少女ふたり

これで説明は終わりです、と寮長が締めくくっている所で部屋の扉がばん!と開いた。
「灯(あかり)ちゃん」
振り向くと、制服のようなチェックのブレザーを着たツインテールの女の子が立っていた。赤色が好きなのか、服も髪を結ぶリボンも赤色だ。この学園に制服はないので、おそらく私服なのだろう。
「おっ、そいつが今日から入寮してきたやつか!」
「灯ちゃん、そいつだなんて失礼よ」
寮長がたしなめるが聞いていない。ツカツカと歩いて来るとはきはきと喋った。
「私は灯、1年生だ。よろしくな!」
えらく元気なお嬢さんである。
灯は寮長の方を見て言った。
「渚、寮則の説明終わったか?」
「終わったわ」
「じゃあ共同の場所の案内してやるよ!」
灯に腕を引っ張られ、俺は勢いに負けて立ち上がった。
「丁寧に案内するのよ」
少し不安そうな寮長に「分かってるって!」と返事をして灯はずんずん歩き出した。

「共 同の場所なんて狭いもんだくどさ」と言いながら灯が案内してくれたのは食堂と裏庭だった。どうやら認識の差があるらしく、食堂も裏庭もどう見ても広い。食 堂は机がゆったりした間隔で配置してあり、裏庭は目線の高さの植え込みで難易度の低い迷路のように入りくんでいた。どちらもまばらに人がいて、ジュースを 飲みながら談笑していたり、散歩していたりする。
「後はー、男子区域の入り口を知っとけば多分寮内で困ることはないと思うな」
と言って灯は踵を返した。どうやら玄関ロビーへ戻るらしい。
「なぁ、男子が女子の区域に入ったら罰則でもあるのか?」
何気ない疑問に灯はにっと笑って答えた。
「1ヶ月の外泊及び土日の外出禁止!なかなかきついぞ~、破るなよ?」
予想以上に厳格なようだ。
玄関ロビーまで戻ると左右を指差しながら灯は言った。
「寮監室の後ろにある廊下が女子区域の入り口、反対が男子区域の入り口だ。本当なら校舎も案内してやりたいけど、今日は荷物も片付けたいだろ?」
頷くと灯はまた歯を見せて笑って手を振った。
「私も部屋に帰るよ。じゃあな!」
男子区域の1階は風呂場や洗濯室、ゴミの回収所などになっていた。途中に階段があり、登ると長い廊下の真ん中に出た。左右に部屋のドアがずらっと並んでい て、ホテルのようだ。部屋の扉にはツル草が絡まったデザインの木のプレートがかかっており、部屋番号が記されている。貰った鍵には201と書いたタグ。左 手に行くほど数字が小さくなるようだったのでそちらへ向かった。
角部屋の自室の中には、木目調のベッドと勉強机、本棚、それから宅配で送ったダンボール箱が無造作に置かれている。壁紙とカーテンは白、水回りは全て共同なので部屋には洗面所もトイレもない。代わりに豊富な収納と、置こうと思えば応接セットくらいなら置ける広さがある。
俺はとりあえず荷ほどきに取りかかった。

