この世界に存在する、玉は、色とりどりで数えることができないほどの数であった。
玉の大きさは、十粒で小指の爪ほどのものである。玉の色は、それぞれの独自のもので、完全に一致するものがない。だから、色の数も到底数えられるはずがない。だが、玉の数や玉の大きさ、色についてなどは、気にもならないし、気にする必要もない。ここでは、玉についての調査など、無用なのだ。
ただ、その玉は、常にそれぞれで引かれ合い、くっつき、やがて、私の背丈をも超える、見たことの無い色の、大きな玉となる。私はそれを「彩玉」、合わさる前の小さいものを「色玉」と名付けた。
ここで、私は、その彩玉を剣で斬る。何度も斬りつけ、玉が色玉の大きさになるまで斬りつけるのだ。「彩玉を色玉の大きさに戻す」。それだけが、ここでの私の役目である。
また、斬ることによって、私の欲をすべて満たすことができる。玉を斬ることが、唯一の私の欲望だったのだ。だから、私は、ただひたすらにそれを繰り返していればよいのだった。
この世界に存在し始めた時、この世界には、私一人と無数の玉だけがあった。その時なぜか私は、剣を右手に握りしめていた。
ひどく殺風景で、入口も出口も見当たらない、四角く囲まれた世界であった。自分が誰であり、どういった存在であるのか、一体どこから来たのか、何も分からずに存在していた。
やがて、ここにある玉がお互いにくっついて、大きくなることが分かった。そして、大きくなったその玉を斬りつけたいと思う衝動に駆られた。なぜだか分からなかったが、斬りつけてみてすぐ、この私への衝動が、私自身の、ただ一つの欲望であるということが分かった。そして、それがここでの私の役目であると理解したのだ。
一体どれぐらいの玉を斬りつけたのだろうか。
最初のころは、斬った彩玉の数を数えていたが、百に届かない程で、数えるのをやめてしまっていた。はたして、数を数えることが、何か意味を持つのであろうか。いいや、持つわけがない。この世界では、必要がない。ただひたすらに彩玉を斬りつけていればよいのだ。ここでは、それだけが意味を持つのだ。
私は、欲望のままに斬り続けていた。それは、この世界の快楽であり、世界への恍惚であり、すべてであった。
だが、どれぐらいの玉を斬りつけたかは分からないが、ある時、この世界は私一人だけのものではなくなった。
いつものように、色玉が彩玉に変わる様子をじっと見つめていた時のことであった。何を言われたのか、うまく聞き取れなかったのだが、突然、後ろから声をかけられたのだ。
振り向くと、どこから現れたのか、一人の男が立っていた。左手には盾を持ち、風貌から、私よりも幾分か大人びているようであった。そして、男は、「クロ、もうずいぶん楽しんだか?」と私に向かって言った。
「『クロ』? それは私の名前か?」と私が聞くと、男は、「そうだ」と言った。
「お前は誰か、どこから現れたのか、そして、なぜここにいるのか?」と私が続けて聞くと、「お前が『クロ』ならば、俺は『シロ』だ」と男が言い、「どこから現れたのかは私にもわからぬが、きっと『主』のお目覚めなのだ。お前を止めるために俺は存在する」と続けて言った。
「『主』? 私を止める?」
私は、「シロ」と名乗る男の言うことが理解できなかった。理解しようとしても、この世界にはあまりにも真実を知りうることのできる道具が欠けていた。
私がしばらく口を紡ぎ黙っていると、しろが言った。
「クロ、お前は主に生かされているにすぎない。もちろん俺もそうだ。それは、この世界が主のものだからだ」
「主に生かされている?」
「そうだ」
その後、シロは常に私の近くに居続けた。何度かシロの言ったことの意味を考えてみたが、私は理解ができずにいた。シロに意味を尋ねてみても、一向にシロは口を開かなかった。シロはただ、「玉を斬り続けろ」とだけ言った。
しかしある時、いつものように、丸々と大きくなった彩玉を斬りつけようとした時、シロが彼の盾で私の剣を止めた。一瞬、私は戸惑い、剣を握る腕の力を緩めた。しかし、私の衝動は止まらなかった。私の衝動は、もはや狂気であったのだ。
私は力を再びこめて、シロの盾を斬りつけた。しかし、盾はびくともしなかった。シロの盾の腕は完璧のようにみえ、盾にキズ一つ付けることもできなかった。
「この盾は、主の意志の硬さだ」とシロは言った。
私が彩玉を斬らなかったのは、この時が初めてである。丸々と大きくなった彩玉を放っておくと、やがて、爆発した。そして、元の無数の色玉になった。私の狂気は、だんだんと薄れていったが、何か引っかかりを感じていた。
「クロ、俺はお前を止めると言った。これが、ここでの俺の役目だ」とシロは言った。