「まぁ、それはともかく、ナデシコはどうですか? お仕事ちゃんとしてますか?」
「してるよ」
無理やりに話を変えた彼は、ナデシコのことを尋ねてくる。尋ねに短い言葉を返す。兄弟機体だからか、ヤマトもナデシコも妙にお互いのことを心配する。もしかしたら、親愛のようなものをお互いに感じているのかもしれない。
「寂しがったりしてませんか」
「わかるわけないだろ、そんなの」
続けられる言葉にわからないと答える。大体、二人とも抑揚のない声をしているのに寂しがっているかどうかなんてわかるわけがない。しかし、わからないと答えると明らかに呆れたような声が上から降ってきた。
「甲斐性なしですね、篝火くんは」
「五月蠅いっての!」
馬
鹿にするような声に大声で反論すれば、相手が沈黙する。その沈黙はじわじわとオレを責めてくる。けれど、オレが叫んだのはしょうがないことだと自分を正当
化する。だって、誰だってあんなこと言われたら、叫ぶように反論したくなるだろう。でも、なんだか自分が悪いような気もしてきた。もうちょっと優しい言い
方もあったかもしれない。沈黙の中で悶々とそう考えて一人反省会を脳内でしていると相手によって沈黙が破られた。
「僕が停止したらナデシコは一人になってしまいますから。できれば、一緒に止まれれば寂しくなんかならなかったんですけど」
何事もなかったように話し始めるヤマトに拍子抜けしながら、オレは今更ながらの問いかけをした。
「なぁ、機械も寂しくなんの?」
すると、こちらの問いかけに素早く答えが返ってくる。その素早さにはいつも感服する。まぁ、機械だから返答が早いのは当たり前なのだが。
「一応、そのようなプログラムをつけられています。昔の人は、案外感傷的で擬人化好きだったんですよ。ですから、僕のフォルムもほら、どこか人間的」
少しおどけたように告げられる言葉に眉をひそめつつ、心の中でじゃあさっき沈黙したのはやっぱり傷ついたからなのかもと考える。謝った方がいいかもしれない。口を開きながらそう考える。けれど、そんなオレの口からは謝罪の言葉が発せられなかった。
「どこが人間的かわかんねぇよ」
「わからないなんてセンスないですね」
「五月蠅いよ」
代
わりに嫌みのような言葉が発せられる。謝らなくてはいけなかったのに、オレはその機会を自分で潰してしまった。代わりに告げられた言葉にヤマトは呆れたよ
うな馬鹿にしたような声を返してきて、オレはその言葉にもう三度目になる言葉を静かに返した。しかし、そんな返答を無視してヤマトは話を進めていく。
「それはともかく、あとのことは君にお願いしますね。きっと君の方が先に死んでしまうでしょうけど、それまではナデシコを可愛がってください」
告
げられる言葉に遺言めいたものを感じて、苦しくなった。なんでそんなこと言うんだよ、という思いが胸に広がる。
直してもらえばいいじゃん。
お前が傍にいて
やればいいじゃん。
そんな言葉が思い浮かんだのに、唇はその言葉を発してくれない。代わりに、迷子の子供のような心細そうな声が唇から零れ出た。
「やめろよ、そういうの」
「どうしてですか」
少し震える声でそう告げると疑問の声が返ってくる。こういう返答をされると、やっぱりこいつも機械なのだということが再認識できてオレとしては有難かった。ヤマトの問いかけに少し考えてから、オレは返事をした。
「だって、ナデシコが一緒にいたい相手はオレじゃない」
「そうですか」
けれど、言葉を選んで告げた言葉に相手はそっけない声を返してきた。それはいつもの合成音声独特の味気ないものだったけれど、オレにはなぜか寂しげに聞こえた。だから、オレは余計なことだと思いながらついついこんな言葉を口にした。
「なぁ、お前はもう治らないのかな?」
「はい、直りません」
しかし、問いかけには素早い返答がなされる。しんみりとした空気とか、場の暗い雰囲気や会話の間など気にしない素早い返答に少し辟易した。
「即答かよ」
相手の声に脱力した声でそう告げれば、相手から肯定の声が返ってくる。
「はい。昔に損傷を受けました。けれど、その損傷は僕の誇りです」
