他の二人の先生は社長に「素晴らしい」だの「立派です」だの「教師の鑑です」だのと賛辞を三時以降も並べ立てていらっしゃった。勿論もう既に夕方の四時を回っていたんだ。
僕はその間、黙って大人しくしていた。心には新たに芽生えた期待感を抱きながら。
十分ほどでパット先生は書類を作り、僕に補習通知を、アビゲイル先生には委任状を渡され、僕にはもう遅いから帰りなさいと言って夕日の当たる、禿げ頭の様に輝く校舎を追い出された。
帰り際にアビゲイル先生は成績表を返しながら、僕にウインクしたんだけど、いるかいないか分からないその彼女にしてあげれば、と思いつつ家に向かった。
僕は自宅に向かって僕の自尊心より短い足を繰り返し右左と踏み出して、お隣のアリシアの家の玄関まで辿り着いた。
「ふ~っ、アリシアには社長との事をどう説明しようかな?」なんて独り言をこぼしていると、アリシアの家の玄関から何やらエッチじゃなかった、立派なでもないな、ちっぽけな鳥の様な生き物がこちらに向かって飛んで来るのが見えた。ちょっと説明が必要だよね。このちっぽけな鳥みたいな生き物ってのが、この世界では魔道生命体として存在しているホムンクルスって呼ばれる生き物なんだ。魔法の力で生き物を生み出すなんて凄いよね。男の人が生み出すと男の人がお母さんなのかな?「俺、ママだぜ。」って世界かな?
「おい、小僧!何ヘラヘラした顔してんだよ。アリシアがお前の帰りを今か今かと待ってるんだぜ。」とのっけからお叱りのご様子だ。このホムンクルスの名前がココって言うんだけど、彼なのか彼女なのかは定かではないんだ。かなりご高齢なのは確かなんだよね。アリシアの家のかなり前の祖先の方が生み出されたと教えてもらった記憶が、幼き頃に夢を見ながら布団に宝の地図を描いた記憶とお手手つないでスキップしている感じだからね。
「やあココ、ちょっと遅くなっちゃった。その訳もアリシアには話しておきたいんだけどね。今彼女と話せるかな?ね~彼女~お茶でもしない~っ。って言っているって伝えてよ。」
「だからアリシアはお前を待っているって言ってっだろ。彼女は自分の部屋にいるから無駄口を叩いてないで、さっさと会いに行けよ。」とココ。
「は~い、お邪魔しちゃいま~す。」と言ってアリシアの部屋に向かった。
重厚な造りの扉や細密な彫刻が施された窓枠や石柱などを見ても、アリシアの家も由緒ある家なのだと再確認させられながら、通いなれた廊下を、どこにいるのか?ココにいるのか?って冗談を言いながら、ココと連れ立ってアリシアの部屋の扉の前までやってきた。
しかし、先程のアビゲイル先生との秘密を全て話しても良いものか、と正直疑問符が頭の中を散歩しだして、疑問符が一匹、疑問符が二匹、疑問符が三匹……なんて数えだしたくなる感じでしばらく考え込んでいると、既に扉は開け放たれていて、アリシアが普段かけている片メガネを右目に架け替えていた。と言う事は今僕が考えていた事がアリシアには筒抜けだったって事なんだよね。
そうなんだよ。アリシアの右眼は確かにセクシーではあるんだけど、それだけじゃなくて魔法の眼ってやつでね。つまり千里眼って言うのと読心術などもこなしちゃうすごい眼なんだ。ただし、アリシアはまだ成長期の段階なので増幅器として片メガネが必要なんだよね。それに彼女の左目は僕の見せびらかし専用の成績表を見る僕の眼と同じ普通の眼なんだ。右眼が特殊なんだよね。また今度その事について書くつもりにしているけど、今はそれどころじゃないんだ。アリシアが秘密の匂いを嗅ぎつけて、男性アイドルに群がるおねいさんよろしく、僕に飛び掛らんばかりの様相を呈しているんだよね。
「やあ、お待たせしちゃったみたいだねアリシア、へへへっ。」
「今疑問符の数を数えている時じゃないと思うけどね。さて、その秘密とやらを聞かせてもらうとしましょうかね。ウィズがこの私との間に秘密にするほどの事ってなんだか興味深いわ。親友の私にも話せない程の秘密なわけ?」
「えっ、いや、あの、その、だから、それで、なので、なのさ。」
「何がなのさ、なのよ!」とご立腹のアリシア。
「私が右眼に片メガネをかけていても全てが読めるわけじゃないのよ。なのさでは解らないわ。ほんとに私にも話せない秘密なわけ?」
「う~ん、ほんとにエムレスト山の重さくらいの超重量級の秘密みたいなんだよね。」
「それなら尚更聞き出さなきゃね。」なんてウインクしてくるんだけど、千里眼と読心術の他に魅了の技まで会得したのかな?なんて思っちゃった。
まあ、アリシアは信頼できる人だし大丈夫だからと思い、アビゲイル社長?との秘密の会話を話すことにしたんだけど、ココに聞かれたくないからその事を考えると、アリシアはココをここから追い出してくれた。ココは「え~っ」って言っていたけどね。隣町の畑からイチゴを摘んでくるようにって頼んで。
そしてアビゲイル先生の申し出を受けた経緯をアリシアに話し出した。