雛菊の剣(#1)/お前が笑っている時、俺も笑ってる

「それが俺の役目だ」
「雛の何を守っているの?」
九郎は言いよどんでいる。そんな九郎を見て優しく微笑む陽子。
「あなたは私を殺すかどうか迷っている。私がいなくなって悲しむ雛を見たくないから」
「馬鹿馬鹿しい」
「あなたは人と人のつながりの大切さを知っている。私も親友として雛を守る。二人で雛を守ろう」
「お前には無理だ。あの時もお前は雛菊を残して逃げた」
「警官を呼びに行ったの。あなたと私で守り方が違う。それでいいじゃない」
「今、俺に殺された方が楽かもしれないぞ」
「人生は闘いだよ」
九郎が微笑み、陽子の胸がざわついた。
「P!」
暗闇から頭の羽毛をパンクに立ち上げたコバルトブルーの小鳥が現れ、九郎の肩にとまった。
「こいつはP。Pがお前を守る」
「ぴーぴぴっぴっぴ!」
Pが羽をバタつかせ、猛烈に抗議している。
「うっせえな。彼女は雛菊にとって大事な人だ。お前が守れ」
「ぴー!」
Pが一瞬にして猛烈な勢いで九郎の目をついた。叫びだしそうになる陽子。Pは弾き飛ばされ、九郎の手に捕まれる。九郎の目は傷一つついていなかった。
「気持ち悪いだろ。俺、きっと人じゃないんだ」
九郎は陽子の顔を見ずに告げた。陽子は胸がしめつけられた。
「言うこと聞けないんだったら、焼き鳥にして食っちまうぞ!」
「ぴぃ~」

「何言ってんだ。お前のこと嫌いだったら、こんなに長く一緒にいないよ」
のけぞって大笑いする九郎とP。
『こいつ、鳥と下手な漫才やってる。ある意味、人じゃない』
Pが九郎の手から飛びたち、陽子の肩にとまった。
「Pは人が食うものだったら、何でも食べる。そして、これ」
九郎が陽子に小さなケースを渡した。
「Pが闘うとき、これを出してやってくれ」
「豊高の子を殺したことはどうするの」
「やつらは豊臣家の末裔。俺とは別の意味で人間じゃない。あの学校の地下には行方不明になった人たちや、死体がある。やりたい放題なんだ。奴等に雛菊のことが知れたら、やっかいなことになる」
「私たちの知らない世界なのね。あなたは忍者?」
「違う。甲賀や伊賀の連中は、豊臣よりもやっかいだ。できれば闘いたくない。織田家の末裔みたいにフィギュアスケートでもやっててくれればいいのにさ」
「雛は姫様なの?」
「まあな。でも、俺が雛菊を守るのは、雛菊の力を使わせないためだ。力を使うことがなければ、雛菊は普通の女として幸せな人生を送ることができる」
「おいおい、いい加減にしなさい」
闇の中から白いヒゲをたくわえた白髪の老人が現れた。
「七郎とこのじじいか」
「ペラペラとしゃべりおって。お前の始末は七郎様がやってくださる。その女子も殺さなければならんな。七郎さまがお前を始末した後に、わしが楽しんでやる」
「なんだ、じじい。お前、Pに勝てるつもりなのか」
鼻で笑う老人。
「おい、P!こいつ、お前に勝てるってさ」

「ぴーぴぴぴっぴっぴ」
大笑いするP。
「鳥風情にこのわしが負けるわけがなかろうが。お前さえ手を出さなければ、今すぐにでもその女子を始末してくれるわ」
「分かった。俺は手を出さない」
「母親の名にかけて誓えるか」
「誓うよ」
老人はニヤリと笑うと、信じられないスピードで陽子に向かっていく。矢のように迎え撃つP。老人の小刀がPのクチバシを弾く。Pの連続攻撃を老人は小刀でことごとく受け止める。
「P!手を抜くんじゃない!そんなことじゃ、こいつをお前に任せられないじゃないか!」
「ぴー!」
Pが陽子の方に戻りながら叫んだ。陽子は慌ててケースを出した。Pがケースを蹴飛ばすと赤い粒が跳び出し、飲み込んだ。すぐ後ろに迫る老人。振り向いたPの全身はルビーレッドになっていた。その口から吐き出された紅蓮の炎が老人を包み、灰だけが残った。Pが九郎の元に戻ろうとしたが、九郎は陽子を指差した。Pは陽子の肩にとまり、ぐったりとしている。
「優しく撫でてやってくれ」
陽子がPの頬の辺りを優しく撫でた。
「ぴぃ」
Pは嬉しそうに鳴いた。九郎の姿が消えていた。陽子は一歩一歩踏みしめながら歩き出した。

山中、木々に囲まれて対峙する九郎と七郎。七郎は長身で長いストレートの黒髪を後ろに結び、一重の鋭い目で九郎を睨みつけていた。
「お前のとこのじじいはPが灰にした」
「あの化け物鳥は疲れてお前を助けにこれないだろう。じいは役目を果たした」

「無駄死にだな。Pはあいつを守ることになった。あいつを放って俺を助けにくることはない」
「化け物同士ってのは薄情なものだな」
九郎は嘲笑うかのような笑みを浮かべて七郎を見ている。
「気持ちの悪い化け物野郎が。一族の秘密を漏らしたお前を掟にしたがって殺すことができて嬉しいよ」
「刺客のお前を殺せば、俺は許される」
七郎の顔が憤怒に彩られる。
「母上は化け物のお前を産んで死んだ。母上の腹を食い破ってあの化け物鳥が出てきた。お前たちが母上を殺したんだ。俺は絶対にお前を許さない。俺は母上の仇をうつ。お前を殺した後は、あの化け物鳥を殺してやる」
「八郎もそんなこと言ってたな」
「八郎…」
「あいつは自分が自由になりたくて、自分が守るべき姫を殺した。掟に従い、親父に指名された俺が殺した。それだけだ」
「八郎を殺したのか!許さん!許さん!許さん!お前をぶっ殺す!」
七郎が後ろに跳びながらボールを九郎の上に投げ上げ、小さな刃物を投げてボールを突き破る。ボールが弾けて、飛び散った液体が九郎に降りかかる。液体を振り払った手が泡立つ。
「ひーひひっひっひ。やっぱりな。固くできても人間の体。酸で溶けるんだ。お前の体を溶かして砕いてやるよ。この化け物め。自分の体が壊れていく恐怖に怯えろ!」
九郎の腕が剣に変わった。九郎が七郎に切りかかろうとした瞬間、七郎が後ろに跳びながら玉を投げつける。玉は九郎に当たり爆発した。爆発で飛ばされた九郎が木にぶつかり、木は悲鳴をあげて砕け散った。九郎は苦痛に顔を歪めながら立ち上がる。
「なんだ、なんだ。丈夫にできてるんだな、化け物ってのは。腕の一本ぐらいちぎれるかと思ったのによ。まぁ、いいさ。安心しな、今のは小手調べだ。もっと強いのをお見舞いしてやるよ。何じっとしてんだ。ほら、かかってこいよ」
九郎は肩で息をしながら七郎をじっと見ている。

愛のままに我がままに
作家:愛のままに我がままに
雛菊の剣(#1)/お前が笑っている時、俺も笑ってる
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