やわらかく、そして甘い。

「へーたいさんっ、へえたいさん!」
「へいへい、何ですか」

 男が“護衛対象”の部屋へ足を踏み入れた途端、あどけない歓声が、彼のごつい耳朶の奥へ飛び込んできた。

「あのね、おとぉさまがね、がいこくのおかしをくださったのっ」

 声の主は、彼の腰元へ張り付くようにして抱き着いてくる。腰まで伸びた艶やかな黒髪をもつ少女が、無邪気に笑っていた。色の白い、やわらかな身体が纏う優美な振袖が、機能性のみに固執した無粋な隊服に絡まる様は、どこか奇妙なおかしみがあった。

「しうくりいむというんですって。へーたいさんも、たべましょう!」
「いや、俺は仕事中ですから」

 舌足らずなあどけない申し出を、男はため息混じりに断った。男は、戦場ではそれなりに名の知られた傭兵であった。何の因果か、今はこのあどけない少女の護衛で日銭を稼いでいるのだが。
 そんな彼をへえたいさん、と呼ぶ少女は、男の返答に納得したのか――もしくは未知の菓子の魅力に堪えきれなかったのか――ふいと男から離れ、黒く長い髪をさらさら揺らしながら机の元へ駆け寄った。そして、その上の皿に置かれていた柔らかい瘤のような形をした狐色のものを両手に持ち、立ったまま、紅い小さな唇を精一杯あけてかぶりついた。
途端、彼女の手元からぐにゃりとクリームがはみ出る。恐らく目を見張るほど高価だと思われる振袖が、ぼとぼとと汚れていくのも構わず、少女は夢中になってもごもごとその小さな口の中に菓子を詰め込んでいった。
行儀も何もあったものじゃないその振る舞いを、男は呆れ顔で眺める。

(……この娘に必要なのは、護衛じゃなくて家庭教師じゃないかね)

 手にもっていた菓子を食べ終わり、未知の甘味に夢中になっていた少女が面を上げる。
胸中で“おとぉさま”に向かって自身の教育方針に口出しされているとは露とも思わず、自分の様子を眺めていた男にむかってにっこりと破顔した。

「へーたいさんっ、んむっ、これおいしいっ!」
「そーですかい」
「へーたいさん、たべなくてよかったの?」

 少女が真ん丸な瞳で武骨な男を見上げ、あどけなく首を傾げてくる。興奮で紅く上気したまろい頬を、白魚のような指を、紅く小さな唇を、白い粘度の高い甘い匂いで汚しながら。
……男の胸に、微かな嗜虐心が芽生える。
武骨な身体を折り、少女の前に両膝を付き姿勢を低くして、彼は彼女と向かい合う。大きな両手で優しくその細い肩を抱き、頬に顔を近付け、そして……その頬に、出来るだけ優しく舌を這わせた。

「くすぐったぁい」

彼の挙動を疑問に思う様子もなく、ぬるりと頬を舐められながら、少女がくすくすと微笑いながら身をよじる。男は、洋菓子特有の甘ったるい味越しに、少女の柔らかく微温い肌を舌に感じた。

「ご馳走さま」

本当はもっとを味わい気もしたが、一舐めだけで止めにした。力を込めてしまわないように細心の注意を払いながら、少女から身を離す。
男の挙動がよっぽど可笑しかったのか、少女は彼が身体を離した後もまだくすりくすりと無邪気に笑っていた。

「へえたいさん、いぬみたい」
「……はは、犬ですか」

 

 

夏川 いつき
やわらかく、そして甘い。
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