あっしのヨタ話

その1 あっしの理想世界( 1 / 1 )


 村岡何とかという主婦にして作家、しかも九州訛りのオーラある、その面長の顔まで魅力的な
女性がいるのだが、信じられないヨナ、

そこらの街角に住んでいて、買い物とかしながら創作活動家でもある。
 
 才能があるから亭主である夫と楽しく生活してるのか。
普通に主婦も母もしているようだ。
そのことを書いたり、講演などしておいしいものを食っている。これは例外としよう。

 何しろうちの奥さんは最近機嫌が悪い。
こんなことでじたばたしてるってのは、あっしの脳神経がまだまだ進化の途上にある証拠だ。

かの村岡某女史はパートナーとの力関係をどう制御しているのか?
というところからあっしの脳細胞が暴走し始めた。
 

 二十一世紀になると、人類社会はおおむね大改善を終えた。貨幣廃止と国境廃止である。
これが可能になったのは、無尽蔵の太陽エネルギー使用技術が成功したためである。

尤もこれを開発した会社と研究者が人道をまともに照らす倫理観をもち、理性を持っていたのも幸いした。

 その結果はこうだ。植物動物どちらの種であれ、椅子を作る材料であれ、コンピューターやビルを作る特殊な金属であれ、医療技術的機械であれ、
人間の必要とするものを生産するのに必要なエネルギーが無料になった。
根本的に。

 物資の素材はどうせ循環するのである。循環させるエネルギーも無料と来た。
人々の手は必要だ。働きは欠かせない。

 労働の代償を求める?
 どうぞどうぞ、消耗品倉庫、つまり巨大モールであるが、ありとあらゆる好みと健康を顧慮した物資が並んでいる。
人々はたまたま気の向いた食べ物を、服、宝石、等々持ち帰る。
長年使用してもいいし、戻して物資循環の輪にいれてもいい。
他人よりえらくなろう、多く持とうという考えがみんなから失せていく。
 
 労働は各人に向き向きである。一日五時間を限度としている。
 
 国という境界が廃止されたのはそれがおのずと意味をなさなくなったからだ。学問好きなら学問を、機械が好きなら、歌が好きならそれを活動とする場所がある。

これは社会全体のために好きなことをして役に立つ、という意識からなす活動である。走るのが好きなら、
自動車の代わりに走って宅配などしてもいい。


 役人になって人々を管理したいと思ってもいいが、調整役である。たくさんのNPO法人や個人のボランティアに仕事を配分することは出来る。つまり社会で何が必要かという情報をまとめて、配分する。 
 
 配分したからといって誰かが特にいい思いをするわけでもない。生きるのに必要なものはそこにある。
 みんなは利己的になる理由が無い、では代わりに、とんでもない怠け者となり、だれが仕事などするか、と考えるかというとそれがそうはならない。

 人間の心理の不思議さには最初誰もが驚いたものだ。
せめて人並みに、いや他人より一歩でも前を行きたい、と思うのが人の性だった。

しかし他人に先走ったとてそれはきりがなく空しいとあの哲学者プラス心理学者グループもすでに余りにも明らかにしている。

 人の行動欲や充実感は脳にとって何にも勝るご褒美なのだ。みんな喜んで人手の足らないところを助けに行き、技術や芸術や学問の向上に無心に、雑念なく、見返りを考えずに、あるいは事柄そのものへの興味から、あるいは博愛心から、自ら進んで日に五時間の労働をした。


 病気の予防策が進み、また病気そのものも根本的に克服されていたが、介護が必要なこともあると誰かがそこへ行った。

 ある意味職業もなくなったのだが、次々とやりたいこと極めたいことが見つかるのだ。退屈な仕事はロ
ボットの出番である。
 尤もたとえば掃除でも草取りでもごみ収集でも、パソコンのデータ打ち込みでも、これまでは底辺の仕事とされていたのに、自由に選択してよいとなると、そこに改善の喜び、成果のあがる充実感を覚えることが出来たりするから、人間ってのは面白いものである。
 
