雛菊の剣(#1)/お前が笑っている時、俺も笑ってる

不良高校生二人は目配せをして、パゲの両サイドに別れ、二人同時にパゲの両脇腹にサバイバルナイフを突き立てた。サバイバルナイフは二つともパゲの脇腹に一ミリも侵入することを許されなかった。パゲの両手による裏拳が二人の側頭部をとらえた。グシャ。命は物と化した。

「パゲがもう大丈夫だって言ってる」
満面の笑みを浮かべる雛菊。陽子は雛菊と帰路についた。

陽子が塾からの帰り、人通りのない道を歩いていた。電信柱の陰からパゲが現れた。
「誰!?隣のクラスの…」
「源九郎だ」
「何の用?告白?私、あなたみたいなタイプには興味ないんだ」
「俺は雛菊を守らなければならない」
「あ、あなたがパゲ!?」
九郎のプライドが頷かせない。
「私に何の用?雛に正体を隠しているのに、どうして私に…。まさか…」
頷く九郎。
「お前はあの一件を知っている。雛菊を守るためには、お前はいない方がいい」
陽子は九郎を睨みつける。
「助けを求めて叫ばないのか?」
「叫ぼうとした瞬間に私を殺すつもりでしょ」
「賢いな」
「人を殺して心が痛まないの?」
「死んだら、ただの物だ」
「雛を守る理由は何?」

「それが俺の役目だ」
「雛の何を守っているの?」
九郎は言いよどんでいる。そんな九郎を見て優しく微笑む陽子。
「あなたは私を殺すかどうか迷っている。私がいなくなって悲しむ雛を見たくないから」
「馬鹿馬鹿しい」
「あなたは人と人のつながりの大切さを知っている。私も親友として雛を守る。二人で雛を守ろう」
「お前には無理だ。あの時もお前は雛菊を残して逃げた」
「警官を呼びに行ったの。あなたと私で守り方が違う。それでいいじゃない」
「今、俺に殺された方が楽かもしれないぞ」
「人生は闘いだよ」
九郎が微笑み、陽子の胸がざわついた。
「P!」
暗闇から頭の羽毛をパンクに立ち上げたコバルトブルーの小鳥が現れ、九郎の肩にとまった。
「こいつはP。Pがお前を守る」
「ぴーぴぴっぴっぴ!」
Pが羽をバタつかせ、猛烈に抗議している。
「うっせえな。彼女は雛菊にとって大事な人だ。お前が守れ」
「ぴー!」
Pが一瞬にして猛烈な勢いで九郎の目をついた。叫びだしそうになる陽子。Pは弾き飛ばされ、九郎の手に捕まれる。九郎の目は傷一つついていなかった。
「気持ち悪いだろ。俺、きっと人じゃないんだ」
九郎は陽子の顔を見ずに告げた。陽子は胸がしめつけられた。
「言うこと聞けないんだったら、焼き鳥にして食っちまうぞ!」
「ぴぃ~」

「何言ってんだ。お前のこと嫌いだったら、こんなに長く一緒にいないよ」
のけぞって大笑いする九郎とP。
『こいつ、鳥と下手な漫才やってる。ある意味、人じゃない』
Pが九郎の手から飛びたち、陽子の肩にとまった。
「Pは人が食うものだったら、何でも食べる。そして、これ」
九郎が陽子に小さなケースを渡した。
「Pが闘うとき、これを出してやってくれ」
「豊高の子を殺したことはどうするの」
「やつらは豊臣家の末裔。俺とは別の意味で人間じゃない。あの学校の地下には行方不明になった人たちや、死体がある。やりたい放題なんだ。奴等に雛菊のことが知れたら、やっかいなことになる」
「私たちの知らない世界なのね。あなたは忍者?」
「違う。甲賀や伊賀の連中は、豊臣よりもやっかいだ。できれば闘いたくない。織田家の末裔みたいにフィギュアスケートでもやっててくれればいいのにさ」
「雛は姫様なの?」
「まあな。でも、俺が雛菊を守るのは、雛菊の力を使わせないためだ。力を使うことがなければ、雛菊は普通の女として幸せな人生を送ることができる」
「おいおい、いい加減にしなさい」
闇の中から白いヒゲをたくわえた白髪の老人が現れた。
「七郎とこのじじいか」
「ペラペラとしゃべりおって。お前の始末は七郎様がやってくださる。その女子も殺さなければならんな。七郎さまがお前を始末した後に、わしが楽しんでやる」
「なんだ、じじい。お前、Pに勝てるつもりなのか」
鼻で笑う老人。
「おい、P!こいつ、お前に勝てるってさ」

「ぴーぴぴぴっぴっぴ」
大笑いするP。
「鳥風情にこのわしが負けるわけがなかろうが。お前さえ手を出さなければ、今すぐにでもその女子を始末してくれるわ」
「分かった。俺は手を出さない」
「母親の名にかけて誓えるか」
「誓うよ」
老人はニヤリと笑うと、信じられないスピードで陽子に向かっていく。矢のように迎え撃つP。老人の小刀がPのクチバシを弾く。Pの連続攻撃を老人は小刀でことごとく受け止める。
「P!手を抜くんじゃない!そんなことじゃ、こいつをお前に任せられないじゃないか!」
「ぴー!」
Pが陽子の方に戻りながら叫んだ。陽子は慌ててケースを出した。Pがケースを蹴飛ばすと赤い粒が跳び出し、飲み込んだ。すぐ後ろに迫る老人。振り向いたPの全身はルビーレッドになっていた。その口から吐き出された紅蓮の炎が老人を包み、灰だけが残った。Pが九郎の元に戻ろうとしたが、九郎は陽子を指差した。Pは陽子の肩にとまり、ぐったりとしている。
「優しく撫でてやってくれ」
陽子がPの頬の辺りを優しく撫でた。
「ぴぃ」
Pは嬉しそうに鳴いた。九郎の姿が消えていた。陽子は一歩一歩踏みしめながら歩き出した。

山中、木々に囲まれて対峙する九郎と七郎。七郎は長身で長いストレートの黒髪を後ろに結び、一重の鋭い目で九郎を睨みつけていた。
「お前のとこのじじいはPが灰にした」
「あの化け物鳥は疲れてお前を助けにこれないだろう。じいは役目を果たした」

愛のままに我がままに
作家:愛のままに我がままに
雛菊の剣(#1)/お前が笑っている時、俺も笑ってる
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