雛菊の剣(#1)/お前が笑っている時、俺も笑ってる

「そっちのちっこいのはまだだ。お前も金を出しな」
「嫌です」
「雛!」
「陽子のお金も返しなさい」
「へー、面白い。気の強いちびっこだぁ。俺様好みだ。お前は、早く行け」
「雛!」
「言いなりになるから、この人たちつけあがるのよ」
陽子は駆け出す。
「ほ~ら、強いお友達は逃げちゃったよ。たっぷり楽しませてもらおうかな」
「汚らわしい獣!」
「すぐにお前も獣の仲間入りさ」
大笑いする男の顔が引きつった。突然男子高生が現れたからだ。緑のブレザーに紺のズボン。雛と呼ばれていた女子高生と背中合わせに彼は立っていた。
「お前!どこから現れた!?」
「雛菊、振り向くな!」
雛菊の背中に、さほど大きくない筋肉質の背中が感じられた。彼の背中は雛菊に強い意志を伝えていた。
「その制服は、ちびっこと同じ平家高校だな。ちびっこの彼氏か?」
『え!?彼氏!』
赤くなる雛菊。
「男のくせに可愛い顔しやがって」
『わー!可愛い顔だって!どうしよう』
「この世の地獄を見せてやるよ」
「雛菊、しっかりと目を閉じていろ。お前が見るものじゃない」
雛菊は大きく頷いて、嬉しそうにぎゅっと目を閉じた。

「彼女に無様な姿は見せられねえってか。けっけっけっけ」
男の叫び声が路地に響き渡った。

「雛!目を開けなさい!」
「陽子ちゃん?」
「そう、陽子。なんで目を閉じてるの?」
「だって、私の彼氏がしっかり目を閉じてろって」
雛菊の頬がピンク色の染まる。
「彼氏?何言ってるのよ。とにかく、目を開けなさい!」
雛菊は不満げな顔をしながら目を開けた。
「人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んじゃうんだぞ」
目の前には陽子と警官がいた。そして、二つの血溜まりが。

路地に接するビルの屋上にさきほどの男子高生が立っていた。その足元には頭が叩き潰された不良二人の死体。上空を舞う数十羽のカラスたち。男子高生はカラスを見て微笑んだ後、雛菊たちがいる路地と反対側の路地側へ飛び降りた。

「な、何あれ!?」
陽子が上空を指さす。数十羽のカラスたちがビルの屋上に殺到していく。口をあんぐりと開けて驚いている警官。雛菊はカラスに興味を示さず、彼を探している。

朝、通勤・通学時間の電車の中。座っていた陽子は、前に立つサラリーマンが開いている新聞を見てギョッとした。
『ビルの屋上に二つの白骨死体』

昨日陽子たちが不良にからまれた辺りのビルの屋上に真新しい二つの白骨死体が見つかった。見つけたのは隣のビルに入っている学習塾の先生だった。授業中、すごい音がしたので、ブラインドの隙間から隣のビルを見ると、屋上にカラスが群がっていた。授業に戻り、三十分ほどたったころ、再びすごい音がした。もう一度ブラインドの隙間から見てみると、カラスは一匹もいなかった。一斉に飛び立つ音だったのだろう。ビルの屋上に残されたものが何なのか最初は分からなかった。その場から離れることができず、じっと見ているうちにそれが人の骨であることに気がつき、慌てて警察に電話した。警察が調べたところ、二人とも頭が潰されており、服はボロボロになっていたが、豊臣高校の男子の制服だということが書かれていた。
『雛には黙ってた方がいい』

その日、雛菊は学校に来なかった。次の日も。その次の日に、登校してきた雛菊の顔には憔悴が見えた。そして、とても難しい顔をしていた。陽子は雛菊に近づいて囁いた。
「雛、あの記事見た?」
頷く雛菊。
「誰にも言わないで」
「分かった」
雛菊は難しい顔をしたまま、クラスメイトたちをゆっくりと見回していた。その様子は困っている小動物のようで、陽子は思わずクスッと笑ってしまった。
「何か探してるの?」
「この中にいるのよ。あの私の彼氏が」
「この中に!?」
「しっ!」
「どういうこと?」
「うちの高校の制服を着てたんだから」
「別のクラスかもしれないし、学年も違うかもよ」

「あ!?」
雛菊は途方に暮れてしまった。

昼休み。雛菊は陽子と一緒にお弁当を食べたが、一言も話はしなかった。もう昼休みも終わろうとする時間に雛菊が教室を出た。雛菊をつける陽子。雛菊は階段を上り、屋上へ出た。陽子は、雛菊が閉めた屋上へのドアをゆっくり開けようとしたが、ドアはびくともしなかった。

雛菊が一人屋上に立っている。祈るように両手を組み、目を閉じてつぶやいた。
「いるのなら出てきて」
雛菊は背中にあの背中が触れるのを感じた。
「振り返るな」
「それがあなたのルールなの?」
「お前を守るためだ」
「私を?」
「そうだ」
「私を守るためにあの人たちを殺したの?」
「…」
「答えて」
「…」
「私には覚悟ができています」
「…」
「私の彼氏が殺人者だとしても愛する覚悟ができています。自首する気になったら言ってください。私はあなたを祝福し、あなたについていきます。私の涙はもう涸れてしまいました。もう私は泣きません」
「話はそれだけか?」

愛のままに我がままに
作家:愛のままに我がままに
雛菊の剣(#1)/お前が笑っている時、俺も笑ってる
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