「誇り?」
肯定の声から続けられる言葉は、よくわからないものでオレは思わず相手に聞き返した。損傷が誇りというのはいったいどういうことなのだろう。こちらがそう
思って問いかけると素早く答えが返ってきた。それは、変わらない抑揚のない声なのだが、それは少し誇らしげであるようにオレには聞こえた。
「はい。人を守った証の名誉の負傷です」
言
い切られる言葉に瞳を瞬かせる。告げられる言葉に少し驚いて、返答を忘れたのだ。
旧世代や今の世代の機械だって、そんなことは言わない。自分は使われる道
具であるのが当たり前で、生きるも死ぬも人間次第で、人間を守ることは当たり前だから誇りにも思わない。仕事だからただ淡々とこなす。それがオレの知って
いる情報兵器というものだった。
なのに、目の前にいるヤマトは人を守った証が誇りだという。どこまで、彼は人間らしいのだろう。痛々しい機体を見ながらそ
う思い、胸が張り裂けそうだった。
だって、誰も、オレも知らないのだ。彼が誇りと思った名誉の負傷を、どのように彼が負ったのか、知らない。もちろん、ヤ
マトはオレが尋ねればいくらでもどのようなことが怒って自分がこうなったか答えてくれるだろう。だが、オレにはそれを聞く勇気も度胸もなかった。常日頃か
らオレは弱虫で意気地なしだったから、ヤマトの口から聞かされる言葉がどのようなものであれ、怖かったのだ。だから、彼に起こった出来事を深く聞かず、自
分がその言葉を聞いて感じたことを素直に口にする。
「でも、そんなこと誰も覚えてないじゃん」
拗ねるような声でそう告げた。多分、オレは
こんな風に告げて相手自分の過去を話してくれるように仕向けたかったのだと思う。だけど、相手は機械でヤマトは人の些細な機微を読み取ることが出来るほど
高性能ではないからこちらがそんな風に告げても自分の過去を話そうとなどしなかった。オレの言葉を否定して、涼しげな声でヤマトは告げる。
「いいえ、僕は覚えています。だから、僕はこの傷と一緒に眠るのです」
あっさりと告げられる言葉に胸が痛い。泣きそうになる。だけど、何とか涙をこらえてこう告げた。これだけは言わなくてはいけなかったからだ。
「ナデシコを残してでもかよ」
彼
がいなくなったらナデシコは正真正銘の一人だ。いや、彼女は機械だから一人というのはおかしいかもしれないけれど。だけど、そういう感傷や感情のプログラ
ムがあるのなら、一人になってきっと寂しいと彼女も思うはずだ。だから、そんな風に壊れることが前提の言葉を告げてほしくなかった。なのに、相手はこちら
の新庄になんか気づきもせずに淡々とした喋りを続けていく。
「はい。それに、ナデシコは君にいつかきっと必要になるでしょう。その時はどうかよろしくお願いします」
頷
いて彼女を一人残すことに微塵も罪悪を感じていない態度に少し苛ついた。それから、続けられる言葉がまた人のための言葉であってそれにも苛つく。こんな時
ぐらい、嘘でもいいから人のことを忘れて自分のことやナデシコのことを考えてほしい。オレはそう思ったのに、その言葉は声にならない。だって、そうやって
告げたところで返ってくる言葉はわかりきっている。人に作られた機械は、人のことを第一に考える。それが、彼らの中での常識なのだ。
「わけわかんないっての」
だ
から、オレは相手の言葉の意味がわからないとだけ口にした。本当にオレはヤマトの事がよくわからなかった。人間性が感じられる言動をするのに自分が全壊寸
前の状態になっても人を信じていて、人を恨まないでいる。そして、それでも人の心配をしている。そんな彼のことが全くと言っていいほどオレには理解できな
かった。
「いずれわかる時が来ますよ」
分からないと告げた言葉に諭すようにそう告げて、ヤマトはそれ以上そのことについて何も言わなかっ
た。また、沈黙が場にやってくる。ナデシコはそんなに沈黙を作らないのにヤマトのほうはやたら沈黙を作る。もしかしたら、壊れかけだからこちらの言葉を理
解する速度が不規則なのかもしれない。今更ながらにオレはそう考えた。
