京浜ツェッペリン

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    [ 三浦半島の海岸」

 

    京浜急行の赤い電車が、広がる碧い海と新緑の山の間の線路を、爽快に走って行

    く。

 

N   「神奈川県の三浦半島を貫いて走る京浜急行。横須賀と東京とを結ぶ私鉄であ

    る。」

 

    車窓から広がる海の景色が見える。

 

    [京浜急行「金沢八景駅」]

 

N   「途中、横浜の金沢八景駅から、一本の支線が出ている。終点の「新逗子」まで、

    間の駅が2つしかない、短い線である。」

 

    走行する電車の前部の窓の外に、線路とその周囲の景色が迫り、過ぎて行く。

    高校の校舎が見えて来て、通り過ぎる。

 

    [ 京浜急行「神武寺」駅] (朝)

 

    高校生たちが下車している。

 

N   「その2つめの神武寺駅がある、逗子市池子の一帯は、横浜や横須賀の街と山一つ

    へだてただけなのに、騒々しい俗世間から離れた別世界だった。

    私の通う高校は、ここにあった。」

 

     タイトル 「京浜ツェッぺリン」

 

    [神武寺駅]

 

     昭和四十三年

 

    [駅長室]

 

    駅長が電話で話している。

 

駅長  「ありましたか。はい、はい、それこちらの高校の生徒が車内に置き忘れたんで

    す。すぐに本人が取りに行くと思いますから。はい、はい」

 

    高校生の山下義雄(17才)が、きまりわるそうに見ている。

 

駅長  「鞄は新逗子駅であずかっているよ。終点でよかった。これから取りに行く?」 

義雄  「はい」

駅長  「なけりゃ学校行かれんものな、これからは気をつけて。」

義雄  「はい」

 

     [ 新逗子駅事務所]

 

駅員  「あなたのものに間違いないですね。」

義雄  「はい」

駅員  「(ノートを出しながら)じゃ、ここに名前を書いてください。」

義雄  「はい、どうもありがとうございました。」

 

     義雄、ノートに名前を書くと、入り口に目をやり、おやという表情をする。

 

 

    [事務所入り口]

 

            事務所の外に 同級生の阿川修司(17才)と、松井健介(18才)が、立ち話を

    しているのが見える。

    二人、義雄にはきずかず改札口の方へ歩きだす。

 

 

 

     〔事務所の中]

 

    義雄、二人を追って事務所を出ようとする。

駅員  「きみきみ」

義雄  「はあ」

駅員  「またカバン忘れてっちゃだめだよ。」

義雄  「あ、すいません!」

 

     [ 駅の改札口]

 

    義雄、走って来て、改札を出た阿川に声をかける。

義雄  「阿川!」

阿川  「おお山下、おまえなにしてんだ。」

義雄  「電車に忘れ物したんで取りに来たんだ。なにしてんだはおまえの方だろう。

    こんな時間にどこへ行くんだ。」

阿川  「偉い人に会いに行くんだよ。おまえにゃ関係ねえよ。」

松井  「おめえ、はやく学校行かねえと遅刻だろ。おれたちゃ今日は病気ってことに

    するからよ、よろしくな。」

 

     [神武寺駅]

 

    義雄、プラットホームから、改札へ走り、事務所の駅長に声をかける。

義雄  「カバンひきとりました!どうもありがとうございました!

 

     [ 高校への通学路]

 

    義雄、走っている。

 

     [ 高校の正門前]

 

    義雄、校門を駆け込む。

 

            [教室]

 