 ある時期には確かに、脳の喜びを知らぬもの、考えの狭いものもいた。しかし彼らの脳は発達がまだ不全だったのだ。
 適切な話し合いが行われ、医療技術が施されるようになった。不完全という彼らの損になる点が改善されたのだ。


 全能の神にお見せして恬として恥じることの無い、神の子としての目的達成の観がある。

 前世紀のSF小説では、技術の進歩イコール完璧な管理社会、ロボットの反乱、というのが筋書きだったものだ。原初の人間の姿が最終的には保存するべきものであった。

しかし、
作家や映画プロデューサーやゲーム製作者がそんなことをしている間に、原初人間の野蛮なエネルギーはほとんど地球を壊滅状態にしたのではなかったか。

 人間の情緒の安定、種の存続、という大切な生物学的意味から個人生活をいかに運営するか、これには最後まで決定案が出来なかった。
人間以外の動物をみると多種多様な繁殖形態を示している。

 そこで、心身健全な成熟を待ったうえで、クローニングは不可、ドラッグはご法度、ポルノはあり、ヘテロホモ選択可、性と姓の自由化、同居別居選択可、多夫多妻まで可、サドマゾ小児性愛死体愛絶対不可という条件であとは自由に任せてみることになったのだ。

 それが現在である。結婚制度は要するに永遠に愛しケアしあうことを誓い合いたいという人々の選んでいい形態である。
 何しろお金が絡んでこないのですべてがシンプルだ。

 勿論、たとえば別れるときにこれまでの住居なりが趣味的にとても気に入っているとして、誰が住み続けるかでもめることはある。相談員もいる。

 しかし結局さっさと調停が済んでしまうのは、親が健全であって、当事者の夫婦が健全に育てられたからである。
 健全とは何かといえば、端的に、子供のときに正しく愛を受けたということである。自分以外の生物や事物に依存しないで生きられる、ということである。

 生物学的に社会的に人類にはやはり最初の段階での、親子の信頼関係は欠かせない。基礎であ〜る。
 

  てなことを、あっしは夢想していた。まるで聴衆の前で説いてみせるかのような口調をとって。
 浮き浮きするなあ、も。

てナことになってたら、あっしはどうするだろうか。どうしよう?

その2 あっしら夫婦の基礎( 1 / 1 )

 
  うちの生活形態は、ずっと二人で、という約束の協同生活、つまり現代の語彙でいう婚姻。
ヘテロ、あるいはストレート、だろうね、多分。


 二人の労働時間は未来の先取りかな、それぞれ週三日。
あっしは塾講師ね。数学だよ。

好きなことだから、才能があまり無かったのは残念だが、まあ現状では仕方ない。

 同居人はやたら理系の女子、パソコンをいじってあれこれ重宝がられている。今時パソコン頭の人にはホント仕事がポンポン来る。

彼女が言うに、一心同体、ツーカー、かつ感覚的にも奴を、つまりパソコンの中にいる「理屈」だけど、そいつの一挙手一投足がわかるんだそうだ。あまり無理させると可哀想にもなるのだそうだ。


 それはいい。問題はお金だ。あっしの年収はまあ二百万円ほどである。彼女の年収はその五倍か、六倍近い。
同じ時間だけ労働してだぜ。
まあそれもそうだろう、市場社会だから労働同一賃金とはいかない。

 あっしだって時間当たりでは大分いいほうだ。
それに、生活費は事実上彼女の稼ぎを主に使っている。かなり放恣に使ってるかな。
髪結いの亭主、なんて羨ましがられる。
 全然お金に問題は無いじゃないか。

 そうなんだ、問題は稼ぐ金の多寡が二人の力関係に係わってくるってことだ。
 労働時間はむしろあっしのほうがやや長い、試験の採点なんかの時間もあるからね。

 彼女の寝起きがやや悪い。ぼんやりしている時間が長いので、あっしが朝食をこさえるようになった。冷蔵庫からちょちょいと出して並べる間に、コーヒーはいい匂いをたてるわけだし。