明日、機械修理の得意な知人をここに連れてきてヤマトの機体を見て貰おうか。
そう思
いながら、急に止まった会話を今度は自分から再開させる。
「ていうかさ、お前はナデシコが好きなんじゃないの?」
「好きですよ」
問いかけに即答。
当たり前のことのように告げられる言葉に自分のことではないのに赤面しながら、問いかける。
「ならなんで、死ぬんだよ」
そう、彼女が好きならば、彼女を悲しませたくないと思うのが普通で。でも、その普通は人であるオレの普通らしくて、ヤマトはオレの言葉の意味がわからないというような言葉を口にした。
「好きと死ぬことはイコールにはならないと思うのですが」
ヤマトの言葉に一瞬なんて答えていいのかわからなかったが、何とか言いたいことをまとめて口にした。
「オレが言いたいのはナデシコが好きなら死んじゃうのはあいつを悲しませることだからやめようって思わないのかってこと!」
叫ぶような声で告げ、オレは相手の反応を待つ。すると、やや間を取ってから相手が答えた。どうやらこちらの言いたいことが伝わったらしい。
「そういうことですか」
納得したような言葉を相手が紡いだのを聞いてオレは少し嬉しくなった。だが、続いた言葉にその嬉しさはあっという間にかき消されてしまう。
「僕はそう思いません」
「なんで!」
分かってもらえたと思ったので余計に、どうして同じ意見にならないのかというもどかしさが胸をついて悲鳴のような声をあげてしまった。だが、そんな感情の高ぶりに任せた言葉をヤマトは咎めず、淡々と自分の意見だけを口にする。
「僕は、後悔しないように生きてきましたよ。ですから、僕が死ぬこと、停止することを悲しいとは思いません。ナデシコもきっとそれは同じでしょう。だから、自分の死を悲しいと思わなければ、他の機体の死を悲しいとも思いません」
「なんだよそれ」
寒
気すらするくらいの淡々とした声にそれしか言えない。でも、悲しくないのはお前だけでもしかしたらナデシコが悲しいかもしれない。寂しいかもしれない。な
のに、どうしてこいつは自分基準の判断しかできないんだ。そう思ったら、胸が痛くて、悲しくなって瞳から涙がこぼれた。すると、それを察知したかのように
ヤマトが告げる。
「だから、僕が死んでも悲しむ必要ありません。下っ端の涙は、同じ下っ端のために取っておくべきなのです」
少しだけ、ほんの少しだけ、優しく告げられる言葉は妙にオレの胸に染み入った。だけど、告げられる言葉がやはり嫌味すぎてオレは零れる涙を自分の袖口で拭ってこう告げた。
「オレ、お前嫌いだ」
「おやおや、僕は君が好きですよ」
す
ると、ヤマトは平然とした様子でそう告げる。なんて嫌味なやつなんだ。オレはそう思いながら、仕事が終わる六時まで彼とくだらない話をした。
そして、次の
日。知人に暇な時に倉庫に来てほしいと頼んで、いつも通り仕事にやってきた。ちなみに件の知人は、今日は用事があるので明日行くと言っていたが、気まぐれ
な人なので本当に来るかはどうかわからない。
いつも通りに倉庫の扉を開けて、ナデシコの電源を入れる。それから、ついでに奥のほうのヤマトの機体のところ
まで行って電源を入れてみる。二台をフル稼働させたら電気代が恐ろしいことになるが、きっと数十分ぐらいなら大丈夫だろう。知人に見せるのだから一応、ヤ
マトの中身にどのような情報が入っているのか見ようと思ったのだ。あと、ナデシコと少しでもいいから話してほしかったというのもある。だから、電源を入れ
たのだが、ヤマトは起動しなかった。何度か電源ボタンを押して、機体の周りをぐるりと回っておかしなことがないか見てみたが、特におかしなことはなかっ
た。昨日と変わった様子はなく、最後にもう一度電源ボタンを押したが、結局ヤマトは起動しなかった。
「五年って言ったのに、もう止まってやがる」
起動しないヤマトを見てオレはそんな言葉を零す。すると、その言葉を聞いてナデシコが声を発した。
「しょうがないことです。寿命なのですから」
彼女は実にあっさりとした口調でそう告げた。オレはそんな彼女に寂しくないのかと問いかけようとしてやめて、別のことを問いかけた。