荷物が少ないので片付けには手間取らなかった。部屋の体裁を整えてから、隣の部屋に挨拶に行った。
ノックをしてすぐに出てきたのは、茶髪の、少し背の低い男だった。
「あぁ、あんたが隣に入った人かー。初めまして、仁科です。同じクラスだからよろしくな
喋りながら頭のてっぺんから足元まであからさまな視線を這わせてくる。
「ちょうどいいや、一緒にご飯食べに行かない?」
ぶしつけだが、気さくな人柄のようだ。しかも同じクラスだなんてラッキーだ。断る理由もなく了承した。
夕飯時なので食堂はそこそこ人が入っていた。食券を買って食堂のおばちゃんに頼むシステムで、なんだかやっと高校生らしいその風景にほっとした。メニューもカレーやラーメン、和定食など意外と普通である。
空いているテーブルで食事をしながら、仁科が言った。
「今日、寮監室にいたの寮長だったよな?」
肯定するとくぁ~、と羨ましそうな声を出す。
「いいなぁ、俺も寮長と話ししてー。寮の案内とかもして貰った?」
「それは灯とか言う子が来てしてくれたよ」
「灯ちゃんにも会ったの?二人とも美人だろ~」
まぁ、うん、と曖昧に返事をしておく。
「あの二人が学校ん中のツートップだな。タイプは正反対だけど、仲いいみたいで良く一緒にいるよ」
そう言えば仲良さげに話していたな、と思い出す。
さっさと食べ終えると、仁科がそわそわし始めた。
「俺今から裏庭行こうと思うんだけど、お前どうする?」
「裏庭?」
そう言えば寮長が、裏庭を見ておくといいと言っていた。
「俺もちょっと見に行こうかな。」
「あ、そう?じゃあさっさと皿片付けて行こうぜ」
言うなりそそくさと立ち上がる。俺も仁科に続いた。
裏庭までは食堂からドア一枚で繋がっている。外は街灯が付いているものの薄暗い。きょろきょろしていると、仁科が「あ、いたいた」と近くにいた女の子に声をかけた。
「仁科くん、おそ~い」
「ごめんごめん」
どうやら待ち合わせをしていたらしい。
「仁科、もしかして彼女?」
「そー。てことで俺、行ってくるから」
余程彼女と二人になりたいらしく、紹介もせずに行ってしまった。仕方ないので一人でぶらぶらしてみることにする。
ところが。
一 周してみて気付いたのだが、ベンチや街灯の下にいるのは必ずカップルなのだ。一人でいるのは俺だけ。通りすがりに不思議そうにじろじろ見られたりする。昼 間に見たときはこんな風ではなかった。どうやら裏庭は、夜にはカップルがいちゃつく場所と化すらしい。寮長が冗談ぽく言っていた理由が分かった。
そうと分かれば一人でうろうろするのは悲しすぎる。俺はさっさと自分の部屋へ戻った。
11時頃、風呂も済ませ、することもなかった俺は雑誌を読んでいた。寮の中は防音がしっかりしているのか静かである。
ふとトイレに行きたくなって、何気なく部屋のドアを開けた。
すると。
「うわッ」
小さく悲鳴が聞こえ、ドアが開く途中で止まってしまう。
訝しく思って覗き込むと、ドアと廊下の突き当たりの間に顔を押さえた灯がいた。
「は!?一体何して……」
「シッ!でかい声出すな!」
「ご、ごめん」
思わず謝る。
「何してるの?」
「へへ、やぼ用で……」
言葉を途中で切り、灯が身を固くした。何部屋か向こうのドアが開いたのだ。幸いドアに遮られて灯は見えない。俺は不自然だと分かりながら、どうすることもできずドアを開いたまま立ち尽くした。
足音が階段を降りて行くのを確かめてから、俺は灯の腕を引っ張って自分の部屋に引き入れた。
「なっ、なんだよ!」
「それはこっちの台詞だ!」
思わず怒鳴ると灯が肩をすくめる。
「罰則があるって言ってたの、灯だろ!」
灯が舌を出してひひ、と笑った。
「ちょっと遊びでさ」
「遊び?」
「男子の寮室のプレートをくすねる、っていう遊び」
呆れた。
「もちろん後でちゃんと戻すよ」
灯は言い訳のように言うがそういう問題ではない。
「一体どこから入って来たんだ?」
「廊下の突き当たりに窓あるじゃん」
「でも2階だぞ」
「側に生えてる木に登った」
灯はけろりとしている。あまりにも普通の態度なのでちょっと意地悪をしてやりたくなった。
「俺、今から寮監に電話しようかな」
「なっ!言いつけるつもりか!?」
目に見えて灯が焦る。
「言わないでくれ、頼むっ!このとーり!」
手をあわせて拝む姿にぷっと吹き出してしまった。
「嘘、言わないよ。俺の部屋のプレート持ってっていいから、さっさと帰んな」
灯は分かりやすくほっとして見せた。
「お前イイやつだな!」
にこにこ笑う顔は少々幼いが、その分無邪気で見ようによってはかわいい。
俺はドアを開けて廊下に誰もいないのを確認してから、外に出してやった。灯はプレート片手に器用にするすると木を降り、ぶんぶんと手を振ってから帰って行った。
翌日、俺は仁科と一緒に登校した。転校先に知り合ったばかりとは言え友達がいるのは心強い。俺は始業前に職員室に行き、担任に連れられてクラスメイトとなった30人と引き合わされたが、その中に仁科の顔を見てほっとした。
仁科は面倒見が良いらしく、昼休みには案内も兼ねて校内の食堂に連れて行ってくれた。寮の食堂と同じく食券を買う仕組みだ。その列に並びながら仁科に聞く。
「いつもは一人で食べてるのか?」
「いや?普段は購買で買って教室で皆と食ってるよ」
「じゃあ明日からはそっちに混ぜて貰おうかな」
「おう」
快く了承してくれる。いい奴だ。
食券を買ってトレーを持ち、注文した品物を待っていると後ろからつんつんとつつかれた。
「よう」
「灯、奇遇だな。寮長も」
振り返ると片手を上げた灯と寮長がいた。寮長はにっこり笑って会釈してくれる。学年が違うのに一緒にご飯を食べるとは、二人は本当に仲がいいらしい。
灯が片手を口に添えて近づいて来たので、身を屈めて耳を近づける。
「昨日は世話になったな」
ひそひそ、と灯が喋る。
「もうやるなよ」
「うーん、約束はできない」
「何、随分仲いいね」
割り込んで来たのは仁科だ。
「友達?」
「そう、同じクラスの……」
「仁科でっす。灯ちゃん、寮長、よろしくね」
紹介するまでもなく仁科が自分で名乗ってしまう。その顔には下心アリとでかでかと書かれている。彼女持ちなのにいいのか、と思うが口には出さない。
「なぁなぁ、一緒に食べようぜ」
灯の提案に仁科が飛び付いた。
「いいね、いいね」
「ご迷惑ではないですか?」
控え目な寮長に仁科が大仰に首を振る。
「全っ然!な!?」
「ああ」
俺が頷いたのを見て寮長は、ならご一緒します、と微笑んだ。
4人で食べているとなかなか賑やかだった。寮長はあまり喋らないが、軽い仁科と元気な灯が話題を途切れさせない。
調子に乗った仁科が言った。
「なぁ、良かったらこれからも一緒にご飯食べない?」
さっきの約束はどうした、と突っ込みたいが同じ男として気持ちは分かるので口には出さない。
「いーぜー。明日から食堂の入り口で待ち合わせな!」
気の早いことを言う灯の隣で寮長も笑っている。
どうやら毎日、昼食を一緒に食べることになりそうだ。
高谷実里
作家:高谷実里
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