 アリガト、とか口の中で言って彼女が手を出す。

 関係をもった最初の頃は、一緒に台所でうろうろして甘い雰囲気で一緒にこさえたものだ。
そのまま家事の仕事の分担が次第に固定してくると、悪そうにごめん、ありがとうね、なんて言ってくれた。昔のことだ。

 仕事が終わると、彼女は趣味の小説書きを始める。理系のくせに文章も気軽に出てくるら
しい。それをまあネットで発表するだけなのだが、何かの賞とかもそのうち狙いだすだろう。まあいい。

 あっしのほうは、武道派だ。
 人間の身体的精神的能力の限界を探究しようってわけさ。
 戦いはいつも死を覚悟しなきゃなんないからな、とあっしは彼女に言う。自動的に禅の修業にもなっていくわけさ。


「やってくれ、思う存分、あたしは概念と言葉とイメージで人間の理解ってものを試すからさあ」

「身体と脳神経かあ」

「そう、あたし達で両方から攻めるのよね。活動する脳の部位は違うけども、神経ネットは結合するのに基盤と意図と偶然と訓練とで動いていくっていうから、ひやひやドキドキよ」

「イメージトレーニングの効果大だしさ」

「ところで今日ね、鉢花に水をやったんだけど鉢の縁に小さい小さい蟻が一匹いてね、そいつが鉢の中の濁流にのまれそうなのさ。よっぽど水で流してやろかって」

「え、何でだよ。わざわざ殺すことたないだろ」

「殺しゃしないよ。この前大雨のとき、突然川が氾濫して子供が死んだじゃん、それ思い出した。あたしが神なら水に子供を避けさせただろうに」

「わかるよ」

「ねえ守護天使ってどう思う、今度それを登場させようと考えてんだけど?」

「ヘエ?そんなことあり?理系なのに?」
いるね、絶対。あたしが思うに、でも非力なのもいるんだよね。誰でも生死は偶然に思えるけど、実は背後で守護天使の力関係が働いてるようにも思われるじゃない?」

「エー?自分が何言ってるかわかってる? 理系の頭からするとそんな魂みたいものは有り得ないじゃん」

「でもね、そうすると、ここにあたしが生きていることがわけわからないよ、有難くて涙ぽろぽろだよ」

 彼女の祖父の家が裏山のがけ崩れで、下敷きになった。祖父母は入院中だった。後ろに貸家が一軒あったのだが、そこに牛乳配達のおばさんが運悪く来た。その一家もろとも亡くなった。
 ひとり男の子がいた。真っ黒い瞳の忘れられないほど可愛い子だった。
 その話をすると彼女は悲しみと理不尽にさいなまれる、みたいな顔になる。

その3 あっしらの変化( 1 / 1 )


 一人娘が他県の大学に行き、中古の家に引っ越してから、あっしらの守護天使は気分を害したようだった。

 あっしの武道部屋と彼女のPC室、セミダブルベッドと収納を併設した一室、LDKはできるだけ狭くした。
 あっしは道場とかに結構出かける。
 帰ると彼女はPC仕事に、あるいは小説にへばりついている。家事は何もした気配がない。うまく書
けない、としかめっ面をしている。

 そしてやたらとゆっくり長く手を洗う。どうしたのさ、と声をかけようとした背中が拒否、という形になっている。そう言えば最近ごぶさたかなあ、とあっしは気がついた。

 相当のセクス好きだったのでここまで二十年も続いたようなものだ。彼女が。
 あっしはどちらかというとそれに押し切られたところがあり、好きなことをそれぞれして邪魔し合わない関係は快適に思われた。

 家事は七割がた彼女がしていた。

 そういえばあっしは、彼女のことをパートナーとは思ってももう女とは見ていない。浮気はあっしが一度でかいのをやってかなり手こずった。娘が小学生の頃だ。親のいさかいを見たせいか登校拒否になった。それ以降あっしはおとなしくしている。

