そして、次の
日。知人に暇な時に倉庫に来てほしいと頼んで、いつも通り仕事にやってきた。ちなみに件の知人は、今日は用事があるので明日行くと言っていたが、気まぐれ
な人なので本当に来るかはどうかわからない。
いつも通りに倉庫の扉を開けて、ナデシコの電源を入れる。それから、ついでに奥のほうのヤマトの機体のところ
まで行って電源を入れてみる。二台をフル稼働させたら電気代が恐ろしいことになるが、きっと数十分ぐらいなら大丈夫だろう。知人に見せるのだから一応、ヤ
マトの中身にどのような情報が入っているのか見ようと思ったのだ。あと、ナデシコと少しでもいいから話してほしかったというのもある。だから、電源を入れ
たのだが、ヤマトは起動しなかった。何度か電源ボタンを押して、機体の周りをぐるりと回っておかしなことがないか見てみたが、特におかしなことはなかっ
た。昨日と変わった様子はなく、最後にもう一度電源ボタンを押したが、結局ヤマトは起動しなかった。
「五年って言ったのに、もう止まってやがる」
起動しないヤマトを見てオレはそんな言葉を零す。すると、その言葉を聞いてナデシコが声を発した。
「しょうがないことです。寿命なのですから」
彼女は実にあっさりとした口調でそう告げた。オレはそんな彼女に寂しくないのかと問いかけようとしてやめて、別のことを問いかけた。
「なぁ、空しくねぇの?」
問いかけに彼女は少しだけ間をおいて答えた。それはいつも即答する彼女にしては珍しいことだ。
「空しい? どうしてでしょう」
告げられていることの意味がよくわからないというような返答に、オレはこんな会話ヤマトともしたなと思いながら言葉を重ねる。
「人なんかのためにあくせく働かされてさ、礼の一言も言われずに止まっちまうことが」
拗ねたような声でそう告げるとまた間をおいてナデシコが返答する。
「カガリは優しいですね」
少
しだけ、いつもより優しげに聞こえる声がそう告げる。オレはその言葉が嬉しかったけれど、急に褒められて何だか変な気分になった。さっきの言葉に褒められ
るところは何もない。それどころか大人が聞いたらたしなめるような言葉だ。だが、ナデシコはそんなことをせず、ただオレが優しいと告げた。しかし、何故こ
のようなことを言われたのか俺にはわからない。だから、先ほどの拗ねを引きずって拗ねた子供のような口調で告げる。
「なんだよそれ。話繋がってないから」
わけわかんないと小さな子供のように告げれば、ナデシコが声を発する。告げられる言葉はてっきり謝罪の言葉かと思ったが、違うものだった。
「ヤマトの死を悲しんでくださっているのですね。けれど、私もヤマトも人に尽くすことを空しいと思ったことはありません」
淡々
とした声で少し前のオレの疑問に答えるナデシコは、ヤマトと似たようなことを告げた。彼と似たような諦めが言葉の端々から感じられる声を発するナデシコは
空しいと思ったことはないと言い切った。オレはそのことに怒りを感じる。空しくないわけがないのだ。こき使われるだけこき使われ、要らなくなったら捨てら
れる。こんなほこりっぽい雑然とした倉庫に放置されて、何もすることがない。そんな風な状況なのに空しくないわけがない。彼女の言葉にそう考えたら腹の
底からふつふつと誰に向けたらいいのかわからない怒りがわいてきて、思わずその怒りが言葉になった。
「だからなんでだよ! 空しいじゃん! そういうの! 誰にも労わられないし辛いだけじゃん!」
叫ぶように告げて白い機体を睨みつける。けれど、睨みつけてもこちらの怒りは伝わらないのか相も変わらず淡々と声を発する。
「そんなことはないですよ。カガリがちゃんと私たちを労わって心配してくださったじゃないですか」
告げられる言葉に声を失った。まさかそんなことを言われるとは思わなかった。声を失うこちらを気にせず、ナデシコは言葉を連ねていく。
「いつだって、私やヤマトには労わってくれる誰かが傍に居ました。ですから、人の役に立つことを空しいとそう思ったことはありません」
言い切る彼女は妙に誇らしげであるように感じられた。だから、オレはこれ以上何も言う気に慣れなくて口を閉ざした。けれど、そんなオレの気分も知らずに相手は話を続ける。
「今日は、どうしますか? 先に休憩をしてしまいましょうか」
告げられる言葉にまだ何もしてないじゃないかと思いつつ、その申し出を素直に受ける。
「うん。今日は何?」
尋
ねながら、オレは今日彼女が用意してくれたお茶菓子を探す。すると、いつもの段ボール箱の上にペットボトルと紙袋を見つけた。今日もきっと変わらず、紅茶
とクッキーというラインナップなんだろうなと思いながらナデシコの前に戻ってくると彼女はこちらの問いかけにいつも通り淡々と答える。
「今日は特別仕様です。ヤマトの好きだったオレンジジュースとマカロンですよ」
彼女の言葉に驚く。だって、ヤマトは機械で食べ物を食べられない。なのに、なんで好物があるんだ。そんなことを考えながらそのことを指摘すると彼女はこんなことを告げた。
「色合いが好きだといっていました」
ほんの少しだけ昔を懐かしむような声に、また胸が痛くなる。だから、オレはそんな彼女の感傷に気が付かないふりをしてこう告げた。
「食ったら始める」
「はい」
こちらの言葉に返事をしてナデシコは沈黙した。オレはその声を聴いてから、珍しくいただきますと告げて紙袋の中のマカロンを口に運んだ。マカロンは妙に甘ったるい味がしたが、悪くない味だった。