「なぁ、空しくねぇの?」
問いかけに彼女は少しだけ間をおいて答えた。それはいつも即答する彼女にしては珍しいことだ。
「空しい? どうしてでしょう」
告げられていることの意味がよくわからないというような返答に、オレはこんな会話ヤマトともしたなと思いながら言葉を重ねる。
「人なんかのためにあくせく働かされてさ、礼の一言も言われずに止まっちまうことが」
拗ねたような声でそう告げるとまた間をおいてナデシコが返答する。
「カガリは優しいですね」
少
しだけ、いつもより優しげに聞こえる声がそう告げる。オレはその言葉が嬉しかったけれど、急に褒められて何だか変な気分になった。さっきの言葉に褒められ
るところは何もない。それどころか大人が聞いたらたしなめるような言葉だ。だが、ナデシコはそんなことをせず、ただオレが優しいと告げた。しかし、何故こ
のようなことを言われたのか俺にはわからない。だから、先ほどの拗ねを引きずって拗ねた子供のような口調で告げる。
「なんだよそれ。話繋がってないから」
わけわかんないと小さな子供のように告げれば、ナデシコが声を発する。告げられる言葉はてっきり謝罪の言葉かと思ったが、違うものだった。
「ヤマトの死を悲しんでくださっているのですね。けれど、私もヤマトも人に尽くすことを空しいと思ったことはありません」
淡々
とした声で少し前のオレの疑問に答えるナデシコは、ヤマトと似たようなことを告げた。彼と似たような諦めが言葉の端々から感じられる声を発するナデシコは
空しいと思ったことはないと言い切った。オレはそのことに怒りを感じる。空しくないわけがないのだ。こき使われるだけこき使われ、要らなくなったら捨てら
れる。こんなほこりっぽい雑然とした倉庫に放置されて、何もすることがない。そんな風な状況なのに空しくないわけがない。彼女の言葉にそう考えたら腹の
底からふつふつと誰に向けたらいいのかわからない怒りがわいてきて、思わずその怒りが言葉になった。
「だからなんでだよ! 空しいじゃん! そういうの! 誰にも労わられないし辛いだけじゃん!」
叫ぶように告げて白い機体を睨みつける。けれど、睨みつけてもこちらの怒りは伝わらないのか相も変わらず淡々と声を発する。
「そんなことはないですよ。カガリがちゃんと私たちを労わって心配してくださったじゃないですか」
告げられる言葉に声を失った。まさかそんなことを言われるとは思わなかった。声を失うこちらを気にせず、ナデシコは言葉を連ねていく。
「いつだって、私やヤマトには労わってくれる誰かが傍に居ました。ですから、人の役に立つことを空しいとそう思ったことはありません」
言い切る彼女は妙に誇らしげであるように感じられた。だから、オレはこれ以上何も言う気に慣れなくて口を閉ざした。けれど、そんなオレの気分も知らずに相手は話を続ける。
「今日は、どうしますか? 先に休憩をしてしまいましょうか」
告げられる言葉にまだ何もしてないじゃないかと思いつつ、その申し出を素直に受ける。
「うん。今日は何?」
尋
ねながら、オレは今日彼女が用意してくれたお茶菓子を探す。すると、いつもの段ボール箱の上にペットボトルと紙袋を見つけた。今日もきっと変わらず、紅茶
とクッキーというラインナップなんだろうなと思いながらナデシコの前に戻ってくると彼女はこちらの問いかけにいつも通り淡々と答える。
「今日は特別仕様です。ヤマトの好きだったオレンジジュースとマカロンですよ」
彼女の言葉に驚く。だって、ヤマトは機械で食べ物を食べられない。なのに、なんで好物があるんだ。そんなことを考えながらそのことを指摘すると彼女はこんなことを告げた。
「色合いが好きだといっていました」
ほんの少しだけ昔を懐かしむような声に、また胸が痛くなる。だから、オレはそんな彼女の感傷に気が付かないふりをしてこう告げた。
「食ったら始める」
「はい」
こちらの言葉に返事をしてナデシコは沈黙した。オレはその声を聴いてから、珍しくいただきますと告げて紙袋の中のマカロンを口に運んだ。マカロンは妙に甘ったるい味がしたが、悪くない味だった。