「あなたの名前を教えて」
「名前を教えるわけにはいかない。『影』とでも呼んでくれ」
「ハゲ!?はげてるの!?」
雛菊はポロポロと涙を流す。
「涙は涸れたんじゃないのか?」
「あまりにも意外だったから」
「ハゲじゃない。影だ。か・げ」
「影…可愛くない」
「ただの呼び名だ」
「そういうわけにはいかないわ。そうだ!二人の意見の間を取って、パゲってのはどう?」
「パ、パゲ!?」
「そう、パゲ。決定!」
「二人の意見の間って…まあいい、好きにしろ」
「パゲはどうして私を助けてくれたの?」
「世の中には知らない方がいいこともある。聞きたいことはそれだけか?」
「どうして顔を見せてくれないの?」
「俺が誰だか知らない方が、お前を守りやすい」
「もし私を守ることができなかったら、どうなるの?」
「兄貴の一人が俺を殺しに来る。兄貴に殺されるか、兄貴を殺して兄貴の仕事を奪うかのどっちかだ」
「そんな…そんなこと…」
「分からなくていい。知れば知るほど、不幸になる」
「パゲは、私のこと好き?」
「ああ、好きだ。お前が笑ったり、微笑んだりしてるのを見てると、自分の運命と向き合える」
「ずるいな」
「?」
「パゲは私の笑顔を見てるのに、私はパゲの笑顔を見てないんだよ」
「お前が笑っている時、俺も笑ってる」
「そっか」
雛菊が微笑んだ。彼も微笑みを浮かべる。
「お前の友達が心配している。行ってやれ」
雛菊の背中から彼が消えた。屋上入口のドアが開き、陽子が現れた。
「雛、何してるの!?」
雛菊は駆けより、陽子に抱きつく。
「パゲと話してたの!」
「パゲ!?」
合唱部の練習が終わり、陽子はいつものように雛菊と帰ろうとするが、雛菊は陽子を引き留める。
「どうしたの?」
「パゲがまだ出るなって」
「?」
「正門に豊高の不良がいるの」
「え!?」
「私たちを探してるのよ」
「そんな…どうやって私たちを探すのよ」
「あの時の中学生と警官を連れてきてるって」
「警官が不良の言うこと聞いてるってわけ?」
頷く雛菊。
「そんなばかな」
「お願い。少し待って」
雛菊のお願いだよぉな顔に陽子が頷く。
校庭で不良二人と中学生がカラスを追っている。カラスはスマホをくわえて飛んでいる。あの時の警官がジャージ姿で門のところに立っていた。その顔は狂気を帯びていて、ふらりと門から去っていった。カラスはドアが開いていた部室に飛び込んだ。カラスを追って、三人が部室に入った途端、ドアが閉められた。真っ暗な部屋の中、ドアの辺りから声がする。
「あいつらの死体を残しておいたのは警告だった。お前らも死にたいのか」
「シネー!シネー!」
カラスが騒ぐ。クスクスと笑い声が聞こえる。
「お前、バカじゃないの?暗闇だと思ってるかもしれないけど、はっきりと見えてんだぜ」
「俺にも見えてるぜ、その可愛いクリクリヘアーが」
「俺もだ。お前一人で俺たち三人とどう戦うつもりだ?」
「お前らは上の命令で動いているのか?」
「何のことだ」
「仲間の仇討ちってことか…他にも仲間はいるのか?」
「いっぱいいるぜ」
「なるほど。お前たちを殺せば、仇討ちは止まりそうだな」
「コロセー!コロセー!」
「ふざけたことぬかしやがって」
中学生がサバイバルナイフをパゲの心臓めがけて突き刺す。渾身の力をこめて突き出されたサバイバルナイフはパゲの胸に当たってはじけとんだ。パゲが右フックを中学生の側頭部に叩き込むと、グシャッという嫌な音がして中学生は倒れ、その体は意味なく痙攣していた。
「貴様…」
不良高校生二人は目配せをして、パゲの両サイドに別れ、二人同時にパゲの両脇腹にサバイバルナイフを突き立てた。サバイバルナイフは二つともパゲの脇腹に一ミリも侵入することを許されなかった。パゲの両手による裏拳が二人の側頭部をとらえた。グシャ。命は物と化した。
「パゲがもう大丈夫だって言ってる」
満面の笑みを浮かべる雛菊。陽子は雛菊と帰路についた。
陽子が塾からの帰り、人通りのない道を歩いていた。電信柱の陰からパゲが現れた。
「誰!?隣のクラスの…」
「源九郎だ」
「何の用?告白?私、あなたみたいなタイプには興味ないんだ」
「俺は雛菊を守らなければならない」
「あ、あなたがパゲ!?」
九郎のプライドが頷かせない。
「私に何の用?雛に正体を隠しているのに、どうして私に…。まさか…」
頷く九郎。
「お前はあの一件を知っている。雛菊を守るためには、お前はいない方がいい」
陽子は九郎を睨みつける。
「助けを求めて叫ばないのか?」
「叫ぼうとした瞬間に私を殺すつもりでしょ」
「賢いな」
「人を殺して心が痛まないの?」
「死んだら、ただの物だ」
「雛を守る理由は何?」