      川中松次郎教諭の世界史の授業が始まっている。

川中  「歴史上、優れた人物や、大きな業績を残した人物は数多くいます。

    しかしながら、人のぬ力や才能というものは、簡単に認識や評価のできるもの

      ではありません。トルストイやアインシュタインも、少年時代はぼーっとした

      劣等性でした。もし諸君の中で、電車に乗って、鞄から手をはなすと忘れて降

      りてきてしまうという人がいたら、将来有望です。」

      突然教壇近くの戸が開いて、義雄が飛び込んで来る。

      同級生の永島優子が顔をあげて見る。

義雄  「おはようがざいます!すみません!これ、入室許可書です!」

川中  「どうして遅刻したんだ?」

義雄  「電車の中に鞄を忘れて降りたんで、新逗子までとりに行ったんです!」

      生徒たち、いっせいに爆笑して拍手する。

    優子も笑っている。

      きょとんとする義雄。

川中  「(笑いながら)席につきなさい。」

    義雄、自分の席に行き着席する。

    川中、授業を再開する。

川中  「世界史の上で、三大英傑といわれる人物がいます。アレクサンドロス、ジンギ

    ス=カン、そして色々と異なる評価はありますが、ナポレオン。

    そのうちの一人、ジンギス=カンは、源義経が生き延びて蒙古にまで行って、

    この地でジンギス=カンとなったという説があります。

    彼の征服した土地でも、その非常に立派な人格と知性を物語る伝承が残って

    います。(一冊の本をとりあげ、開きながら)

    この本に収められている、この写真は、チベットのラマ教の寺院に伝わる、

    ジンギス=カンの門外不出の肖像画です。

    十数年前に、日本の大学の調査隊がここを訪れた時に、僧侶がちょっとそ

    の場を離れたスキに写真に撮ったもので、これがむこうに知られたら、

    大変な騒ぎになります。」

    川中、写真ページを開いてかかげ、生徒たちに見せながら、机の間を歩いて

    まわる。 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

川中  「どうですか、諸君。現在一般に考えられているイメージとは全く違うでしょ

    う。」

    生徒たち、驚きの表情で見入っている。

 

     [町外れの山の畑]

 

            松井と阿川が待ち構えているところへ、他校の生徒が二人やって来る。

松井   「待たせたな。」

他校生A  「おう、おめえ、でけえ面すんじゃねえぞ。」

松井   「馬鹿野郎、おれの足ふんどいてふざけたこと言うな。」

他校生B  「おめえが電車のなかででけえ態度してるからじゃねえか。」

阿川   「でけえ態度はおめえたちだろ。パプー面しやがって。」

他校生A  「なにを!このやろう!」

      A、阿川に殴りかかるが松井がすばやく応戦して殴りつける。

      四人で殴り合いになる。

      松井、Aをおもいきり殴りつけ、Aが仰向けに倒れる。

      松井、なおも殴りかかる。

      阿川、Bを殴りつけ、山の急な斜面に突き落とす。

      A、不利と見て逃れる。

      B、斜面をはいあがってくるが、その顔を阿川が蹴飛ばすと悲鳴をあげて転がり

      落ちる。

      はいあがってくるBの顔を、阿川、また蹴飛ばし、B、転がり落ちる。

      B、泥だらけの顔に鼻血を流して泣きながらはいあがってくる。

松井   「(阿川に)おい、もういいよ、かんべんしてやれ。」

      B、はいあがり、逃げ去っていく。

 

     [ 高校の中庭 ]

 

             吹奏楽部の生徒たちが楽器の練習をしている。

 

     [ 売店のある廊下]

 

             女生徒たちがパンを買っている。

      義雄、たちどまって原稿を読んでいる。

      廊下の先から着物に袴の老女教師、糸魚川清子がやってくる。

      ふりむいた義雄、糸魚川におじぎをする。

      糸魚川もしずかにおじぎをかえして通りすぎていく。

      いれかわりに後輩の田川弘が弁当箱をかかえ、ホルンをさげてやってくる。

田川    「あっ、先輩、今日、朝練にこなかったですね。」

義雄    「ああ、ちょっと偉い人と会ってたんだ、またな。」

      田川、足早に去る。

      見送る義雄の背後から、「山下!」と声がかかり、義雄がふりかえると、担任

      の遠藤茂雄教諭がいる。

遠藤    「おまえ、今朝遅刻したろう。」

義雄    「はい」

遠藤    「鞄、電車に置き忘れたんだろ。音楽だ芝居だとやるのもいいが、大学に行くん

      ならもっと気を締めろ。もう二年で修学旅行もすんだんだからな。」

義雄    「はい」

遠藤    「ところでおまえ、阿川のことでなにか聞いていないか。今日休んでるんだ

              が。」

義雄    「いいえ・・・べつに・・・」

遠藤    「あいつ、一年のときは生徒会の副会長までやったくせに、今年になってあの落

      第生の松井と付き合いだしてからはどうもいかん。

      おまえ阿川と付き合っとるみたいだが、(立ち去りながら)あんなやつのまね

      をしたらいかんぞ。(立ち止まってふりかえり)

