雛菊の剣(#1)/お前が笑っている時、俺も笑ってる

昨日陽子たちが不良にからまれた辺りのビルの屋上に真新しい二つの白骨死体が見つかった。見つけたのは隣のビルに入っている学習塾の先生だった。授業中、すごい音がしたので、ブラインドの隙間から隣のビルを見ると、屋上にカラスが群がっていた。授業に戻り、三十分ほどたったころ、再びすごい音がした。もう一度ブラインドの隙間から見てみると、カラスは一匹もいなかった。一斉に飛び立つ音だったのだろう。ビルの屋上に残されたものが何なのか最初は分からなかった。その場から離れることができず、じっと見ているうちにそれが人の骨であることに気がつき、慌てて警察に電話した。警察が調べたところ、二人とも頭が潰されており、服はボロボロになっていたが、豊臣高校の男子の制服だということが書かれていた。
『雛には黙ってた方がいい』

その日、雛菊は学校に来なかった。次の日も。その次の日に、登校してきた雛菊の顔には憔悴が見えた。そして、とても難しい顔をしていた。陽子は雛菊に近づいて囁いた。
「雛、あの記事見た?」
頷く雛菊。
「誰にも言わないで」
「分かった」
雛菊は難しい顔をしたまま、クラスメイトたちをゆっくりと見回していた。その様子は困っている小動物のようで、陽子は思わずクスッと笑ってしまった。
「何か探してるの?」
「この中にいるのよ。あの私の彼氏が」
「この中に!?」
「しっ!」
「どういうこと?」
「うちの高校の制服を着てたんだから」
「別のクラスかもしれないし、学年も違うかもよ」

「あ!?」
雛菊は途方に暮れてしまった。

昼休み。雛菊は陽子と一緒にお弁当を食べたが、一言も話はしなかった。もう昼休みも終わろうとする時間に雛菊が教室を出た。雛菊をつける陽子。雛菊は階段を上り、屋上へ出た。陽子は、雛菊が閉めた屋上へのドアをゆっくり開けようとしたが、ドアはびくともしなかった。

雛菊が一人屋上に立っている。祈るように両手を組み、目を閉じてつぶやいた。
「いるのなら出てきて」
雛菊は背中にあの背中が触れるのを感じた。
「振り返るな」
「それがあなたのルールなの?」
「お前を守るためだ」
「私を?」
「そうだ」
「私を守るためにあの人たちを殺したの?」
「…」
「答えて」
「…」
「私には覚悟ができています」
「…」
「私の彼氏が殺人者だとしても愛する覚悟ができています。自首する気になったら言ってください。私はあなたを祝福し、あなたについていきます。私の涙はもう涸れてしまいました。もう私は泣きません」
「話はそれだけか?」

「あなたの名前を教えて」
「名前を教えるわけにはいかない。『影』とでも呼んでくれ」
「ハゲ!?はげてるの!?」
雛菊はポロポロと涙を流す。
「涙は涸れたんじゃないのか?」
「あまりにも意外だったから」
「ハゲじゃない。影だ。か・げ」
「影…可愛くない」
「ただの呼び名だ」
「そういうわけにはいかないわ。そうだ!二人の意見の間を取って、パゲってのはどう?」
「パ、パゲ!?」
「そう、パゲ。決定!」
「二人の意見の間って…まあいい、好きにしろ」
「パゲはどうして私を助けてくれたの?」
「世の中には知らない方がいいこともある。聞きたいことはそれだけか?」
「どうして顔を見せてくれないの?」
「俺が誰だか知らない方が、お前を守りやすい」
「もし私を守ることができなかったら、どうなるの?」
「兄貴の一人が俺を殺しに来る。兄貴に殺されるか、兄貴を殺して兄貴の仕事を奪うかのどっちかだ」
「そんな…そんなこと…」
「分からなくていい。知れば知るほど、不幸になる」
「パゲは、私のこと好き?」
「ああ、好きだ。お前が笑ったり、微笑んだりしてるのを見てると、自分の運命と向き合える」
「ずるいな」

「?」
「パゲは私の笑顔を見てるのに、私はパゲの笑顔を見てないんだよ」
「お前が笑っている時、俺も笑ってる」
「そっか」
雛菊が微笑んだ。彼も微笑みを浮かべる。
「お前の友達が心配している。行ってやれ」
雛菊の背中から彼が消えた。屋上入口のドアが開き、陽子が現れた。
「雛、何してるの!?」
雛菊は駆けより、陽子に抱きつく。
「パゲと話してたの!」
「パゲ!?」

合唱部の練習が終わり、陽子はいつものように雛菊と帰ろうとするが、雛菊は陽子を引き留める。
「どうしたの?」
「パゲがまだ出るなって」
「?」
「正門に豊高の不良がいるの」
「え!?」
「私たちを探してるのよ」
「そんな…どうやって私たちを探すのよ」
「あの時の中学生と警官を連れてきてるって」
「警官が不良の言うこと聞いてるってわけ?」
頷く雛菊。
「そんなばかな」

愛のままに我がままに
作家:愛のままに我がままに
雛菊の剣(#1)/お前が笑っている時、俺も笑ってる
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