 やはりそんな恨みつらみが残っているだろう。お互い無理やりセクスをしてきたようだ。どち
らからもそれをさぼるわけにいかなかった。誰にも相手を奪われたくないという執着はお互い
にあったのだろう。

 で、肝心の愛は、どこへ行った?これも愛? しかし愛は変質してしまった。普通一般に起こ
るように。
 それはまだしも、セクスをあっしは忘れてしまった。必要でなくなった。唯一のつながりであったのに。

 本当を言えば楽しみでも楽しくもない。武道の練習で体力もいつも消耗していた。彼女は娘のことが心配なのか精神安定剤なしでは眠れないとぼやいた。眠りを邪魔しないでと言った。いいとも、とあっし。それが最近では普通の快適な生活だった。
 

 彼女の様子がおかしいので、その夜あっしは優しい態度を見せ、ベッドでその体に触ろうとした。
 いやはや、彼女は激しく身震いしたね。
 汚い、と叫んで転げ落ちんばかりに逃げた。
 彼女はこれまでも清潔には気を配っていたが、最近は潔癖症気味だった。しかしこれでは立
派な病状だ。
 
 その夜の戦果は散々だった。考えたくもない。
 次の朝、いつもにもましてぼろぼろになって彼女は起きてきた。あっしはすでに朝食を並
べて待っていた。
 いい事が起こるとは思えなかった。
不吉だった。彼女は黙って食べた。食器をひとり分流しに入れた。


「今日からあたし達、家事を半々にするんだよ。実際的な配分は考えるとして、基本は半
々だよ。家賃はあたしが払ってるんだしね。
それから財産分離方式で暮らすんだよ」

あっしは目を白黒させたぜ。なんだいきなり。
 
 実質的な別居宣言だ。別にあっしはこれまで不満はまあ無かった。眼をつぶれるほどの不
満しかなかった。家事を少し手助けする位、平気さ、気軽に動いた。思いやりのある便利
な亭主だって彼女も認めてくれているんじゃなかったのか。あっしは自分を褒めてたぜ。

 仕方ない。慌てたところは見せたくない。
 日頃の肉体的鍛錬、精神的修行をここは生かすべきだ。
 彼女が何となく女の役割からずれてきているのは事実だ。それを受け止めよう。世の流れ
ではあるしなあ。


 箇条書きにして各自の望む関係条項を提出し合うことになった。

 そしてあっしは驚いた。家事の多さだ。
 育児はもう無いのに、二人きりなのに介護もまだ無いのに?

 朝起床、布団干し、シーツ替え、着替えの片付け、前日の荒いものが済んでいるとして、新聞牛乳取り、その日に決まっている種類のごみ出し、朝食作り、食後の片付け、但しここで食洗機に放り込むとしても下洗いが必要だ。

 部屋の埃を拭き、新聞雑誌など収納場所におく、ごみはゴミ箱に集める、一日おきに床掃除、必要なら掃除機かけ、鉢物に水遣り、洗濯物を必要に応じて分類して洗濯機に洗わせる。干す。干す。


 ここら辺からあっしらの労働活動も始まる。

 お互いに変則的な時間に、部屋で仕事したり、出かけたりする。その間に趣味のトレーニン
グや小説書きが入る。そのための時間管理は各自うまくやっている。

 ふと、あっしは思い出した。結婚するときに何となくだが、家事協力を条件に出されたような気がする。
 同時にあっしは、どちらでも生活費は稼げるほうが稼ぐ、という条件を提示した。これは自分に経済的な大黒柱としての男の役割が押し付けられるのを阻止しようとしたからだ。
 当時就職が次第に難事になってきていたせいだ。リストラという言葉が流行りだしていた。