      おまえもだめになっちまうぞ。」

義雄    「はい」

      遠藤、義雄に背を向けて去る。

      そばに永島優子が来ている。

優子    「山下君」

      義雄、優子に気がつく。

優子    「山下君、阿川君にたのまれた台本考えていて鞄おきわすれたんでしょ。」

義雄    「そりゃ、引き受けたんだからな。」

優子    「阿川君、今日来ていないわね。山下君、本当は知っているんじゃないの?」

義雄    「なにを」

優子    「阿川君たちのこと。今日どこへ行ってるか。顔に書いてあるわよ。」  

            

 

     

義雄  「・・・馬鹿いえ」

優子  「わかってるわ。ケンカにいったんだわ。私、山下君には責任感じてるのよ。

    私が山下君を演劇部のためと思って阿川君に紹介したんだから。

    山下君、才能あるからそうしたんだけど、阿川君、松井さんとつきあいだして

    からどんどんおかしくなっていくわ。

    山下君に迷惑がかからないかと思って・・・」

    英語の小柳愛子教諭がやってくる。

小柳  「あーら、山下さん、またお芝居書いてるの?今年の送別会でやったみたい

    な私をだしにしたお芝居、また書かないでくださいね。

    私が入れ歯をとったらまるっきりバアさんとか、日本語に通訳がいるとかっ

    て。あのとき大笑いしてた人たち、もう卒業しちゃったからいいけど。」

義雄  「はい、もう書きません。」

    義雄と優子、吹きだす。

 

     [運動場 ]   (放課後)

 

    ブラスバンドの演奏するタイケの「旧友」が流れている。

    運動部の生徒たちが練習をやっている。

 

     [理科室の前の廊下]

 

           掃除当番の男子生徒たちがふざけあい、一人の生徒をみなで理科室に押し込ん

    で戸を閉める。

    閉じ込められた生徒、下の戸を開けてとび出すと、そこに来た白衣姿の理科の竹

           中金三教諭に出くわす。

竹中  「(大声で)アッ!コラ!なんだっ、アホッ!」

    生徒、逃げ去る。

 

     [吹奏楽部の部室]

 

           義雄の指揮でブラスバンドが演奏している。

    講師がそばの椅子に腰掛けて演奏を聴いている。

    演奏が終わる。

    講師が立ち上がり、義雄のかたわらに来て、生徒たちを見る。

講師  「この曲もだいぶうまくなったな。

    トロンボーンはさらに音程が正確になるように、ポジションをしっかりおさえ

    て音を出す練習をしなさい。

    ユーホ二ウムは出番が多くて面白いだろう、この曲は。

    山下君の指揮はうまいからよく見て従うように。

    タイケの曲をもうひとつやっておきなさい。今日楽譜をもってきたから。」  

    -楽譜「ツェッペリン伯爵行進曲」-

講師  「ツェッペリンだ。テレビのスポーツニュースのバックミュージックでしょっ

    ちゅうやっているから、みんな知ってるだろう。

    どこの学校のバンドでもよくやってる曲だ。

    いそがなくていいから練習しときなさい。」

     

     [京浜急行追浜駅プラットホーム] (夕方)

 

    義雄、立ち食い蕎麦の店に入る。

 

     [ 蕎麦屋の店内]

 

           上級生の下山幸吉が蕎麦を食っていて、義雄に気ずく。

下山  「山下君」

義雄  「あ、下山さん、(店員のおばさんにむかい)てんぷら蕎麦お願いします。」

下山  「おばさん、おれももう一杯。

    おれ、この近辺の駅でひととおり食ったけど、ここが一番うまいよ。」

店員  「どうもありがと。」

下山  「山下君、今日電車に鞄おきわすれたんだって?」

義雄  「もう伝わったんですか。」

下山  「君、有名だもん。川中のせんちゃんの前で、前途有望を証明したこともね。

    職員室で先生たちみんな大笑いになっちゃったんだって。」

義雄  「・・・・・・・・・」

 

 

 

 

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