事が必要だ。 

だから僕は、ここでもアリーの遺志を継ぐことにした。

アリーほどは、高貴な愛を与える事はできないけれど、僕は僕なりに無骨な男の愛情を持って、彼らに接してみようと思う。

彼らがアリー同様、僕にも心を開いてくれるように。

来週からはまた忙しくなる。
 
涙に暮れていても陽はまた昇る。

そして僕は歩き出さないといけない。

アリーの為に、そして僕を必要としている人達のために。



堀田一輝
作家:エンジェルカズキ
天使の指輪
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