 さらに家事のリストアップ。

 布団取り入れ、ベッドメイキング、買出し、冷蔵庫にしかるべく入れる、昼食の準備片付け、夕食の準備片付け、テーブルを拭く。

 洗濯物取り入れたたみ収納する、玄関道路の掃除、可燃、不燃、リサイクルを分ける。ペットボトル、ふたを取り紙を破り漱いでから足で潰す、袋に入れる、スーパーに持っていく、ついでにクリーニング関係の処理、銀行の出入金、ドラッグストアの一周、医者に常備薬を処方してもらう。

 缶やビン類それぞれを家庭内での分別的収納場所から、所定の曜日場所に夜、あるいは朝早く出しに行く。これは音がうるさい。
 集合住宅なので決まりを護らない例が多い。籠を入れ替えたり動かしたりの無責任者への対応も含む。勿論全て手が汚れる。危険性もある。

 新聞紙と雑誌と段ボール箱と化粧厚紙、これらはまた別扱いのリサイクル品だ。この後ちゃんとリサイクルされているかは謎だが。

 ともかく家の中では、これらはしかるべく平らにされ、束ねられる。重たい塊になったのをぶらさげて所定の曜日に規定の場所におく。
 これらがしかるべき人々の車で持ち運ばれて行って、翌日までには消えているのは素晴らしいことだ。社会と経済が機能している証拠である。そしてあっしらのような真面目で大人しい人民の賜物である。


 そういえば、うちでは外食や出前によく頼る。
 あっしの彼女への思いやりで安物の出前で我慢したり、外出のついでに外食する、と思っていたが、意外なことにそのための出費を彼女はもったいないと苦々しく感じていたのだ。
 あっしの気持ちは必ずしも伝わっていないとわかったひとつだ。あっしの誤解というか。
 
 家事の続き、最終的に戸締り、エアコンディショナー設定、眠り薬代わりの読書、消灯。
 これらをどんな具合に分担するのだろう?
 

その4 夫婦の正しい配分( 1 / 1 )

 そうか、二人の女の同居と考えればいいのだ。

 自分の分だけ、まるで独居のように家事をするという手はある。が、それでは光熱費がかさむだろう。ぶつかることもある。

 仕事を二人ですれば早く済む、が、それでは時間が細切れになってしまう。

 日替わりが良い。自動的に月水金日火木土、という具合に曜日が変わるから、偏りなくご
みの仕事が分配できる。
 買い物と料理、これは同じものを食べるという前提だが、家族のようにネ、そのためにはコープ組織の週一の宅配を頼むことにした。

 注文書を書くのも大変だが、仕方ない。買い物に行くよりましだ。あっしと彼女の間で好みの違いがある洗髪用品は対象外として、基本的な材料、調味料、飲料、小物、洗剤、など共用のものが対象となる。

 二人の食の好みは、要は栄養を摂ればいい、というスタンスなのであまり問題は無い。
 彼女の化粧品、衣料アクセサリーなどは別口、あっしの服は新調する必要はあまり無い。好
みの草花、おつまみ酒、お菓子など固有のものもそれぞれが買う。

 各自の外食、急に刺身!とか言うときも自腹。というが、自腹って?

 
 日本がここまでかく平和で、あっしらの親の世代が真面目に働いたとすると、ある程度の余裕は出来る。運良く大病も失業も無いとなると健康な両親というのは暗黙の頼りだ。ま、これは別の話だが。

 現在曲がりなりにも自立した二人の共同生活だが、ことここに至って、あっしからは夫婦の稼ぎは足して二で割ってほしいとは言えない。余りにも女々しい考えだろう。

 しかしこれが逆であれば、つまり夫が普通多めに稼ぎ妻は年収百三十万円で抑えるのが通例であるとすれば、家の中の格差は大であろう。だから、妻達は育児家事をも果たすのかな。


 普通の主婦妻が育児、家政、家事および性作業に対する対価を要求するなんて、そりゃあ考え付きもしないだろうて。こんにちの社会通念では。 

 女権論者、つまりフェミニストの主婦妻ってものがあるとして、その人物なら、夫婦の収入を合算して折半を望むだろう。
 そうするとその中から家賃食費など、半分出せるだろう。ただし育児家事などの対価は、もし男女平等論者の夫であって、同等の負担を果たしているのなら要求できない。

