桜の木の下で

「で、どういうことなわけ?」
ベッドでくつろぐミータに僕は詰め寄った。
「『桜折る馬鹿梅折らぬ馬鹿』と言ってな」
ミータは偉そうにふんぞり返って言った。
「桜は折ったらあかん。折った所から腐りやすいからな」
「そうだったのか……」
知らなかった。
「だからサクラを折るのは止めてやってくれ。最近は腐敗を止める薬があるらしいが、そんなもん持っとらんのだろ?」
「うん」
僕はしおらしく頷いた。でも。
「でもさ、もっと穏便に忠告できなかったわけ?腕、痛いんだけど」
「男のくせに怪我の一つや二つでがたがた言うんじゃない」
ミータは全く意に介していないようだ。
「それより、サクラに謝っとけ」
「分かったよ」
僕の部屋は1階にあり、窓を開けるとちょうど目の前に桜が植わっている。僕はミータの言葉に従って窓を開けた。左右を見回したけれど、沙季はもういなかった。
二日後の夜、夕飯を食べ終わってくつろいでいるとチャイムが鳴った。応対に出た母さんは沙季を連れてリビングに戻って来た。
「あれっ、今のチャイム沙季だったの?」
僕は慌ててめくれあがったシャツを直しながら、ソファから起き上がった。両親と一緒にうちに来ることは良くあるが、沙季だけというのは珍しい。
「うん」
「沙季ちゃん、紅茶でいい?」
「あ、おばさん、大丈夫。私すぐ帰るから」
「何言ってんの、ゆっくりして行きなさい」
母さんがいそいそとキッチンに消える。沙季はソファの、さっきまで僕の頭があった所に腰かけた。
「何か用?」
こないだも同じことを聞いた気がする。
「うん、ちょっと。あと、怪我が気になって」
「ああ、コレ?」
ミータに引っ掛かれた所はかさぶたになっている。
「良かった、化膿したりはしてないみたいね」
「大丈夫だよ、心配性だな」
僕は大丈夫だということをアピールする為に軽く腕を曲げ伸ばしした。
「で、用って何だよ?」
「うん、あのね」
沙季が言いにくそうにもじもじする。
「何か相談?」
「ううん、違うの」
「じゃあ何?頼み事?できることならやるよ」
「うん、あのね……ホラー映画見るのに付き合って欲しくて」
正直拍子抜けした。
「何で」
「だって一人で見るの怖いから」
「おばさん達に付き合ってもらえば?」
「うちの親、私以上に怖がりだから見たくないって」
ね、お願い、と好きな子に懇願されるのはちょっといい気分だ。僕は快く了承した。
「ほんと?じゃあ明日、DVD借りてきていい?」
「いいよ、僕の部屋で見る?」
「うん!」
沙季はにこにこして機嫌よく頷く。
その日は母さんも交えて紅茶を飲みながら学校の話や進学の話(耳が痛い)をして、沙季は帰って行った。
翌日から、沙季はレンタルビデオショップで借りたDVDを持ってうちにやって来るようになった。1日目は話通りホラーだったけれど、2日目からはファンタジーだったりミステリーだったりした。沙季と過ごすのは大歓迎なので、もちろん映画のジャンルに文句を言う気はない。
が、しかし。
「なんっか落ち着かないな……」
「え?何か言った?」
見終わったDVDを片付けていた沙季が振り返って首を傾げる。
「いや、何でもないよ」
にっこり笑って返事をすると沙季がそう、と頷いてDVDプレーヤーの操作に戻ったので、僕はちらりと窓を振り向いた。サクラが窓にはりついてニヤニヤ笑っている。
そう、サクラのせいで落ち着かないのだ。沙季への気持ちを知られているサクラに見られながらのDVD鑑賞というのはどうもいただけない。
「サクラ、毎晩毎晩窓に張り付くの止めてくれる?」
翌日、僕は枝の上に座るサクラを見上げながら、毅然と抗議した。サクラはちっとも堪えずににやにやしている。
「いやー、なんか初々しさが楽しくて。だって2人っきりで映画見てるのにちゅーどころか手を握るのもなしってあんた、もーたまらんがな」
そう言っておっさん臭くがははと笑う。見た目美少女の癖に詐欺だ、詐欺。
「そんな、ちゅーとかできるわけないだろ!」
多分僕は真っ赤になっているだろう。
「なんで?」
「なんでって、沙季は僕のこと何とも思ってないんだよ」
あ、自分で言って自分で傷つく。
サクラは呆れたようにはぁっとため息を吐いた。
「あのねぇ、和季。沙季はホラー映画の時怖がってた?」
「え?あ、あぁ、まぁ少しは」
急に話が変わって戸惑う僕に構わずサクラは言う。
「だろ、少しだけだっだだろ?沙季は別に一人でもホラーを見れたんだよ。現に次の日からはホラーじゃない映画を持って来てるわけだし」
「どういうこと?」
「つまり、映画はメインじゃないの。メインは和季、あんただよ」
「え?」
首を傾げているとサクラはにんまり笑っていった。
「つまり、沙季も和季が好きなんだよ。良かったね、和季」
「えぇぇ!?嘘だ!」
絶対からかわれている!!
サクラは得意気に続けた。
「そうじゃなきゃ、いくら幼馴染みだからって毎晩男の部屋に遊びに行くもんか。試しに沙季の手でも握ってみな」
「無茶なこと言うなよ!」
わめく僕には興味をなくしたのか、10輪ほど花開いた桜の花をじっくり眺めてサクラは適当に言った。
「まぁ、玉砕覚悟で当たってみたら?」
他人事だと思って。
僕は肩をすくめて部屋に戻った。今夜も沙季は、映画を持ってやって来る。
高谷実里
作家:高谷実里
桜の木の下で
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