 現実では普通ここに問題は生じる。社会での換金目的労働時間が夫婦それぞれ大きく異なるからだ。
 専業主婦はこの手段だと濡れ手で粟、という感じになって始末に終えない。

 要領が悪くて、あるいは完全主義に陥って、家事育児にさく時間が二十時間なんてこともありうるし、逆に、ちゃっかり自由時間をたっぷりとるタイプもいるだろう。いずれであれ、家事育児への対価は莫大なものになる。

 たとえば夫の家事参加率が一割だとすると、夫のみが稼ぐ全収入の半分のその九割を妻に支払うはめになる。それが実は夫達の小遣い月二万円とか聞く額の意味なのか。

 あっしは堂々巡りに陥って、どこか変だと感じながら自分の彼女と対面していた。

「でもさ、あっしがその旦那だとして、家事育児をあまり出来ないとしても、そのための時給を二千円だとたとえばしよう、それをしないからって妻にその全額を支払うってのはおかしいよ」

「そうだよね、あたしがする家事は自分用の部分もあるわけだし。母親が育児するのも自分の当然の義務だし。愛情は一応括弧に入れておいて。よく気がついたね。あんたはむしろ扶養される妻って立場だのに、うちではさ。アごめん、怒った?」

「あっしだって扶養家族以上に稼いでるよ。やっぱ、自分が夫の立場に立ったのかな、つい一般的にさ」

「幸いにも、あたしたちは労働時間が同じになるように暮らしている。それはむしろあたしらの意図よね」

「そう、そう。あっしだって男役割にこだわるほうじゃないしね。そこそこ気に入った仕事と自分の生きる目標のために使える時間があれば、って思うほうだしね」

あっしは迎合して言った。


 確かにあっしが主に稼いで彼女が家事育児して、家政費も渡してしまい、小遣いだけもらったら簡単だ。しかし、あっしも彼女もそんな生き方はいやなのだ。生きてる気分がしないだろう。

「じゃ、お金は二人折半よ、でも家賃も家事もね、半分ずつ提供する」
「え、それでいいのかい、ホント」

 彼女はせっかくのきれいな髪をかきむしった。
「いいじゃない。あたしはあんたといるのが嫌じゃないし、むしろ一緒にいたら心強いでしょ、あんたは他に一緒にいたい女がいるかもしれないけど」

 思わずある顔を思い浮かべたあっしは、誘導尋問にのらないように気をつけて、
「今さらそんな元気ないよ。そっちこそどうなんだい、まだまだ色香もあるし」
と言いながら髪を整えてやった。
「もうすぐホルモンがなくなるとこよ」
と彼女はぶすっとして言ったが、このパンチが有効だったのは明らかだった。

「じゃあ、家賃だろ、食費光熱費など家政費用は同額ずつ出す。十三万円くらいかな」
「足らなくなったらまた出し合う。各自好きなものは残りのお金で買い、旅行とか行き、しかも貯蓄に励む」

「するってーと、二人の年収を半分こするよ、あっしの取り分は自分の稼ぎの三倍にはなるぜ!マコの学費も出し合うとしても」

「おめでとう。今の時点ではね。あたしが病気になるかもしれないし、あるいはあんたがスカウトされるかも」
 彼女は歯を見せて口を斜めにゆがめた。少し甘えてあっしの機嫌をとろうとしている。そういう彼女の顔は若やいで晴れやかに見える。

「それで決まり?決まりだよな!どっちの親からの遺産であれ、残ったら全部、ゆくゆくはあの娘のものだし。あっしらは問題少ないよな。それに比べるとあの、お隣さんさあ」

と、あっしが話題にし始めたのはうちよりも複雑な事例だ。

 結婚と呼ぶにしろ呼ばないにしろ、色んな都合で子供が生まれる。しかし両親の離別があると、片親共通の弟妹が別の共同形態の家族に生じうる。

東天
作家:東天
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